2.意外な「なろう系」
穂村は煌々と輝く大型書店に足を踏み入れた。
光に集まって来た虫が床でのたうち回っている。人と一緒にカエルも一緒に入って来る。これが田舎書店だ。
入ってすぐに気づく。書店のレイアウトが変わっていたのだ。穂村はふと、ある本棚の前で足を止めた。
「ふーん。異世界系、ねえ……」
穂村は正直なところ、いわゆる〝なろう系〟〝異世界系〟を書くことにはハマらなかった。世界観をゴリゴリに構築した重厚なダークファンタジーを書くのが好きだった。
最近は、ドレスを着た近世洋装の貴族令嬢が表紙の小説ばかりがやたらと目につく。
公募に落ちたばかりの穂村はそれを避け、〝映画化〟となった本のコーナーへと足を向けた。
(夢はでっかく。一回ファンタジーを書くのはやめて、次はドラマ化とか映画化をされるような、現代を舞台にした話を書いてみようかな)
穂村が平積みされた本の上に目を泳がせていると、ひとつの奇妙な本が目に入る。
「ん?なろう系ホラー?」
その小説は、あの〝小説家になろう〟で連載されていたらしい。〝小説家になろう、ホラー部門で年間一位!〟の文字が帯に踊っている。
手に取って、パラパラめくる。
内容としては、主人公がひょんなことから因習村に関わってしまい、命の危機にさらされる話である。読み進める内に、穂村は怖くなってパタンと本を閉じた。
「こわっ。ふーん、これが映画化……」
穂村は意外に思う。同時に、なろう作品といえばファンタジーであり、異世界転生転移しかないと勝手に決めつけていた自分に気がついた。
「別のジャンルだって、書籍化されるんだな……」
穂村の心に、ぽっと火が灯った。
穂村は、〝小説家になろう〟には未登録だった。なろうはまず読者を獲得するためにランキング攻略をしなければならず、公募よりものし上がるのが難しい気がしていたのだ。たまに覗いたりすると、月間ランキングはファンタジーと恋愛で埋め尽くされている。まさかここにホラーで勝負をかけた作者がいて、書籍化を射止めたうえ映画化まで決めている奴がいるとは、穂村には衝撃だった。
結局その日、穂村は本を買わなかった。
それよりも、彼は新しい衝動に取り憑かれていた。
(腐った気分を変えよう。〝小説家になろう〟にとりあえず登録して、実験的に書いてみるか)
思い立ったが吉日。
穂村は部屋に帰ると、早速パソコンを開いて〝小説家になろう〟に登録した。
幸い、穂村には公募に出していた作品がいくつもある。
事前に下調べをしたところ、なろうの一話は大体2000~3000字くらいが読みやすいということだった。
穂村はなろうのフォーマットに、過去投稿して落選したファンタジー長編をひたすらコピー・アンド・ペーストで落とし込んでみた。きりのいい場面で分割し、ひたすらその作業を続ける。ラストまで打ち込み終えると、彼は更なる疑問にぶち当たった。
「……Web小説って、どれぐらいの頻度で投稿したらいいんだろうな?」
一気に放出すると一日しか読者に気づかれない可能性がある。思い悩んで更になろうについて調べると、長編は毎日更新するのがいいとあった。
「毎日十話ずつ投稿するか。一週間続けよう。作品ならいくらでもあるし……」
それから、穂村はペンネームをどうしようか悩んだ。公募には本名で提出していたが、さすがにネット上で本名をひけらかす勇気はない。
「……前に使っていたハンドルネームでいっか」
穂村は自分に新たな名前を与えた。
「エンドレス・ファイアー……っと」
〝ほむら〟と〝くおん〟をそれぞれ英訳し、ひっくり返しただけのペンネームである。
穂村は小説にあらすじをつけ、なろうの海に自らの作品を放り込んだ。
田舎の静かな金曜の夜。
そこに、彼はまず一話目を投稿することが叶った。
「明日は9話ほど投げるかな……」
穂村はベッドに入ると、静かに眠りに落ちて行った……
翌朝。
穂村は朝、起きぬけにまた一話投稿した。
そのついでになろうの投稿画面を見るや、「おっ」と声が出る。
ブックマークが3もついていたのだ。
「やった!順調な滑り出しじゃん」
穂村は嬉しくなった。たった一話投稿しただけで読者が三人もついた。これは快挙だ。
「一話で三人ブックマークということは、十話投稿したら30人、予定の七十話を投稿すると200人以上が見てくれるかもしれないな……」
公募に出せば、最終選考に残ったとしても10人見てくれるかどうかだ。しかしなろうに投げれば、これだけの人数が見てくれる。穂村は素直に嬉しくなった。
「よし、手持ちのストックどんどん投げるか」
穂村は埋もれ続けていた自分の作品が初めて日の目を見た気がして舞い上がり、その日は9話を投稿した。
土曜の夜までについたブックマークは12人。
思ったより数字は伸びなかったが、孤独な穂村の心を慰めるには充分な数だった。
「よしっ、明日も十話投げようっと」
評価された経験のほとんどない穂村には、どんな数字だろうと可視化されるだけでやる気が出た。
ふとホラーのランキングが気になって、穂村は画面をスクロールする。
上位はほとんどが短編だった。
「ふーん?短編かあ……」
ハイファンタジーの日間ランキングに入るよりは簡単そうだ。しかも、画一的なファンタジーの「追放もの」ランキングより、きらりと光る個性的な作品が溢れている。
「長編も投げつつ、短編も書いてみるか」
穂村が短編を最後に書いたのは、あの学内文学賞の一篇だけだった。あの一件のせいで短編にはアレルギーがあるが、やってみて損はないだろう。
そこで穂村は子供の頃体験したエピソードを元に、ホラー短編の執筆にとりかかった。