第五十三話
「「……」」
二人の間に沈黙が落ちる。
だが、モカロネは正気のない顔でスピカの方を向いた。
「スピカさん…すいませんでした、縛ったりして」
「い、いえっ、私がずっと黙っていたのが悪いんです」
「どうして知っていたんですか?」
「実は…」
スピカは、ガスパールとの会話をモカロネに語った。
「セオドアさんがガスパールさん?と再契約した時、私の宿舎に現れたんです」
『おいスピカ』
「な、なんですかっ!あなた!」
『いいか?時間がないからよく聞けよ――』
『アトレイアに気をつけろ』
「えっ」
『あとあれだ、ブレスレットを手に入れろ、だ』
「ちょ、ちょっとさっきからなんです……あ!もしかして、師匠が言ってたガスパールさんですか!?」
『ああそうだよ』
「ってことは私……やったー!」
『ばか喜んでんじゃねえ!多分あいつら負けるから、俺様もおまえに賭けてるんだぜ?』
「…どういうことですか」
『ようは戦えってことさ』
「え、え!?そんなこと急に言われても」
『あいつが託してんだから――気張れよ、スピカ』
◇
「……なんというか、いきなりすぎますね」
「ですよね…でも、本当に起こってしまいました、わかっていたのに…」
下を向いたスピカに、疲れた顔でモカロネは笑った。
「気に病まないでください。そもそも、記憶をなくしたセオドア含め、私達全員があなたと初対面だったのです。仲間を疑えなどと主張したところで信じなかったでしょう」
「……」
顔をしかめたかと思えば、ふっと力が抜けた表情へとかわったモカロネ。先程からなんど内心で不甲斐なさに打ちのめされているのだろう。当たり前だ、モカロネは一度に三人を失ったのだから。
◇
「モカはね、別に人の心が分からないわけじゃないのよ」
アトレイアは、彼女だけの愛称でそう言った。
「え、そうなん…いやっ、そうですよね!」
「ふふ、たまに間が悪かったり言葉選び間違えたりはあるけどね」
たまにではないだろうと思ったが、スピカは何も言わなかった。
「まあ、あの子にも色々あるのよ。聖女ゆえに隔絶された環境で育ったし、会う人会う人自分を神のように崇めてくるんだから」
「……っ!」
「だから言ってた、私たちとの旅が彼女にとって救いのようだったって」
「すごい皮肉ですね…」
思わず言ってしまったスピカに、アトレイアは目を細めて笑った。
「ほんとよね、あの子旅の間は基本ずっと微笑んでいたんだけど、討伐後に会った時は無表情だった」
「え」
「許されないのよ――感情を表に出すのが」
アトレイアは、星空を見上げながら続ける。
「だからと言って、心が死ぬわけじゃない。嬉しい時だって悲しい時だってあるんだから。その分よく人を見てた」
なのに間が悪いのか、と思わなくもないスピカ。
「あなたのことも言っていたわ」
正直今の流れで聞きたくはないが。
「…聞きたいです」
スピカは大人だった。
「セオドアの弟子にはあまり見えない」
「……」
「でも、彼と似た心を持ってるって」
「……!」
「だからね、スピカ」
アトレイアはスピカの方を向き、微笑んで言った。
「――あの子に気を遣わなくていいのよ?」
◇
あの時の彼女は、どっちなのだろう。
スピカの中で答えは出なかった。
「……」
しかし、目の前で心を痛める彼女が、人の心の分からない化け物なんかには到底見えない。
スピカは、モカロネを信じることにした。
「そうだ…私がしっかりしないと」
そう呟いたスピカは行動に移した。
「……」
虚空を見つめるモカロネは、急に我に返った。鋭く乾いた音がしたからだ。
「どっ、どうしたのですか?」
スピカが自身の頬を叩いたのだ。
「いえっ!やりましょうモカロネさん!」
「え?」
「もう私達がやるしかないんです」
「それは、そうですが…」
「私は師匠を取り戻したいんです!手伝ってくださいっ!」
あまりにもまっすぐな言葉に、モカロネはようやく頬を緩めた。
「……そうですね、あの忘れん坊にいい加減説教しなければ」
「ふふ…気張りましょう、モカロネさん」
「ええ、そうですね、スピカ」
残された2人は、再び立ち上がった。
◇
再びスピカの宿屋にテレポートした2人。
「まずは作戦を立てましょう」
少しの休養後、モカロネはスピカにそう言った。
「そうですね、相手は師匠と…アト」「アリシアです」
モカロネはぴしゃりと言い放った。
「いいですかスピカ――アトレイアはもう死んだのです」
「ッ!?」
「見た目がどれだけ似ようと、アレは彼女ではない」
スピカは、親友であるモカロネにそう言わせてしまった自分を恥じた。
「何よりあの魔力、異質でした」
「確かに、心の底が冷えていくような」
「はい、アトレイアの魔力はもっと暖かいです」
「ということは…」
「おそらく、アトリーも知らない魔術を使ってくるでしょう」
「そ、そうですよね…」
スピカは、勝てるビジョンが浮かばず下を向きかけたが、魔王戦を思い出し、自分を奮い立たせた。
「何とかなりますよね!」
「なりません」
「ええ!?」
予想外の否定に、スピカは思わず大声が出る。
「――二人ならね?」
「えっ!?」
モカロネには、何か考えがあるようだ。
「確か、お二人は精霊を鎮めたのですよね」
「は、はい…サイン山の精霊です、ちっちゃい子でした」
戸惑いながらもスピカは答えた。
「ふふ、じゃあ借りを返してもらいましょう」
「っ!?……まさか」
「飛びますよ?」
「ちょっまっ」
スピカはどこかデジャビュを感じつつ、その場から姿を消した。
◇
『――それで、こちらにきたというわけですね』
久方ぶりにあった精霊は、相変わらずしたったらずな幼ごえだった。
「ええ、だから協力して欲しいのです」
『それは……』
考え込んだ精霊に、モカロネはそれはもう素敵な笑顔でいった。
「というより、じきに彼女たちはここに来るでしょう」
『っ!?』
精霊は驚いてスピカに助けを求めた。しかし、スピカは力無く首を横に振った。
「協力、してくれますよね?」
モカロネは微笑んでいるが、目が笑っていない。
「……」
まるで借金取りになったような気分になったスピカ。だが、精霊の助けを借りられなければ、いよいよ勝ち目の薄い戦いに挑まなければならない。スピカは、心を鬼にした。
『すぴか、せいかくかわりましたか?まあ、いいでしょう…このやまがもやされるのをだまってみてるわけにはいきません』
二人と精霊は、それから作戦を練った。
◇
「だからね?セオドアくんには、その憎っくき二人を倒して欲しいんだ」
一方、セオドアはアリシアと名乗る女性から事情を聞かされていた。
『よくもまあ、そんな嘘をペラペラと』
「ん?」
『いえ、なんでも』
ガスパールも、アリシアの笑顔に屈し、そっぽを向く。あいつもこんな与太話などすぐ嘘だと気付くだろうと、たかを括っていたのだが。
「事情は分かった……恩人の頼みだからな」
「うんうん、さすが運命の人!」
『だめだこりゃ』
アリシアが持つブレスレットの中で、ガスパールはたまらずため息を吐いたのだった。




