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第五十八話

 静寂の中、地面を這いずる音だけが木霊する。

「はあ、はあ、もう、すこしで……」

 スピカは、もう足腰の立たないほど消耗していたが、ガスパールの封印されたブレスレット目指して少しずつ、少しずつ進んでいた。

 ついに、アリシアが踏みしめていた跡、その近くにブレスレットを見つける。

「お願いします……師匠の記憶を」

『ついにやったんだな』

「私の……全盛期を――」

『最後の契約者がおまえで良かったぜ――スピカ』

 封印石が輝きだし、スピカごと辺りを包んだ。

「これで…”スピカと”…」

『契約の言葉は届けられた、これより永遠の精霊ガスパールがスピカとの契約を履行する』

 その言葉を聞き、スピカは安心したように眠った。



『おい』

「……ガスパール」

 ガスパールに声をかけられ、俺はゆっくり起き上がった。

『おまえ、途中から本当は起きてただろ』

「…まあな」

 スピカはこれからくる全盛期の記憶を手放し、俺の記憶を望んだ。

 俺は、全てを思い出した。

『何で加勢に行かなかった』

「さあな、自分でもわからん」

『なんだそれ』

 あきれた顔のガスパールだが、尾の先がピクピクッと反応した途端、緊張の走った顔でおそるおそるつぶやいた。

『おいおい、まさか……』

 ガスパールの見つめる先に、俺も追って視線を飛ばした。

 茂みの奥から、よろよろと歩いてくる誰かの姿。紛れもない――アリシアだ。

『あれで生きてんのかよ……』

「あハっ、あははっ!」

 体を震わせながら、彼女は金切り声で笑った、

「上手くいっちゃったよ!私っててんっさイ!」

 素っ頓狂な声でわめき立てる彼女は、とても正気とは思えない。

「死んでいる……」

『まさかあの女…っ』

「そうっ!死ぬ前にガミジンの魔術即興でパクッちゃった!」

『なんてやつだ……死霊術を自分にかけるなんて』

「モカロネみたいにと時間差の回復でも良かったんだァ、でもこれでセオドアくんと永遠…に…」

 しかし、アリシアは俺と目が合うと徐々にそのテンションを下げていった。

 なぜならば、俺の姿はもうかつての若い姿のかけらもない、40才の俺に戻っていたからだ。

「そういうコト……じゃア、全部思い出したんだ?」

「ああ」

「そっか」

 アリシアはすべてを諦めた顔で立ち尽くした。

「なあんだ、せっかくこれからってときに……」

 ゆっくりアリシアに近づく。

「そうだな、命を助けてくれたことは感謝してる」

 少しずつ狭まる二人の距離。だが、心が近くなった気は一切なかった。

「ふふっ、律儀だね」

 やがて、俺の剣の間合いまで近づく。

 俺は、静かに剣を抜いた。

「言い残すことはあるか?」

 俺の問いかけに、うーんと唸った後、彼女は俺を見返して一言。


「――やっぱり私じゃだめ?」

「なめんな」

「…だよね」

 アリシアを斬った。



『はあ……これで終わりだな』

 ガスパールが、長いため息のあと言った。

「おまえにとっては、ようやくだな」

『おう……でもまあ、悪くなかったぜ』

「はっ、そうかよ」

 俺たちは互いに笑い合い、そして――。

 俺はブレスレットを砕いた。

「これで約束は果たしたぞ」

 ガスパールの体が、少しずつ薄れていく。

『そうだな…リンゴパイが食えなくなるのは少しさみしいぜ』

「時々お供えしてやるさ」

『おいおい、どこに墓があんだよ』

「……あのダンジョン?」

『俺様もっと明るいところがいい』

「じゃあ、サイン村で」

『ま、いいか』

 ガスパールは俺の頭上を一周すると、歯を見せ笑った。


『スピカによろしくな』

「ああ、必ず」

『へっ、俺様のこと忘れてくれるなよ?』


「――契約だ」


 その言葉に満足そうに頷くと、ガスパールは吸い込まれるように消えた。

「いくか」

 こうして、俺の勇者としての役目は終わった。



 その後、俺は二人を教会に連れて行った。二人とも数日もしたらすっかり元通りだ。だが、世間はそう簡単にはいかない。魔王が討伐され、アトレイア王女も失踪。再興なり新たな王の誕生なり、これから王国は忙しくなる。


 俺は勇者の役目を放棄、もといモカロネに押しつけ、スピカと旅をしていた。たまに、お土産でも持っていてやろうと思ったが、モカロネは頻繁に抜け出してテレポートしてくるのだ。あれから、スピカととても仲よさそうなモカロネを見ると、つい咎める気も失せてしまう。まあ、これくらい良いはずだ。アトレイアやライアンの傷は、一生消えないのだから。


「ガスパールさんは消えてしまったんですね」

「ああ、でも安らかだったよ」

「なら、良かったです」

 俺は二度と勇者化が出来なかった。でも、構わない。これ以上、大切な記憶を失いたくなかった。それに、今は隣に俺より強いスピカがいる。

「右膝、痛まなくなったんですね」

「どっかの精霊の粋な計らいでな」 

 俺達の旅はもうしばらく続く。



 歩いていると、ふと疑問に思った。

「そういえば、”スピカと”ってどういう意味なんだ?」

「なんです?いきなり」

「ほらあれだよ、スピカが合い言葉を言ったときの」

「あー、それはですねぇ」

 少し言いづらそうにしたスピカ。

「変だろ?まるで続きがあるみたいだ」


「――私気付いちゃったんです」


「何に?」

 なんだ?どんな意味か余計気になるな。

「セオドアとアリシアの後にカギ括弧をつけると、皆さんの合い言葉は意味が通るんですよ。だからスピカと、が良かったんです」

 俺は、全ての合い言葉を思い浮かべた。

 俺が”勇者なめんな!”で。

 スピカが”スピカと”。

 たしか、アリシアが”あなたは私のもの”だったはず。

 アトレイアは”セオドア”で。

 魔王ヴァネールは”アリシア”だった。


 アトレイアとヴァネールの合い言葉にカギ括弧をつけると……。


アリシア「あなたは私のもの」


セオドア「スピカと(元)勇者なめんな!」


「おお、たしかに……」

「でしょでしょっ!……って、ああ!」

 スピカは、固まったかと思えば突然大声を出した。

「師匠!私の合言葉知ってるんですね!」

「あ」

「本当は起きてたんでしょ!」

「落ち着いてくれ」

「できるわけないですよ!まったくもう……」

 スピカが俺に向かって走ってきたかと思えば、隣を歩いた。

 もう、大丈夫。

 俺たちの旅は、ずっと続いていくのだから。

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