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第五十七話

「残ったのは君と私…ふふ、これは勝負ありかな」

 勝ち誇るアリシア。

「それにしても……ぷっ」

 アリシアは、こらえきれないと言った様子で噴き出した。

「最後に使ったのがスピカの回復だなんて、どうしちゃったんだろうね?」

 どうやら、スピカを全く脅威とみなしていないようだった。

「それにさ、あの子ずっと私を倒すとか言っときながら結局分離しようとしたの!私と、アトレイアを!無理に決まっているのにね!」

「っ!?」

「どうせ、あなたにも言ってたんでしょ『アトレイアはもういません』とかなんとか…自分が一番信じてなかったってわけ」

「……もういいです」

「はあ~あ、言動が一致してなかったんだよあの子は、理解できないよね?」


「――できますよ」


「……」

 アリシアの表情が固まった。

「でも、あなたが理解する必要はないです……モカロネさんの優しさと、勇気を今――私が受け取ったので」

「へえ…託すって?くだらないなぁ誰かを信じるなんて、何の根拠もないのに」

 アリシアが怒気を放った声で、杖を構えた。

「ここからは私が相手です」

「でも独りでしょ」


「いいえ?託してくれたすべての人が――私の後ろにちゃんといます」


 そう言って、スピカは腰を落とし、剣をまっすぐアリシアに向けた。

「ぷっ、本気で言っているの?」

「――いきます」 

 スピカの姿が消えた。

「っ!?」

 アリシアはかろうじて、彼女の姿を目で追う。

 このスピードに魔術を当てるのは至難の業だ。だからこそ。

「誘導、するよね」

 アリシアは自信の左側に燃え広がる業火を流し、スピカの接近ルートを限定した。さらに、右手に持った杖をスピカに向け照準を与えようとする。スピカは、ジグザグに動き魔術を避け、剣の間合いまで近づこうとした。

「こそこそと、虫みたいだなぁ」

 アリシアは近距離に切り替え、あえて自分もスピカに向かって走り出した。

「はああっ!」

 スピカの鋭い横振り。

「ふんっ」

 しゃがんで躱したアリシアが、えぐるように杖を振り上げる。

 仰け反りを混ぜたスウェーバックでギリギリ避けたスピカが反撃に移った。

「シッ」

「おっと」

 巧みにステップを踏み、あくまでスピカの剣の少し外で戦うアリシア。リーチの差を活かしながら戦うその様子は、後衛とは思えないほど卓越している。

 経験も、才能も、すべてアリシアが勝っている。

――なのに。


「あれ…っ」

 スピカの動きは、怖じ気づくどころかますますテンポを上げていった。

 アリシアが接近を嫌うように大振りに杖を振り回す。

 当たる寸前の距離で避け、すぐに接近するスピカ。

 スピカの袈裟斬り。

 髪がはらりと落ちる。

「えっ」

 今まで、アリシアが攻撃を受けたことはない。初めての経験。

「この……ッ!」

 激高したアリシアの回し蹴りがスピカの頭めがけて飛んでくる。

 しゃがむスピカ。彼女はそのまま密着するくらいまで近づき、掌底打ちをアリシアの腹にたたき込んだ。

「ガ…ハッ!?」

 アリシアの体がくの字に曲がり、思わず苦悶の表情を浮かべる。

 追撃を行おうとするスピカだったが、死の気配を感じ取り後退する。

 次の瞬間、地面から土の槍が彼女のいたところを突き刺した。

「ハア…どうして…」

 この勝負、実力から言って私の圧倒的勝利のはずだ。なのに、どうして私が追い込まれている?まさか、この女今まで手加減を……!


「手なんか抜きませんよ」

「ッ!?」

「分かりませんか?思いを受け取ったからです」

「ふ、ふざけないでよ!そんな不確かなもので覆るわけないでしょ!」

 まき散らすように怒るアリシアを、スピカは冷めた表情で返した。

「本当にあるんですよ、誰かの思いを託されると、力が湧いてくるんです――それが、想いです」

「頭おかしいんじゃないの……!?」

「”次”は、分かるといいですね」

「この…馬鹿にしやがって……!」

 アリシアが何かを唱えようとする隙を与えず、スピカは最速で接近する。剣を振り抜き、アリシアに接近戦以外の選択肢をとらせないようにする。

「ふ……ふん、近づくことが分かっていれば……!」

 アリシアは無詠唱剣を召喚し、円形状に広げ回転させた。

 これで、うかつに近づくことはできないはず、そう思ったアリシアだったが。

「ハアッ!」

 スピカが剣に魔力を這わせ、思い切り振り抜く。剣撃は、飛ぶ斬撃となりアリシアの召喚した剣を粉々に砕いた。

「なんなのっ!?」

 動揺したアリシアを見逃さず猛攻を止めないスピカ。


 アリシアは、いつしか自身が防戦一方まで追い込まれていることに気づいた。

「ぐっ、いたっ!?」

 切り傷が段々増えていく。今や、アリシアの表情は余裕とはほど遠い必死の形相である。対して、スピカはあくまで冷静に目の前の敵を追い詰めた。

 そして。

 焦ったアリシアが、うかつに杖を振り回した瞬間。

「ッ!」

 スピカが、致命傷を与えんと間合いまで近づく。

「ハアアアア!」

 右手を強く握りしめ、最速の一撃をアリシアの体にたたき込もうとした刹那。


「ヒッ!?」

 アリシアの目が大きく見開き――手を自身に向けた。

「ッ!?」

 直後、アリシアを中心に爆発が起こった。

 アリシアは、自身もろともスピカに爆発を食らわせたのだ。

 波状に衝撃が行き渡り、砂埃が巻き起こる。

 しばしの静寂の後、ボロボロの姿で立ち上がったのは――。



「ふう……ふう……っ」

 アリシアは、よろよろしながら立ち上がると、スピカの気配を探した。

「チッ、仕留め…損なったね…」

「ゲホッゲホッ」

 遠くで咳き込む姿のスピカが。血だまりができていた。

『だいじょうぶですか』

「な゛、なんとか……」

 つらそうな様子なスピカだったが、その瞳は決して死んでいなかった。

「本当に、しつこいな……いい加減死んでよ」

 アリシアは、もはや髪も服も乱れ、血走った目でスピカをにらんだ。

「師匠を取り戻すまでは……あきらめない」

「でも、もう立てないよね……じゃあさ」

 アリシアは杖を支えに半身になると、静かに詠唱を開始した。

「打つね……最高火力で」

 これまでとは違い、一言一句丁寧に詠唱を唱えるアリシアに、周囲の空気がゆがみ、心の底を掻き立てるような不快感がスピカを襲う。

「これが……最後の……」

 大して強い魔術を使えないスピカにとって絶体絶命のピンチであった。しかし。

『――さくせんどおりですね』

 今まで息を潜めていた精霊が、再び姿を表した。

「そう、ですね…足りるでしょうか」

 なんとか、スピカも立ち上がり精霊に問いかける。

『わかりません…しかしやるしかないでしょう?』

「ははっ……もう信じるしかないですよね」



「万が一失敗した場合――」

 モカロネが言ったそのとき、精霊が口をはさむ。

『わたしにかんがえがあります』

「ほんとうですかっ!?」

 スピカが食いつく。

『わたしとたたかったスピカはわかるでしょうが』

「?」

『わたしには、あいてのまりょくをすこしずつうばうことのうりょくがあります』

「ああ!ありましたね」

「とんでもないですね……」

『このやまにいるあいてにかぎりますが』

「っ!つまり、長期戦になった場合」

 そこで、モカロネが気づいた。

『そう、アリシアとセオドアからすこしずつまりょくをうばい、さいごにはなつのです』

「それなら、モカロネさんが最後に使う秘策って事になりますね」

「いえ、戦闘の流れ次第ではスピカ――あなたが打つこともあるでしょう」

「え…でも、私杖なんて」

『まじゅつにかんしてはわたしのほうであるていどてだすけができます』

「でも」

『せめて、まりょくをよくとおすぶきさへあればよいのですが』

「ありますよ」

 モカロネはスピカを見た。

「え?」

「ライアンの槍はミスリル製です」

「……あ!」

『?』



『だします』

 精霊の言葉と共に、土の中から根が現れる。

 根がめくれると、その中から槍が出てきた。

 スピカは槍を握りしめた。

「いまさら……ライアンの槍がなんだって言うのさ」

 アリシアは、さらに魔力を込める。

『いま、すべてのまりょくをこめます』

 精霊の根が槍に巻き付き、目に見えるほど濃密な魔力が込められていく。

「私も……!」

 スピカも、自身の中にあるすべての魔力を込めていく。

「へえ……私と魔術勝負なんていい度胸じゃん」

 アリシアとスピカの周りには、二つの魔力の渦が湧き上がり、周囲の空気をさらにゆがめる。黒い雷電がほとばしり、空気を裂く。そして、山を中心に暗雲が立ちこめ周囲の空気を冷やした。

 この世の終わりのような雰囲気にかかわらず、二人は互いをじっと見つめ、杖と槍を向け合った。

「さあ、これで最後だよ」


《ゾ・ラ・ルドキーニ》


 アリシアの杖の先から、黒い力の奔流がすべてを飲み込まんと発射される。

「絶対に――取り戻す!」

『さあ、となえてください』


「ゾ・セ・ビーメライザァァァアアアアアア!!!!」


 スピカの咆哮とともに、真っ白な光のエネルギーが一直線に放たれた。

 二つの力は、スピカとアリシアの中心で衝突し、凄まじい力で押し合い始めた。

「はははははっ、全部消し飛ばしてやる!」

 狂ったように笑い、叫び散らかすアリシア。

「ぐうぅ……まけ、ない……!」

 スピカも力の限り槍を向けるが、黒い流れは段々と白を飲み込んでいく。

「負けたく……ない、のにっ!」

 涙がかってにこぼれ落ち、スピカの立つ位置が少しずつ後退していく。

 スピカの心に、黒い流れと同時に絶望が浸食してくる。

 そのときだった。

「え……っ」

 スピカは驚いた。

 誰かが、槍を一緒に持ってくれるような感覚がしたからだ。同時に、スピカのポケットに入っていた魔石が、強く輝きだした。

「ふ、ふふっ……ししょう、こんなときまでっ」

 スピカの涙は、次第に希望の雫へとかわっていき、体中から力があふれ出してきた。

「な、なんですって……」

 ありえない……私のほうが、何倍も魔術に優れているのに……!

 今度は、すこしずつスピカの白い激流が黒を切り裂いていく。


『その魔石はアップルパイの……そうか――届いたんだな』


 ガスパールは一人納得し、すべてを悟ったように目を閉じた。


「はぁぁぁああああああああああああ!!!!!!」


 スピカは、最後の力を振り絞り、魔力を槍に伝える。


「いやっ…やめ――」


 絶望に歪んだアリシアの表情を最後に、スピカの魔術が黒い奔流を消し飛ばした。 

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