17.地獄の改稿提案
一か月後。
穂村のメールボックスに、桐島からの改稿提案が届いた。開けてみると、添付資料がふたつある。
ひとつは、予告通りの改稿提案。
もうひとつがイラストレーターの提案集だ。
イラストレーターに関しては決定まで時間があるので、穂村は自分の最大の作業である改稿提案を先に開封した。
自分の文章が既に書籍と同じように組まれており、本文には大量の赤線、それからその右脇にずらっと編集者による改稿提案が並んでいた。
思いがけない量に穂村は怯んだ。しかしよくよくメールの方を読んでみると、こんなことが書いてある。
『あくまでも作品は作家さんのものですので、全てを修正しなければならないわけではありません。意見を取り入れる、ぐらいのスタンスで大丈夫です』
そうは言ってもね、と穂村はひとりごつ。
「編集者から直せと言われちゃう部分は、読者からも疑問に思われる部分ってことだろ……?」
編集者はいわば〝一人目の読者〟である。
「……となると、やっぱどの提案も無視出来ないよなぁ」
穂村はスマホと辞書片手に原稿に挑んだ。ひとつひとつの改稿提案に向き合っていると、あっという間に時間が経つ。
結局、一時間で5ページしか進まなかった。
「嘘だろ……?」
穂村はざっと頭の中で計算する。大判で出るので、350ページある。
「70時間かかる……ってコト?」
どんなに頑張って隙間時間を捻出しても、平日ならば二時間、休日で八時間が限界だ。
「一か月後に返送か……とにかく毎日やらないと間に合わない」
穂村は頭を抱えながらも、もうひとつのファイルもとりあえず開けてみることにした。
イラストレーターの名前が色々と載っている。穂村はそれらを眺めて一瞬「知らない人たち」だと思ったが、彼らの名前を検索してみると、有名な作品に次々ヒットして仰天した。
「えっ。この人、アニメ化作品のイラスト担当してる。あれ?この人、前は漫画書いてたよな。あっ、この人はあのゲームのキャラクターデザインをやっていた……」
穂村はイラストレーターの「名前」を知らないだけで、「絵」は大体知っていたのである。
「桐島さんの脳内では、後宮祈祷師に合う画風ってこんな感じなんだ……」
どれも少女漫画のような線の細い絵だった。女性向けという判断なのであろう。
穂村は愕然と天井を見上げた。
「まさか、自分が女性向け作品でデビューするとは思わなかったよなぁ……」
今思えば、応募し続けていたのは男性主人公の物語ばかりだった。女性向けを書いてみようとさえ思うことはなかった。
「まあいいや。自分なりの新しい適性を知ったと思えば」
男が女性向けを書いたっていいのである。赤川次郎先生みたいに。
「この際だから、女性向けの作品も研究しようかな」
女性向けラノベを検索していると、魅力的な表紙が次々目に飛び込んで来る。穂村はいつの間にか検索が止まらなくなって、イラストレーター沼に潜り込んで行った──が、キリがないことに気づき、結局は桐島が添付した資料に戻るのだった。
「この〝sunao〟さんって人、いいな」
ライトノベルの表紙というより、繊細な絵画のようなイラストを描く人だ。ピクシブを見る限り、女性のようである。
「ちょっと桐島さんに声をかけてもらうか」
穂村は「この中だとsunaoさんが一番好きです」と送信した。
桐島はそれを受け取って、「分かる~」と呟いた。
sunaoは元々どちらかというと一般文芸の表紙を手掛けるイラストレーターであったが、最近は絵の線を間引き、作風の幅を広げている。一時期は漫画も描いていたようだが、打ち切りが続いてライトノベルの表紙絵へ対応出来る作風へ舵を切ったようだ。
「sunaoさんにスケジュールを確認してみようっと」
彼女は最近、数冊のライトノベルの表紙を飾っている。どの作品もそこそこ売れているし、悪い噂は聞かない。一度頼んでみたかったイラストレーターだった。
「連絡を入れて……っと」
桐島はSNSのDM機能を使い、sunaoと連絡を取ることにした。
一週間後、イラストレーターsunaoから返信がある。
『5月以降でしたらスケジュール空いておりますが、いかがでしょうか?』
5月ならば、予定していた10月刊行に間に合いそうだ。
『ありがとうございます!刊行は10月なので、大丈夫そうですね。よろしくお願いいたします』
そう返信しながら、桐島は呟いた。
「ファイアーさんに、キャラクター表も提出してもらわなくっちゃ」
これから長い書籍化作業が始まる。
「そうだわ……そろそろ告知の許可を出しても良さそうね」
一か月後。
桐島から「書籍化告知」にゴーサインを出され、穂村は震えていた。
ついに、あの憧れの文字を自らの作品に入れることになるのだ。
〝書籍化〟
活動報告自体も、正直、初めて書く。
穂村は震える手で、読者に向けて書籍化の告知をした。
それから「後宮祈祷師」の題を〝【書籍化】後宮祈祷師〟と修正する。
一体、読者からどんな反応が返って来るだろうか。
数時間後、早速あの明石のり男からコメントがあった。
「書籍化おめでとうございます!ペンドリー出版様から出るとは!僕もお世話になっている出版社様なので、同時期にエンドレス・ファイアーさんと書籍を出せるだなんて嬉しいです」
穂村はそれを見て「まさか?」と思い、「パン海苔」の書籍の奥付を見返してみる。
──編集 桐島乙葉──
「あっ」
穂村は思わず声を上げた。
「僕と明石のり男って……担当編集者が一緒なんだ」
ということは、桐島に頼めば明石のり男に現実でも会える……かもしれない。
穂村の活動報告に、読者から次々お祝いのメッセージが届き始める。こんなに見守ってくれていた人がいるのかと思うと、感慨深い。
ふと、目の前に赤文字の〝新着メッセージがあります〟の文字が降って湧く。
穂村はメッセージボックスを開いて、驚いた。
送信者〝明石のり男〟
「わっ。明石のり男から初めてDMが来た……!?」
個人間のやりとりは初めてだ。穂村はどきどきしながらメッセージボックスを開封した。




