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第六話

 背の高い木々に囲まれながら、囀る鳥の歌をbgmに俺は黙々と森を歩き続けた。

 途中、鳥とセッションしようと口笛を吹いたのだが、俺が吹いた途端静かになったので止めた。

「いや…」

 そんなことより、さっきから景色がまるで変わらない。

 が、きっと大丈夫だ。

 途中途中で木に傷をつけているのだから、方向は間違っていない、はずだ。

 それに、この木にはまだ傷が……ついている。

「迷ってしまった……」

 飲まず食わずで彷徨うこと2日間。頭がおかしくなるには十分過ぎるほど疲弊している。

 このままでは、せっかくの力もろくに使うことなく死ぬ。

「本気か…っ」

 これだけ主人公のような展開が来て死ぬことあるだろうか。普通、こういう時はすんなり街なり村なり着くものだろう。なんだよ、特別な力をもらいました、腹減って死にました、って。

「間抜けすぎる…」

 少しずつ足に力が入らなくなり、意識も朦朧としてきた。


「あれ…こんなところに人…!?」


 瞼が閉じる直前、誰かの声がした気もする。

 俺は、自由を手に入れたのも束の間、早々に死にかけたのだった。

「たいへん!早く連れていかないと…っ!」



「……ん」

 目を覚ますと、自分がベッドにいた。しっかりした寝床で過ごしたのなんていつぶりだろう。体感は王室の寝室だ。

「武器は…ないか」

 そもそも、デビルモンキーとの戦闘で壊れたのを忘れていた。いつでも勇者化できるよう、用心しながら部屋を出る。

 どうやら、寝かされていたのは2階だったようで、音を立てず慎重に移動する。

 階段を降りたところで、出汁の香りが鼻腔をくすぐった。途端に、空腹の苦痛に襲われる。当たり前だが、まだ体は不調の最中だ。

 この家に何人住んでいるか分からない。人質を考慮に入れ、匂いのする方へ忍び寄る。音が出ないよう、細心の注意を払って。そのうち、包丁とまな板のリズム良い音が聞こえてきた。

 案の定、料理中のようだ。

 今にも倒れそうな体に鞭を打ち、ドアの向こうを覗く。

「……」

 そこにいたのは、手際よく調理を進める老婆だ。沸々と音立つ鍋をかき混ぜながら、同時に洗い物や他の品の下拵えを進めている。なぜか、忙しなさは感じない。どこか品のようなものすらあった。だが、今重要なのはたった一つ――これなら、一人で制圧できる。

 俺は、隙だらけな老婆の後ろ姿に狙いを定めた。腹なら、後で満たせば良い。今は生き残るために制圧を……。

 行動に移そうとしたその時だった。

「起きたのかい?」

「ッ!?」

 こちらを見もせずに、問いかけてきやがった。俺は、狼狽える心をぐっと押し殺し、努めて冷静に返す。

「……なぜわかった」

「あんた、野生動物のような匂いがするんだよ」

「……」

 匂いかぁ。

「まだ時間はかかるから、先に体流してきな。風呂場の布使っていいから」

「……ああ」

 腹の音を残し、おれはふらふら風呂場を探しに向かった。

 この老婆など、今すぐにでも無力化できる。だが、それをしなかったのは、単にいたたまれない気持ちになったからだ。


 離れに小屋がポツンと立っており、桶と風呂があった。体を十分に洗い、湯船に浸かる。

 じんわりと温かさが全身に行き渡っていく。

 風呂なんて入ったのはいつぶりだろうか。このまま、溶けてなくなりそうだ。つい目を閉じそうになったその時。誰かが近寄ってくる気配がした。

 そっと湯船から出、入り口の死角に潜んだ。ようやく本性を現したようだ。先手必勝、入った瞬間に無力化し尋問を開始する。

 息を殺し、この世から痕跡を一切合切隠した。そして、鼻歌とともに入ってきた侵入者を、半ば朦朧とした意識で強襲する。

「えっ、ちょ、きゃっ」

 やけに高い声だったが、これ以上叫ばれないよう口を押さえ、倒れた相手に覆い被さった。

「…なぜ襲う」

 柔らかい肌に淑やかな髪。成長途中を思わせる程よい起伏の身体……暗殺者はなんと少女だった。しかも、何も身に纏っていない生まれたままの姿で。

「んんん!」

 少女は驚きに目を見開き、懸命に暴れようと手足を動かそうとするが、大の男に抑え込まれてはそれも不可能だ。やがて、諦めたのか力を抜いた。

 俺は、口だけ押さえるのをやめる。

「お前……何者、だ…」

「この家の者ですけど」

「襲撃か」

「入浴です」

 少女はジト目で俺を睨んだ。俺は全てを理解する。と、同時に体の限界がきた。力を保っていられず、体崩れ落ちる。

「ちょっと!?」

 驚く彼女の姿を最後に、意識を落とした。



「ほんっとうにないんですよね!記憶!」

「ああ……さっぱりだ」

 部屋で目覚めた俺は、目の前の娘から食ってかかる勢いで詰め寄られていた。

「思い出そうとすると頭が」

「いいですいいです!そのままで結構ですので!」

 ほっと胸を撫で下ろした彼女は、気を取り直して言った。

「初めまして、私の名前はスピカですっ!サテラおばあちゃんとここに住んでます!」

 スピカなる少女はまさに天真爛漫と言った声で名乗る。彼女が話すたびに、後ろでまとめた明るい茶髪がフリフリ肩で揺れた。

「俺は…セオドアだ、冒険者をやっている」

 闇の部分は省き、俺も名乗り返す。

「わあ、勇者様と同じ名前なんですね!」

「……よくある名前さ」

 どうやら、ここは王都から外れすぎてあの事実が届いていないらしい。勇者と聞いて、嬉しそうにするのがその証拠だ。

「ご飯できたよ」

 そっとドアに手をかけながら、こちらを覗く老婆が口を挟んだ。たしかサテラと言ったな。

「そうだ、セオドアさん歩ける?」

「大丈夫だ、歩くぐらいならなんとか」

こうして、俺たちはようやく朝食をとりに移動したのだった。

「うまい……」

久方のご飯は、それはもう美味しかった。このまま昇天してしまいそうだ。何より、温かい食事など最後に摂ったのはいつだろうか。

「それにしても、ここはどこなんだ」

 俺は、冒険中遭難したことにして話を進めた。

「サイン村ですよ、クロムの町からさらに西です」

 サイン村は、最も近いクロムでさえ数日かかる距離に位置するらしい。そのクロムすら王都まで1ヶ月はかかる。どうやら、かなり長いこと歩いてきたらしい。

「スピカ、村を案内してやりなよ」

「わかった!」

「まあ、案内するものは大してないんだけどねぇ」

「一時間経たずに終わるね」

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