18.明石のり男からの誘い
明石のり男からのDMを開けると、穂村はそれをじっくりと読み込んだ。
『突然のDMすみません。エンドレス・ファイアーさん、書籍化おめでとうございます!
以前感想欄で、学生時代はよく大宮に行っていたというようなお話をされていましたよね?
もしお住まいがまだ関東圏内でしたら──ご迷惑でなければ私も月に何度か東京に行く予定があるのでどこかで落ち合いませんか?
いちファンであるということと、同じ出版社からの出版であること、同じく男性の作家と言うことで、勝手に同族意識を抱いてお誘いしてみました。
勿論断わっていただいても構いません。
お返事下されば幸いです。よろしくお願いいたします。』
穂村は天井を見上げた。
「まじか……」
思い返せば、穂村には作家仲間というものがいない。いつもひとりで書き、ひとりで公募へ投稿を続けていた。大学内に文芸サークルと創作ゼミがあったものの、結局そこにも所属せずじまいだった。
「確かに、考えてみれば作家って同業者が身近に全く見当たらないよな」
親戚縁者にも作家などまずいない。〝小説家になろう〟にずっといると勘違いしそうになるが、小説家なんてものは元々の数からして少ないのだ。そうそう出会うものでもないし、現実で話す機会などもっとない。穂村は駆け出しの作家で色々不安なので、先輩作家から色々と情報を得られるというなら行ってみたい気もする。しかし。
「ネット上では親切だけど……実は、現実ではメンドクサイ奴とかだったらどうしよう」
そんな時、穂村の頭に名案が閃いた。
「あ、そうだ……!桐島さんなら明石のり男の編集者だし、のり男のことをよく知ってるんじゃないか?」
編集者に前もって明石のひととなりを尋ねてみる。これはいいアイデアのように思われた。
「よし。返事をする前に、桐島さんにメールで相談しよう……」
しばらくすると、桐島から電話で返事がある。
「明石さんはいい人ですよ。作家さん同士でしか話せないことがあると思うので、ファイアーさんが大丈夫そうなら会ってみてもいいのではないでしょうか」
穂村はそれを聞いてホッとしたが、
「ただ、私自身も明石さんと直接会って話したことはないんです」
と彼女は続ける。穂村はまたちょっと不安になった。
「えっ、そうなんですか……?」
「はい。私も何度かお食事にお誘いしたことがありますが、必ず有耶無耶にされました」
「へー。一応、編集者側から誘ってはいるんですね」
「はい。明石さんはちょくちょく仕事で東京に来ることがあるとお聞きしたので、何度か」
「ふーん」
「ファイアーさんも、東京に行くことがあれば是非私におっしゃってください。食事代はこちらの接待費で落ちますから、顔を突き合わせての打ち合わせも可能ですよ」
穂村は──桐島からそれと聞いて、明石のり男が彼女の誘いを断った理由が分かるような気がした。
仕事のために見知らぬ場所へ何時間もかけて行き、見知らぬ編集者(しかもうら若き女性)と顔を突き合わせて話し、食事までするというのは、田舎作家には心理ハードルがかなり高い。作家なんてものは容姿にも喋りにも自信がないし、数回会っただけで、このシティーガールな編集者とざっくばらんな関係を築けるとは到底思えない。だいたい作家と言うのはどこでだって出来るというのが魅力の職業なのだ。あえて東京に出なければならないということもない。
「あ。僕もまだ……今回は結構です……」
「そうですよね。作家同士じゃないと、編集者の悪口とか刷部数への文句とか言えないですもんね」
「!!」
「ふふっ、冗談です。……ご用件は以上でしょうか?」
「ああ、はい。助かりました、こんなことは初めてだったので……」
「作家さん同士の交流、私は賛成派です。作家さんは同業者が少ないので、ひとりでも話し相手がいると心強いですよ。あ、そうそう。作家同士の派閥?とかあるので、あまり交友関係を広げ過ぎるとちょっと厄介なことになります。そこだけご留意を──」
「……!?ちょっ、ちょっと待って。そんなことが?」
「多くは言えませんが嫉妬深い方が多いので、あちこちの話題に頭突っ込んだり、具体的な数字を出しながらの会話はやめたほうがいいかと」
「は、ははは……」
「でも、明石さんはそういうタイプではなく、小説に対してかなりドライな方なので大丈夫だと思います。もし気が変わったら、私も呼んで下さい!」
そのようにして、二人の電話は終わった。
穂村はじっと考えた。
作家の性分か、好奇心の方がどうしても勝る。
「よし、ここは一度会ってみるか。色々不安は尽きないが……」
作家になったばかりの穂村はこれからの身の振り方も踏まえ、明石のり男という大先輩の胸に飛び込んでおきたかった。
穂村は明石に返信する。
『DMありがとうございます!私も明石さんのことは気になっていました。ぜひお会いしたいのですが、いつ頃だと都合良さそうでしょうか?』
あれから。
穂村は明石のり男と無事にネット上でLINE交換を済ませた。
そして一か月後。
ついに明石のり男と対面する日がやって来た。
新宿駅東口で待ち合わせながら、穂村はかかってきた電話を取る。
「はい……エンドレス・ファイアーです」
周囲に聞こえないぐらいの小声でそう告げると、同じく携帯を耳にかざした男がこちらへやって来た。
「おっ、あなたがファイアーさんですか」
穂村は電話を耳から離し、向かって来る男を注意深く観察すると、静かに尋ねた。
「あなたが……明石さん?」
そう尋ねられると、よく日焼けして太ったその40代男性は人の良さそうな笑顔を浮かべた。




