第六話
背の高い木々に囲まれながら、囀る鳥の歌をbgmに俺は黙々と森を歩き続けた。
途中、鳥とセッションしようと口笛を吹いたのだが、俺が吹いた途端静かになったので止めた。
「いや…」
そんなことより、さっきから景色がまるで変わらない。
が、きっと大丈夫だ。
途中途中で木に傷をつけているのだから、方向は間違っていない、はずだ。
それに、この木にはまだ傷が……ついている。
「迷ってしまった……」
飲まず食わずで彷徨うこと2日間。頭がおかしくなるには十分過ぎるほど疲弊している。
このままでは、せっかくの力もろくに使うことなく死ぬ。
「本気か…っ」
これだけ主人公のような展開が来て死ぬことあるだろうか。普通、こういう時はすんなり街なり村なり着くものだろう。なんだよ、特別な力をもらいました、腹減って死にました、って。
「間抜けすぎる…」
少しずつ足に力が入らなくなり、意識も朦朧としてきた。
「あれ…こんなところに人…!?」
瞼が閉じる直前、誰かの声がした気もする。
俺は、自由を手に入れたのも束の間、早々に死にかけたのだった。
「たいへん!早く連れていかないと…っ!」
◇
「……ん」
目を覚ますと、自分がベッドにいた。しっかりした寝床で過ごしたのなんていつぶりだろう。体感は王室の寝室だ。
「武器は…ないか」
そもそも、デビルモンキーとの戦闘で壊れたのを忘れていた。いつでも勇者化できるよう、用心しながら部屋を出る。
どうやら、寝かされていたのは2階だったようで、音を立てず慎重に移動する。
階段を降りたところで、出汁の香りが鼻腔をくすぐった。途端に、空腹の苦痛に襲われる。当たり前だが、まだ体は不調の最中だ。
この家に何人住んでいるか分からない。人質を考慮に入れ、匂いのする方へ忍び寄る。音が出ないよう、細心の注意を払って。そのうち、包丁とまな板のリズム良い音が聞こえてきた。
案の定、料理中のようだ。
今にも倒れそうな体に鞭を打ち、ドアの向こうを覗く。
「……」
そこにいたのは、手際よく調理を進める老婆だ。沸々と音立つ鍋をかき混ぜながら、同時に洗い物や他の品の下拵えを進めている。なぜか、忙しなさは感じない。どこか品のようなものすらあった。だが、今重要なのはたった一つ――これなら、一人で制圧できる。
俺は、隙だらけな老婆の後ろ姿に狙いを定めた。腹なら、後で満たせば良い。今は生き残るために制圧を……。
行動に移そうとしたその時だった。
「起きたのかい?」
「ッ!?」
こちらを見もせずに、問いかけてきやがった。俺は、狼狽える心をぐっと押し殺し、努めて冷静に返す。
「……なぜわかった」
「あんた、野生動物のような匂いがするんだよ」
「……」
匂いかぁ。
「まだ時間はかかるから、先に体流してきな。風呂場の布使っていいから」
「……ああ」
腹の音を残し、おれはふらふら風呂場を探しに向かった。
この老婆など、今すぐにでも無力化できる。だが、それをしなかったのは、単にいたたまれない気持ちになったからだ。
離れに小屋がポツンと立っており、桶と風呂があった。体を十分に洗い、湯船に浸かる。
じんわりと温かさが全身に行き渡っていく。
風呂なんて入ったのはいつぶりだろうか。このまま、溶けてなくなりそうだ。つい目を閉じそうになったその時。誰かが近寄ってくる気配がした。
そっと湯船から出、入り口の死角に潜んだ。ようやく本性を現したようだ。先手必勝、入った瞬間に無力化し尋問を開始する。
息を殺し、この世から痕跡を一切合切隠した。そして、鼻歌とともに入ってきた侵入者を、半ば朦朧とした意識で強襲する。
「えっ、ちょ、きゃっ」
やけに高い声だったが、これ以上叫ばれないよう口を押さえ、倒れた相手に覆い被さった。
「…なぜ襲う」
柔らかい肌に淑やかな髪。成長途中を思わせる程よい起伏の身体……暗殺者はなんと少女だった。しかも、何も身に纏っていない生まれたままの姿で。
「んんん!」
少女は驚きに目を見開き、懸命に暴れようと手足を動かそうとするが、大の男に抑え込まれてはそれも不可能だ。やがて、諦めたのか力を抜いた。
俺は、口だけ押さえるのをやめる。
「お前……何者、だ…」
「この家の者ですけど」
「襲撃か」
「入浴です」
少女はジト目で俺を睨んだ。俺は全てを理解する。と、同時に体の限界がきた。力を保っていられず、体崩れ落ちる。
「ちょっと!?」
驚く彼女の姿を最後に、意識を落とした。
◇
「ほんっとうにないんですよね!記憶!」
「ああ……さっぱりだ」
部屋で目覚めた俺は、目の前の娘から食ってかかる勢いで詰め寄られていた。
「思い出そうとすると頭が」
「いいですいいです!そのままで結構ですので!」
ほっと胸を撫で下ろした彼女は、気を取り直して言った。
「初めまして、私の名前はスピカですっ!サテラおばあちゃんとここに住んでます!」
スピカなる少女はまさに天真爛漫と言った声で名乗る。彼女が話すたびに、後ろでまとめた明るい茶髪がフリフリ肩で揺れた。
「俺は…セオドアだ、冒険者をやっている」
闇の部分は省き、俺も名乗り返す。
「わあ、勇者様と同じ名前なんですね!」
「……よくある名前さ」
どうやら、ここは王都から外れすぎてあの事実が届いていないらしい。勇者と聞いて、嬉しそうにするのがその証拠だ。
「ご飯できたよ」
そっとドアに手をかけながら、こちらを覗く老婆が口を挟んだ。たしかサテラと言ったな。
「そうだ、セオドアさん歩ける?」
「大丈夫だ、歩くぐらいならなんとか」
こうして、俺たちはようやく朝食をとりに移動したのだった。
「うまい……」
久方のご飯は、それはもう美味しかった。このまま昇天してしまいそうだ。何より、温かい食事など最後に摂ったのはいつだろうか。
「それにしても、ここはどこなんだ」
俺は、冒険中遭難したことにして話を進めた。
「サイン村ですよ、クロムの町からさらに西です」
サイン村は、最も近いクロムでさえ数日かかる距離に位置するらしい。そのクロムすら王都まで1ヶ月はかかる。どうやら、かなり長いこと歩いてきたらしい。
「スピカ、村を案内してやりなよ」
「わかった!」
「まあ、案内するものは大してないんだけどねぇ」
「一時間経たずに終わるね」




