第七話 クロムの町
その一言を皮切りに、オーガが突っ込んできた。
「gawoga!」
「フンッ!」
振り抜いてきた大ぶりな右手のパンチを、左手に魔力を集めたうえで受け止める。
しかし、左手はこれといって若返ってはいない。
勇者化ではなく、ただの魔力操作による身体強化だ。
これから先、勇者化しないで済むなら使いたくない。
万が一、コントロールに失敗して当時の顔が見られたら大変だ。
何より、魔力を馬鹿みたいに持っていかれるからな。
「良いパンチだ」
「!?!?!?」
「自分より明らかに小柄な体格をした人間に、渾身の一撃を受け止められたのが信じられない」とでも言うかのように目を丸めたオーガ。
無駄に人間味のある表情がちょっと面白い。
それはさておき、ここからが練習だ。
《勇者化――右足+右手》
右手にゆっくりと魔力を流し、部分勇者化を試みる。
だが……。
「クッ」
誤って全身を勇者化させてしまった。
「ッ!」
その瞬間、勘づいたオーガは大柄な身体に見合わない俊敏さで飛び退いた。
「ほう……危機察知能力があるのか」
これはますます逃がせないな。
万が一町の近くにでも現れたら面倒だ。
そのまま逃げようとするオーガに、全身勇者化したまま飛び蹴りをかます。
「gyawofawoh!」
軽々と吹っ飛んでいったオーガだったが、さすがは上級魔物。
この程度では死なない。
俺は、勇者化を解除しオーガに近づく。
「まだまだ、これからだぞ?」
「……!」
しばらくオーガと戯れた後、感謝の一突きで命を頂き旅を再開した。
結局、オーガとの戦闘で右足の勇者化だけは会得したものの、複数の箇所となるとまだまだ練習が必要だ。
それから、しばらく繰り返し勇者化の練習をする。
繰り返し繰り返し、今までやってきたように。
「……ッ」
何度も練習すること。
俺はそれしか知らなかった。
練習も程々に歩みを再開すると、大きな通りに出た。
もうすぐこの森を抜けそうだ。
ここを抜けた先にある町はクロム。
俺は、そこで魔物の素材をいくつか売りたかった。
そのためには、まず。
「冒険者ギルドへようこそ!」
冒険者にならないとな。
クロムは、王都から馬車で約二週間の比較的大きな町だ。
この町に大抵の物はそろっているから、少し滞在しようと思う。
懸念すべきは、勇者の顔を覚えている人間の可能性だ。
都市程まではいかないものの、人の出入りが多いのだ。
間違っても全身勇者化しないよう、細心の注意を払わなければ。
「お兄さん手ぶらでどうしたの……冒険者?全ロス?……ああ、気の毒に…一応カードだけ、いい?…はい、ようこそクロムへ、ゆっくりしていってね」
門番からの質問に惨めったらしく答え、木材で作られた門を通してもらう。
旅での全ロスは、珍しいがないわけではないから、同情と共に入ることを許可された。
ちなみに、門番にはアンドリューの使っていた偽のギルドカードを見せた。
即席の身分証である。
冒険者は町の出入りが多いため、一々細かい本人確認などしない。
だからか、闇ギルドには複数持つ者も多かった。
あいつ、色んな顔持っていたからこういうときは便利だ。
ようやく着いた達成感を噛みしめて、クロムの町へ入る。
「やっと……着いたな」
一度入れば、たくさんの人に立ち並ぶ建物、商店街など……久方の”生活感”を全身に感じた。
色んな事があったせいか、この雑踏がやたら遠くて眩しい。
これが、自由によるものなのか孤独からきた寂寥感かは判断しかねるが、とりあえずは……金だ。
身も蓋もない言い方ですまない。
「たしか、ギルドは……」
素材の換金が最優先ということで、冒険者ギルドを目指して歩み始める。
フードを被っているので当たり前だが、俺を勇者と認識する人間はいなかった。
おっかなびっくり周りを見渡し、看板探しに邁進する。
冒険者ギルドは、町から出やすいよう門を過ぎてすぐ傍にあった。
寄り道をせず、さっさと扉をくぐろうと、戸を開けば。
「おい!なんで報酬こんだけなんだよ!?」「うおおおおお!魔物を狩るぜええええッ!」「それじゃ、今日と言う日にかんぱーーい!!」「このクエスト受けてみようぜ!」「全部ないなったあああああ」
喧喧諤諤たる雰囲気に包まれていた。
「変わらないな、冒険者ギルドは…」
新たな生活の幕開けを感じつつ、俺はギルドの中へ入っていった。