12.ポイント不足?
桐島は〝後宮祈祷師〟のアクセス解析を見る。それから評価も眺め、うーんと唸った。
「ちょっと数字が足りないかなー」
作品の出来栄えは申し分ない。だが編集会議より上の会議を通すなら、決め手になる数字があると尚良い。どんな企業だって、勝ち目の少ない戦いは避けたいものだ。
「しかもジャンルがホラー……」
ジャンルも、よく見られる部分だ。後宮モノは読者に恵まれているが、ホラーはどうかというと雲行きが怪しい。
「まあいっか。次の企画会議は、これ!」
桐島は小説を読み込み、アピールポイントを探し始めた。色々あるが、的をいくつかに絞って行く。
そうこうしている内に、なんと〝後宮祈祷師〟は総合日間10位に躍り出た。
完結作品なので、このまま行けばポイントが無尽蔵に入り続ける。短編は上がるのも早いが落ちるのも早い。一方で、長編は上がるのは遅いが一度上がってしまえば一気に読者を引きつけられる。しかも完結作品ならばラストまで完走したことが保障されているので、〝とりあえずブックマーク〟が一挙に増える。
穂村は目を見張った。
「……総合10位?」
信じられないことが起きている。今までチャンスをピンチに変えてばかりの冴えない人生を送って来た穂村に、いきなりビッグチャンスが舞い込んだのだ。
「え?どうしたらいいの?これ」
ホーム画面に飛ぶと、読者からの感想が一気に押し寄せていた。穂村は声にならない悲鳴を上げながら、感想にひとつひとつ返信して行く。
どの感想も熱量が凄い。自分の書いた作品がこんなにも支持されるとは、にわかには信じがたかった。
「……ああっ、時間がない。仕事に行かないと」
穂村は返信もそこそこに車に乗り込んだ。
ふわふわしている。突然のことに、現実感もない。
ぼうっといつものように機械の点検をし、スイッチを入れると工場が稼働を始めた。ラインが動き始め、パートさんがコンベヤーに並ぶ。しばらくすると、先輩社員がやってきて彼に告げた。
「社長が呼んでる。射出交代するから、ちょっと事務所行って来て」
「はい」
何だろう、と思いながら穂村は事務所へ歩いて行った。
そこには亀岡化学工業の社長、亀岡正が待っていた。60代に差しかかろうかという、痩せた眼鏡の男である。
「お、穂村君。ちょっとそこに座って」
穂村は社長と相対す形で事務椅子に腰掛ける。亀岡は言った。
「今度ね、向かいの隅田プラ工業が廃業するらしいんだよ」
はあ、と生返事をして穂村は次の話を待った。
「それでね……うちで、隅田プラ工業の工場を買い上げようかと思ってる」
「はい……」
「そういうわけで、このまま行けば君をあっちの工場へ配属することになりそうなんだ」
どうやら、工場を統合して事業を拡大するということらしい。なかなか景気のいい話だ。
「そうですか」
「それに伴い、中途採用者も増やしたい」
「社員を増やすということですね」
「ああ。パートさんにも是非正社員に手を挙げてくれと言ってある」
「全員扶養内ですから、難しいのでは……」
「そうなんだよ。だから、来年から君はもっと忙しくなる。今の内に言っておこうかと思ってね」
穂村は快諾した。
「分かりました。仕事自体は変わりませんよね?」
「マシンの性能は、あっちの方が一段劣る。けれどまだ使える」
「ならよかったです。初期投資が少なくて済みますね」
穂村は再びいつものマシンの前に戻った。
仕事にせよプラーベートにせよ、色んな予期せぬことが次々起こる日だ。
穂村は仕事に集中出来なかった。まだ別世界を漂っているような、不思議な感覚だ。
穂村は家に帰ると、またアクセス解析を覗いた。
総合の10位に入ると、ホラージャンルではお目にかかれない何万というPV数が入っていた。世界各地から誰かが自分の小説を読みに来ていると思うと、穂村は感慨深かった。
ふと穂村の心にある期待が押し寄せる。
「書籍化か……」
逆お気に入りユーザーも一気に百人増えている。上手く行けば、どこか出版社から声がかかるかもしれない。
穂村はいてもたってもいられず、ネット上で書籍化に関して情報を集め始めた。
「書籍化ラインはブクマ一万人……評価三万pt以上……?」
〝後宮祈祷師〟は評価約一万ptだ。
「うーん、まだまだ少ないな」
書籍化というのは、思ったより条件が高いようだ。一万ptごときでは書籍化などされないだろう。
「ま、いっか。なろう作家としては上々の滑り出しだ」
穂村はこれを足掛かりに、もっと人気ジャンルの作品を書くべきだと思った。
「今話題の、異世界恋愛なんか挑戦してみるか?男性作者も結構いるみたいだしな……」
穂村はスマホを放ると、明石のり男の〝パン海苔〟の続きを読み始めた。
「面白いなー。10万pt作品はやっぱり一味違うぜ!」
それから一か月後。
桐島はペンドリー出版の企画会議に〝後宮祈祷師〟の企画書を持ち込み、臨戦態勢に入っていた。