16.分かりやすい作家さん
穂村は電話口で何度も頷いた。
「やっぱりそうなんですか!ラノベが好きだからラノベの編集者になれるだなんて、羨ましいですよ」
一方、桐島は小首をかしげる。
「羨ましい……?」
「あの、桐島さんは何学部の出身ですか」
「文学部です」
「僕も文学部なんですけど、作家になりたかったのはもちろん、編集者にも憧れていて。就活で出版社を何社か受けたんですけど、全滅でした」
「あっ、そうなんですか」
「あの倍率をくぐり抜けられるなんて、桐島さんはよっぽど勉強頑張ったんですね!」
桐島は編集部の学生アルバイトから入社の運びになったので、いつだって就活を頑張った人の話を聞くのはこそばゆい。
「いえ……私、編集部のアルバイトから入ったんです」
「えっ!?そんなルートがあるんですかっ?」
「あ、ありました……」
「いいなあ~。僕もそのルートに乗っかりたかったな~いいなあ~」
桐島は苦笑したが、彼の素直過ぎる言葉を傾聴するにつれ、最近受けた傷が少しずつ癒えるのを感じた。
「ファイアーさんも、作家になりたくてなったんですよね」
「そうです。実はつい最近まで、十年も公募全滅してて」
「そうですか……」
「もう駄目なのかなって思ってましたけど。小説家になろうに登録して書いたら、こんなことになったので嬉しい限りです」
「私も、ファイアーさんを発見出来て良かったです」
「こちらこそ、ラノベ好きな編集さんでよかったですよ。こっちは渾身の一作と思っていますから、ある程度熱量がある人じゃないと、書籍化作業しててもがっかりしちゃうんだろうなって」
穂村はそう言ってから、はっと我に返った。
「あっ、すいません。つい……」
「今週中に大まかなスケジュールをお送りしますね。一か月後に改稿提案をお送りするので、しばらくお待ちください。その間に……好きなイラストレーターさんなど探しておいていただけるとありがたいのですが」
穂村は虚空を見上げた。
「好きなイラストレーターさん?いいんですか!?」
「あの、でも人気のイラストレーターさんは捕まえられない可能性がありますから、その点だけご留意下さい」
「そ、そっか……」
「こちらでも、いいイラストレーターさんをピックアップして、のちほどお伝えしますね」
「そうしていただけると助かります」
「では、しばらくはメールでのやり取りになりますね」
「じゃあ、メールお待ちしてます」
「はい。本日はお疲れさまでした、それでは失礼いたします」
「……ありがとうございました」
穂村は電話を切った。
「はー、緊張した」
思ったより若い女性の声だった。ラノベが好きな女性に現実で出会ったことがないので、穂村は何だか奇妙な気分だ。
「想像より、厳しい感じではなかった。でも、めっちゃビジネスライクだったな」
そう言いながら、ビジネスなんだから当たり前か、と穂村は思い直した。
何はともあれ、望んだものになれるというのは贅沢なことだ。過去の穂村のように作家になる夢を叶えられず、大好きな本の世界とは全く違う業種で働き、何の感慨もなく沈むように暮らす人間は思いのほか多いのだ。
誰しもが、好きなことを好きな時に出来るわけではない。
だが、穂村はその切符を手に入れた。
「イラストレーターさん、どうしよっかな。好きな絵師さんたくさんい過ぎて迷うな~」
穂村は好みのイラストを求め、ネットの海を漂い始めた。
桐島は電話を切った。
エンドレス・ファイアーはものすごくはしゃいでいたが、やる気があってよく喋る、機嫌が分かりやすい作家さんのようだ。桐島はほっと胸を撫で下ろす。
「は〜、分かりやすい人で助かったぁ」
何を考えているのかさっぱり掴めない寡黙な作家さんは後から豹変することが多いので、編集者からするとコミュニケーションにかなり気を遣う。
「ここまで順調……っと」
桐島はぼうっと〝後宮祈祷師〟にどんな挿絵を付けたいかを想像する。
やはりここは女性向けの表紙だろう。後宮ものは表紙でジャンルをアピール出来るのでやりやすい。ライトノベルは中身も大事だが、分かりやすく目を引くイラストが重要になって来るのだ。
桐島はお気に入りイラストレーターを記したマイ・リストを眺めた。
よく「またこの人ラノベのイラスト描いてる」というような売れっ子イラストレーターがいるが、彼らは服飾や背景の知識が幅広く筆が早いのは勿論、キャラクターへの理解が早いのも特徴だ。要求に合わせて表情やポージングなどすぐに提案出来るし、挿絵の勘所も鋭く、場面を切り取る瞬発力に優れている。
「後宮だと、やっぱり耽美系の絵師さんかな。和風、後宮、中華……」
彼女はワードをあげつらってピックアップする。
「五人ほど、適任がいるわね」
桐島はイラストレーターと彼女たちが描いたイラストを添付し、エンドレス・ファイアーに向けた提案資料を作って行く。