11.心が動くもの
一か月後。
〝後宮祈祷師〟はついに完結の時を迎えていた。土曜の昼前。穂村は完結までの文章を見直してから、例の「完結」欄にチェックを入れる。
そして、最後の投稿をした。
ここまで20万字。長かった。毎日投稿を続けたため一定の評価が入り、一か月もホラー月間一位に居座り続けることが出来た。
しばらくすると、明石のり男から感想が届く。
〝最後、素晴らしかったです!最初はおばけ退治みたいなお話かな?と思ったのですが、ラストでは無念のまま死んで行った魂を救うことになるとは……感動しました。人間が一番怖いけれど救うのも人間だし、霊を怖がっても人間は死者を丁重に弔うんですよね。人間の根源を見た気がします、構成が見事でした〟
穂村はそれを見て、思わず鼻歌が漏れる。今日で〝感想が書かれました!〟の赤文字と別れるのは寂しいが、彼の胸は達成感で満ち溢れていた。
なろうでは完結するとトップページの完結欄に題が表示されるため、〝後宮祈祷師〟には一気にPVが流れ込んだ。話数が多いためか、アクセス数は見たことのない数値を叩き出している。
完結と同時にブックマークは減ったが、すぐに評価ポイントが入り始めた。
「おっ、凄いぞ」
穂村は小躍りした。これでまた日間一位に返り咲けるだろう。
「やっぱ〝完結〟させるのって、いいな。ふあー、スッキリしたっ」
そして完結と同時に、彼は次のお話が書きたくなった。
「持ちネタは全部〝後宮祈祷師〟に突っ込んじまったからな……また題材を仕入れないと」
穂村はぐーっと両腕を伸ばした。
「そうだ、本屋へ行こう。ついでに〝パン海苔〟も買わなくちゃ!」
今思えば、明石のり男がやたら感想欄に出没するのは読者への営業活動も兼ねていたのかもしれないが、ここまで書くことを支えてくれた彼へのお礼と思えば安いものだ。
穂村は軽自動車に乗り込み、行きつけの大型書店へと急いだ。
ライトノベルの移り変わりは早い。
穂村が先月行った時とはラノベコーナーの並びが随分変わっている。
(あれ?前、ここに〝パン海苔〟あった気がするんだけどなー)
かつて平積みされていたところにパン海苔はなく、本棚を物色するとようやくそこにあった。
穂村は、四巻まとめて引っこ抜く。
レジで会計を済ませると、彼はまた映画化コーナーへと急ぐ。前回もここで着想を得たのだ。
今は、女性向けなろう作品が次々と映画化されているようだ。男の穂村には恋愛を書くのは少しハードルが高い。
(まあ、〝後宮祈祷師〟も主人公は女だし……)
穂村は自分の小説がこの書店で販売され、映画になるところまでを想像し、へらっと笑った。
彼は店を出ると、スーパーに寄って菓子を買い込み、自宅へ帰るやいなや早速インドアな趣味に励んだ。
〝パン海苔〟はWeb版よりも読みやすく改訂され、伏線も更に張って盛りだくさんな一冊になっていた。
穂村はカラフルな表紙をめくる。
「やべーな。読む手が止まらん」
彼はしばらくして、はたと気づく。
「そういや、〝後宮祈祷師〟はどうなってるかな?」
穂村は本を置き、スマホに持ち替えた。
赤文字が踊っている。
〝レビューが書かれました!〟
……なんと、初めてレビューを貰った。
タップしてみると、やはりレビューをくれたのは明石のり男だった。規定文字数きっかりに後宮祈祷師への熱い賛辞が送られている。よもやと思い〝後宮祈祷師〟の作品ページに飛んでみると、評価ポイントは1000以上増え、アクセス数が二倍になっていた。
「……えっ!?」
ホラー日間一位どころか、下手をすると日間総合ランキング20位内に入りそうな数値だ。穂村の手は震えた。
「ハイファンと異世界恋愛の牙城に、ホラーが食い込む……のか……?」
その頃、桐島も〝後宮祈祷師〟を読んでいた。
ラストまで読み、桐島は顔を上げる。
「ええ~。すごく良かったぁ……」
最初は怨霊だの生霊だのを退治する話だったが、徐々に未来視が人の運命の残酷さを主人公に突き付けるようになる。主人公は時間を遡るように、人や霊を救うべく奮闘して行く。後半にかけて、どんどんストーリーは盛り上がりを見せる。結果、ぎすぎすしていた後宮に平穏がおとずれ、虐げられた主人公の心も癒えて行く。主人公は、最後に美貌の皇帝の右腕として召し上げられる──
「一か月でこのクオリティは凄い……公募の落選作品とかかな?」
とはいえ、この物語は最近読んだ後宮内政モノの中では群を抜いている。
桐島はその熱い読後感に触れ、むくむくとやる気が湧いて来た。
「……うわー。これ、本にしたい」
正直な願望であった。後宮ものは一定の読者が見込めるし、主人公が恋愛に足を突っ込み過ぎていないのもよかった。バトルものと内政ものの融合という軸がブレていないので、重厚な歴史小説を読んだような爽快感が感じられる。
何より、彼女はちょっと最後に涙が滲むような、感動させられる物語が大好きだった。
桐島はエンドレス・ファイアーの作者ページに飛ぶ。
「ふーん。書籍化経験はナシか……」
もう一度物語の冒頭に戻ると、桐島の脳裏に次々と登場キャラクターたちの「絵」が浮かぶようになった。その絵は表紙になり、挿絵になり、表題のフォントまでもが浮かび上がって──
「決めた。次の編集会議に、これ推そう」
桐島は新たな決意を胸にそう呟いた。