第五十八話
静寂の中、地面を這いずる音だけが木霊する。
「はあ、はあ、もう、すこしで……」
スピカは、もう足腰の立たないほど消耗していたが、ガスパールの封印されたブレスレット目指して少しずつ、少しずつ進んでいた。
ついに、アリシアが踏みしめていた跡、その近くにブレスレットを見つける。
「お願いします……師匠の記憶を」
『ついにやったんだな』
「私の……全盛期を――」
『最後の契約者がおまえで良かったぜ――スピカ』
封印石が輝きだし、スピカごと辺りを包んだ。
「これで…”スピカと”…」
『契約の言葉は届けられた、これより永遠の精霊ガスパールがスピカとの契約を履行する』
その言葉を聞き、スピカは安心したように眠った。
◇
『おい』
「……ガスパール」
ガスパールに声をかけられ、俺はゆっくり起き上がった。
『おまえ、途中から本当は起きてただろ』
「…まあな」
スピカはこれからくる全盛期の記憶を手放し、俺の記憶を望んだ。
俺は、全てを思い出した。
『何で加勢に行かなかった』
「さあな、自分でもわからん」
『なんだそれ』
あきれた顔のガスパールだが、尾の先がピクピクッと反応した途端、緊張の走った顔でおそるおそるつぶやいた。
『おいおい、まさか……』
ガスパールの見つめる先に、俺も追って視線を飛ばした。
茂みの奥から、よろよろと歩いてくる誰かの姿。紛れもない――アリシアだ。
『あれで生きてんのかよ……』
「あハっ、あははっ!」
体を震わせながら、彼女は金切り声で笑った、
「上手くいっちゃったよ!私っててんっさイ!」
素っ頓狂な声でわめき立てる彼女は、とても正気とは思えない。
「死んでいる……」
『まさかあの女…っ』
「そうっ!死ぬ前にガミジンの魔術即興でパクッちゃった!」
『なんてやつだ……死霊術を自分にかけるなんて』
「モカロネみたいにと時間差の回復でも良かったんだァ、でもこれでセオドアくんと永遠…に…」
しかし、アリシアは俺と目が合うと徐々にそのテンションを下げていった。
なぜならば、俺の姿はもうかつての若い姿のかけらもない、40才の俺に戻っていたからだ。
「そういうコト……じゃア、全部思い出したんだ?」
「ああ」
「そっか」
アリシアはすべてを諦めた顔で立ち尽くした。
「なあんだ、せっかくこれからってときに……」
ゆっくりアリシアに近づく。
「そうだな、命を助けてくれたことは感謝してる」
少しずつ狭まる二人の距離。だが、心が近くなった気は一切なかった。
「ふふっ、律儀だね」
やがて、俺の剣の間合いまで近づく。
俺は、静かに剣を抜いた。
「言い残すことはあるか?」
俺の問いかけに、うーんと唸った後、彼女は俺を見返して一言。
「――やっぱり私じゃだめ?」
「なめんな」
「…だよね」
アリシアを斬った。
◇
『はあ……これで終わりだな』
ガスパールが、長いため息のあと言った。
「おまえにとっては、ようやくだな」
『おう……でもまあ、悪くなかったぜ』
「はっ、そうかよ」
俺たちは互いに笑い合い、そして――。
俺はブレスレットを砕いた。
「これで約束は果たしたぞ」
ガスパールの体が、少しずつ薄れていく。
『そうだな…リンゴパイが食えなくなるのは少しさみしいぜ』
「時々お供えしてやるさ」
『おいおい、どこに墓があんだよ』
「……あのダンジョン?」
『俺様もっと明るいところがいい』
「じゃあ、サイン村で」
『ま、いいか』
ガスパールは俺の頭上を一周すると、歯を見せ笑った。
『スピカによろしくな』
「ああ、必ず」
『へっ、俺様のこと忘れてくれるなよ?』
「――契約だ」
その言葉に満足そうに頷くと、ガスパールは吸い込まれるように消えた。
「いくか」
こうして、俺の勇者としての役目は終わった。
◇
その後、俺は二人を教会に連れて行った。二人とも数日もしたらすっかり元通りだ。だが、世間はそう簡単にはいかない。魔王が討伐され、アトレイア王女も失踪。再興なり新たな王の誕生なり、これから王国は忙しくなる。
俺は勇者の役目を放棄、もといモカロネに押しつけ、スピカと旅をしていた。たまに、お土産でも持っていてやろうと思ったが、モカロネは頻繁に抜け出してテレポートしてくるのだ。あれから、スピカととても仲よさそうなモカロネを見ると、つい咎める気も失せてしまう。まあ、これくらい良いはずだ。アトレイアやライアンの傷は、一生消えないのだから。
「ガスパールさんは消えてしまったんですね」
「ああ、でも安らかだったよ」
「なら、良かったです」
俺は二度と勇者化が出来なかった。でも、構わない。これ以上、大切な記憶を失いたくなかった。それに、今は隣に俺より強いスピカがいる。
「右膝、痛まなくなったんですね」
「どっかの精霊の粋な計らいでな」
俺達の旅はもうしばらく続く。
◇
歩いていると、ふと疑問に思った。
「そういえば、”スピカと”ってどういう意味なんだ?」
「なんです?いきなり」
「ほらあれだよ、スピカが合い言葉を言ったときの」
「あー、それはですねぇ」
少し言いづらそうにしたスピカ。
「変だろ?まるで続きがあるみたいだ」
「――私気付いちゃったんです」
「何に?」
なんだ?どんな意味か余計気になるな。
「セオドアとアリシアの後にカギ括弧をつけると、皆さんの合い言葉は意味が通るんですよ。だからスピカと、が良かったんです」
俺は、全ての合い言葉を思い浮かべた。
俺が”勇者なめんな!”で。
スピカが”スピカと”。
たしか、アリシアが”あなたは私のもの”だったはず。
アトレイアは”セオドア”で。
魔王ヴァネールは”アリシア”だった。
アトレイアとヴァネールの合い言葉にカギ括弧をつけると……。
アリシア「あなたは私のもの」
セオドア「スピカと(元)勇者なめんな!」
「おお、たしかに……」
「でしょでしょっ!……って、ああ!」
スピカは、固まったかと思えば突然大声を出した。
「師匠!私の合言葉知ってるんですね!」
「あ」
「本当は起きてたんでしょ!」
「落ち着いてくれ」
「できるわけないですよ!まったくもう……」
スピカが俺に向かって走ってきたかと思えば、隣を歩いた。
もう、大丈夫。
俺たちの旅は、ずっと続いていくのだから。




