13.企画会議
企画会議では、複数名の編集者と編集長とが机を囲む。
書籍化が決まるのには、編集者だけで行われる企画会議と、営業部を交えた二次会議と、経営陣たちと最終判断を下す三次会議を通る必要がある。
桐島の〝後宮祈祷師〟の企画概要が配られた。彼女は簡単にストーリーやターゲット、類書のデータなども交えて説明する。
「後宮ものですから、一定の読者がつくと判断しました。内容も、章ごとに事件が分かれているのでエピソードを追加しやすいですし、続刊もしやすいかと。それから、ホラージャンルで一万ptは異例です。後宮もの自体なろうでは基本的に低ポイントですから、それと比較しても遜色有りません。出版経験のない新人作家ながら、量も書けるようです。この三か月間で40万字以上投稿しています」
話し終わると、編集者の香川芽衣が言った。
「私もこれ、その内推薦しようかと思ってました。売れ線詰まってますよね」
出版は、どうしても売れる方向を意識する。あまりにも斬新な物語だと、敬遠されることすらままある。
別の編集者が声を上げた。
「女性向けは男性向けより売れないよ。最近は特に。このポイントなら、もっと別の男性向け作品掘った方がいいんじゃないの?」
それも一理ある。しかし、と桐島はとっておきのワードを取り出した。
「しかし、最近になって後宮ものが二作品アニメ化してますよね?後宮ものは充分次の覇権ジャンルになり得ると思います」
アニメ化された作品に追随するのも、戦略のひとつだ。
アニメ化されたということは、書籍、コミックが両方売れた結果なのだ。
「それにこれはちょっと今までの後宮ものとは違って、霊を慰め、泣かせる展開になっています。読者からすると金太郎飴とは見られない気がしますが……」
〝後宮祈祷師〟をチェックしていた編集者は多かったようだ。それ以上異論は出て来ない。
「じゃあ、これ二次会議に回す?私も読んだけど、いい話だよね。後宮は流行りだし、泣けるラノベって稀だし、ネックも特に見つからない」
編集長もどうやら気に入っているお話らしい。桐島は味方を得た気がして嬉しかった。
編集会議を通るのは、全員が提案した作品の、およそ四分の一。
〝後宮祈祷師〟は、無事企画会議を通過した。
ついに二次会議でも「売れ線なので問題はない」と言う判断が下された。
この頃になると、既に別の出版社が声をかけていてもおかしくない、と桐島はちょっと焦り出す。会議を通さず作家に打診する出版社がたまにあるのだ。特にSNSでバズった作品などは、スピード勝負で取りに行かないとあっという間に他社にかっさらわれてしまう。
桐島は三次会議に編集長らと参加し、話し合いを続けた。新人作家というのが少し引っかかった程度で、〝後宮祈祷師〟は無事出版打診のゴーサインを得た。
「えへへっ。よかった」
桐島は打診の文面を考える。作家に「作品をうちに下さい」と言うのは、まるで「お嬢さんを僕にください」と言う時のような緊張感がある。
「……断られませんように」
桐島はなろう運営に書籍化打診取次の申請を出した。
数日後。
穂村はなろうのホームページを見て震えた。
「運営:企業様からのご連絡」
震える手でその文字をタップすると、「株式会社ペンドリー出版桐島乙葉様」より〝後宮祈祷師〟へ書籍化打診が入っていることが判明した。
「うわっ」
穂村は工場の食堂で思わず声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
「どうしたの穂村君?口でも噛んだ?」
「……え、あっ、ハイ」
パートのおばちゃんに愛想笑いを返してから、穂村は文面をじっくり読み込む。
紙書籍の印税から電子の印税、レーベルの特徴や代表作、それから桐島乙葉自身が〝後宮祈祷師〟を出版したい理由などが熱っぽく綴られていた。
幸いと言うか嘆くべきか、〝後宮祈祷師〟にはまだ打診がひとつも来ていなかった。ずるずるとランキングを滑り落ち、なろうの海へ再び漂流したはずだった。穂村自身も、ポイントがアレだったので記憶から流してしまっていた。何なら、ポイントと知名度欲しさに慣れない異世界恋愛短編などを書き始めていた。
それが、完結から二か月を経て打診を勝ち取ったのだ。
(え?どうやって打診をオッケーしたらいいんだろう?)
編集者からすると打診などいくつも出しているのかもしれないが、作家からすると受け取ることは人生でほとんどない。慌てた穂村は普段滅多に見ることのないなろうサイトの〝書籍化ガイドライン〟を参照した。
(俺が直接、編集者のメールアドレスに返信すればいいのか。なるほどなるほど……)
穂村はメールを開き、桐島乙葉に返信する。
(書籍化打診お受けします……っと)
こういう文面も、人生で初めて書く。送信してから、穂村は一気に汗をかき始めた。
(ほ、本当に?本当に俺、小説家になれるの……?)
思えば小学生の頃から小説を書き続け、公募に出しては十年落選し続け、三十路の大台を手前にようやく出版。
本当に長かった──
「おっといけない」
穂村は気を引き締めた。まだ書籍が出来て、本屋に並んだというわけではないのだ。あくまでこれはスタート地点。これから書籍化作業が待っている。
ああ、それでも。
(ぎゃー!めちゃくちゃうれしい!)
穂村はここが食堂じゃなければそう叫んで走り出したい気分だった。