第五十六話
再びセオドアとの一騎打ちに持ち込んだスピカ。
「いきますっ」
下手な小細工はしない。鋭い踏み込みからの一閃に、しかし、かつての英雄は余裕を持ってかわす。
「……」
「まだまだっ!」
だからと言って臆することはない。とにかく一撃与えるため、スピカは踊るように飛び出した。
「シッ」
「……」
高速で飛び交う火花と金属音。
攻め込むスピカと、それを完璧に受け流すセオドア。
入れ替わり立ち替わり、目まぐるしく斬り合う2人は、死を軸にダンスしているようだった。
しかし、それも長くは続かない。
「ぐッ」
彼女の動きが少しずつキレを落としていく。度重なる切り傷の蓄積が原因だ。セオドアは、決して膂力とスピードがスピカを圧倒しているわけではない。それでも、些細な体の向きや、速さの変化でスピカを動かし、疲れさせ、崩した。
「ハア…ハア…」
気づけば、肩で息をするほどスピカは追い込まれていた。
「もう、気は済んだだろう」
唐突に剣を下ろした元勇者。
「ハア…ハア…何が、ですか?」
「トドメを刺したっていいんだぞ?」
それは、言外に手心を加えていると伝えていた。しかし。
「ふふっ」
自然と肩の力を抜いたスピカに、セオドアは訝し気な目を向ける。
「……何がおかしい」
「いえっ、懐かしいなって」
スピカは彼と繰り返した稽古を思い出し、死の間際だというのに笑ってしまった。
「…随分と余裕なんだな」
全身が細かな切り傷にあふれ、腕から血が滴ら落ちるスピカと無傷のセオドアでは、誰も彼女の劣勢を疑わないだろう。
「不思議ですか?」
それでも、スピカは笑って見せた。
それも、単なる痩せ我慢ではない。
その表情に、心の奥底が漠然とした不安に触れられているのを感じた。
「君は…敵だ」
そして、この不快なノイズを一刻もはやく追い払いたかった。
「違います」
「俺とアリシアの敵なんだ!」
なぜか、優勢のはずのセオドアが焦燥感に駆られるまま、スピカへ突進する。
「私は私のやり方で…」
打ち合えば力負けすると直感したスピカは、脅威的な振り払いを大袈裟に避け、無詠唱で魔術を放つ。
「ッ」
ここにきて、しかもこんなタイミングでの隠し玉に、一瞬意図を探り膠着したセオドア。
その僅かな隙を見逃さず、スピカは勢いののった一撃をお見舞いする。
「チッ」
たまらず距離をとったセオドア。
初めて、勇者が押された瞬間だった。
「今のセオドアさんも素敵ですが」
「……」
「でも――私はいつものあなたが好きです」
「っ!?」
なぜ、こんなにも心が揺さぶられるのか。セオドアは、自身の体が他人のものであるかのような気がした。
「君は…いったい」
だが、言い終わる前にアリシアが口を挟む。
「ちょっとちょっと、勝手に人の男口説かないでよー、泥棒猫ちゃんかな?」
「少しはっ…真面目に戦ったらどうです…か!」
「えー、そうさせてみなよ」
「くっ…」
一方、モカロネとアリシアの魔術戦は、少しずつ差が生まれ始める。もともと、モカロネは戦闘に明るくない。2人の経験と、地力が結果に表れてきた。
「ふむふむ……特に苦手な属性はないんだ、勤勉だね」
「くっ… 《ゾ・セ・ロアー》!」
アリシアに向けられた、無数の矢。金色に輝く聖魔術の矢は、モカロネの振り下ろしに合わせて一斉に飛び出していく。
「だめだめ、そんな雑な出し方したら」
アリシアは、必要最低限の範囲にバリアをはり、あっけなく防いでしまう。
「ほら、魔力の無駄じゃない?」
しかし、モカロネの目的は当てることではなく。
「っ!」
アリシアの目の前にテレポートした彼女は、手首を狙って。
「――そんなにほしいの?」
モカロネがブレスレットに触れる直前、アリシアの膝蹴りがモカロネの腹に突き刺さる。
「カハッ!?」
「やっぱり、この体を傷つけたくないんでしょ?」
「ッ!」
モカロネも諦めない。蹴られた瞬間、腹部を手で押さえ完治。アリシアの追撃を精霊の根が妨害する時間を使って、さらに詠唱。
《ゾ・セ・イバント》
アリシアの周りから、大量の魔術でできた鎖が出現した。そのまま、アリシアを捕縛せんと蛇のように迫った。
「もう、意味ないっていうのに」
アリシアが杖をついたと同時に、虚空から剣が出現し、鎖を絡ませながら地面に突き刺さる。
「耐えられるかな?」
さらに、アリシアは詠唱。
《ゾ・ラ・トルボ》
見る見るうちに、雲が集まり曇天を形成、モカロネに雷が降り注ぐ。
《ゾ・セ・アリバ》
モカロネの頭上に、何十もの魔術陣が雷を待ち構えたが……。
「っ!?」
まるで紙が破れるかのように、魔術防壁はあっけなく突破されてしまった。
「ほら……ってあれっ!?」
だが雷がモカロネに当たった瞬間、あらかじめ仕込んでいた完治魔術が発動した。
焼かれたところから再生されていく。
「あははっ、相当痛いだろうに、がんばるねぇ」
「ハア……ハア……」
「ゾンビみたい」
もはや、息も絶え絶えな聖女モカロネ。
絶え間ないアリシアの魔術に、精霊の力を借りながらも状況は悪くなるばかりだ。
◇
「くそっ」
先ほどから、セオドアは戸惑っていた。
「どうしたんですか?」
最初見たときは、格下だったはずなのに。
どんどん自身の動きについてくるではないか。
それどころか、いつの間にか自分がついていく側に回っている気さえした。
「懐かしいですね、こうして殺し合い一歩手前のテンポでよく手合わせしました」
「なんのことだ……」
「気づいていますよね、セオドアさん、さっきから右膝をかばっている」
「っ!?」
スピカは執拗にセオドアの右膝を狙っていた。
「きっとセオドアさんは覚えていなくても、体は覚えているんですよ」
「分かっていて狙うのか……中々良い教育をしたんだな、君の師匠は」
「ええ、弟子を本気で殺しに来るくらいには強烈ですっ」
たまらず、セオドアは距離を取る。
「そうか……もういい」
だが、セオドアは深く考えるのをやめた。
肩の力を抜き、目の前の少女と目を合わせる。この少女が誰かなど、もはやどうでもよかった。
「じゃあ、遠慮なく死合おうか」
「はいっ――いつものように」
二人は同時に駆けだした。思い出を作るように、振り返るように。
『……わたしは、やぼのようです』
いつしか、二人の間には何人たりとも介入ができないほどの緻密な動きの連鎖が生まれ、最初から示し合わせたかのような、息の合った剣舞が展開された。
「ずっと前から君とは一緒だったようだ、覚えてはいないが」
「そう言っているじゃないですか」
しかし、永遠に続くと思われた最初で最後の斬り合いは、唐突に終わりを迎える。
セオドアの袈裟斬りを左腕で受け流したスピカが、剣を振り上げる須臾の間。
セオドアの口が動いた。
「だから、この言葉にもきっと意味はないのだろうが――強くなったな」
「っ!?」
セオドアは、フッと笑うとスピカからの一撃を満足そうに受けた。
「師匠!」
使い物にならなくなった左腕をかばいながら、スピカはセオドアに近づく。
「師匠っ…」
セオドアは、スピカの顔をみてもう一度満足げに微笑み、目を閉じた。
「あれ――セオドア負けちゃったの?」
スピカが振り返ると。
「ぐ……ッ!」
首を絞められたモカロネと、不思議そうに首を傾げたアリシアの姿が。
「うーん、手加減は…できるわけないし、ちょっと性急すぎたかな、目覚めたばかりなのにね」
「モカロネさんを離してください!」
「いいよ、はい」
ゴミを放つように、モカロネを放り捨てたアリシア。
「モカロネさん!」
スピカは慌てて近づく。モカロネは、ほとんど意識がない状態だったが。
「ス……ピカ」
名前を呼びなが、最後の力を振り絞りスピカに手を伸ばす。
「あなたに……託します」
モカロネが最後に放った魔術は――スピカを癒やす回復魔術だった。
「……はいッ!」
最後の戦いが始まる。




