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第五十二話

「そ、そんな……魔王様……っ」

「俺の腕が……!」

 魔王が倒れたことで、次々に魔族が砂塵と化していく。

「これで、やっと……」

 世界に平和が訪れるはずだ。

 俺は、限界が来てその場に倒れ込んでしまう。

 もう、指一本動かせる気がしない。

「はあっ…はあっ…解除」

 魔族の消失を確認し、モカロネが領域を解いた。

「ライアン……」

 微動だにしないライアンの方へ、フラフラ吸い寄せられるように近づいたその時だ。

「モカ!」

 突然、アトレイアが必死な声音で叫んだ。

「ハッ…ハッ…」

 アトレイアの視線の先へ顔を向けると、スピカが、猛烈な勢いでこちらに向かってきたではないか。

 いや、正確には俺ではなく、魔王だ。

「ど、どうした……」

 俺たちは今し方魔王を倒した。これで本当に世界は平和になるはずだ。だというのに、なんだこの展開は。状況を理解しきる前に、スピカが魔王の元へ。

「これで……!」

 しかし、彼女がブレスレットに手が触れる直前。

「うっ!?」


――彼女を光の鎖が巻き付いた。


「え」

 ()()()()()聖魔術を行使したのだ。

「やはり……あなたは」

 聖女が、ひどく残念そうな顔で嘆く。

「ち、違いますっ!()です!モカロネさん()ッ!?」

「えっ?」

 モカロネが戸惑ったその瞬間。


――いつの間にか近づいていたアトレイアがブレスレットを引きちぎり、言った。


「”あなたは私のもの”よ、セオドア」

「え……」

 言われた途端目の前が暗転し、俺は意識を失った。



 目が覚めると、目の前には妖艶な笑みを浮かべた美女がいた。

「あら、目が覚めたね」

「……ここは」

「ここは、ちょっとした隠れ家だよ」

 暖炉の火がゆらゆら揺らめく。見ていると落ち着いた。


「俺は――()()?」


 すると、目の前に座る美女は両手に持ったカップの一つを渡してきながら言ったのだ。

「あなたの名前はセオドア」

「セオドア……」

「で、私は――()()()()

「アリシア、助けてくれたんだよな、ありがとう」

「ううん、これからよろしくねっ」

『……』



 数時間前まで遡る。

 いきなり気を失ったセオドアを支え、アトレイアは人好きのする笑みを浮かべた。

「ありがとう、モカ。でも、ごめんね」

 アトレイアは、当然のように無詠唱で魔力の鎖を召喚。モカロネを拘束した。そして、モカロネの拘束が解けたスピカも同じように縛り上げる。

「ア、アトリー?どうしたんですか一体……?」

 モカロネは訳が分からないと言った様子だ。

「ああ、アトリーは今さっき死んじゃった。私はアリシア、アトリーの先祖と言ったところだね」

 軽妙に答えるアリシアなる女が、逆に不気味さを助長させた。

「それにしても、スピカちゃん。やっぱりあなたは知っていたんだね……後でガスパールにはお説教しないと」

「……セオドアさんをどうするつもりなんですか?」

「やだっ、別にとって食うつもりなんてないよっ……私の方が食べられちゃうかも」

 頬を赤らめながら、体をくねらせるアリシア。

 まるで会話になっていない。スピカは、目の前の人物に戦慄した。

「ッ……どうして、こんなことを」


「そうだねぇ、時間はたっぷりあるし話そっか――私、運命の人と永遠に過ごせたらなって思っていたの」

「え」

 まただ、突然のことに話が付いてこない。

「だからね、私ガスパールと契約したんだっ、私の未来の記憶を引き換えにね」

「……ッ!?」

 これからの記憶がないということ、すなわちそれは死と同義ではないのか。スピカの思考を読んだかのように、アリシアは笑って言う。

「だって、運命の人なんていない世界に意味なんてないじゃない?」

「な、なぜセオドアさんなんですか?」

「勇者だからだよ、私の時代にはいなかった」

「だからね、ヴァネールを育てて、魔王にしたの」

 アリシアは、倒れた魔王を愛おしそうに見下ろす。

「本当に、君のおかげなんだよヴァネール、君が魔王になってくれたから私はここにいる」


「……いつから」

「ん?」

 すると、ずっと黙っていた聖女が口を開いた。

「いつから……アトリーは、あなたになっていたのですか……ッ」

「それは、あなたたちが影武者の魔王を倒した時、アトレイアがブレスレットを持ちながら唱えたんじゃない?”セオドア”って、それが合い言葉」

「合言葉?」

「あれ?知らない?契約はキーワードをきっかけに履行するんだよ」

「……」

「私だったら、勇者の名前だね、契約内容は、運命の人が現れたときに子孫を私が乗っ取ること」

「じゃあ今のは」

 スピカは、アリシアの妙に芝居がかった言い方を思い出す。

「そう!”あなたは私のもの”が合言葉なの!ロマンチックだと思わない?」

「で、では……私たちがずっとアトリーだと思っていたのは……」

 モカロネは、額に手を押さえうつむいた。

「ううん、私がずっと主人格にいたわけではないの、すぐに変わっちゃったら鈍感なモカはともかく、他の皆はおかしいと思うでしょ?それに、私はヴァネールを知っていたからあれが偽物だってすぐ分かったしねっ」

「それなら…師匠のふりをした魔王の時も……」

「もちろん、分かってたよ?でもアトリーには伝えなかったんだぁ、セオドアがガスパールと会ってもらわなきゃ困っちゃうもんね」

「あなたは……」

「そう。わざとヴァネールにネックレスを奪われて、ネックレスにガスパールを閉じ込める。他の人が契約できないように。魔王を倒した後はアトリーに契約させる」

「何を…対価に…」


「セオドアの全盛期。対価は――彼の全ての記憶」


「「ッ!?」」


「だって、私アリシアはセオ君とは初めましてに近いし?アトリーがいたら邪魔でしょ?」

「そ、そんなこと……許されるはずがッ」

「どうして?先祖は子孫のために死ぬんだよ?逆があったって良いとは思わない?」

「……」

 絶句。モカは、それ以上の言葉が見つからなかった。

「大変だったけど、概ね上手くいったね――でも一つ不満があるとすれば、あなただよ、スピカちゃん」

「……?」

「ヴァネールにネックレスを取らせる前の話なんだけど、セオドアくんが私、というよりアトレイアを認識したことがあったの」

「ッ!?」

「つまりそれって、彼にとっての一番大切な人があなたに変わったってことでしょ?あれは、本当にショックだったなぁ。それに、スピカちゃんはこうして私たちの行く手を阻もうとしていたわけだし……うーん――やっぱり消えてもらおうかな?」


「……ッ!」

 スピカは限界を迎えた体で、それでも身構えた。

「あははっ、今じゃないよ?でも必ず殺しに行くね、それじゃばいばいっ」

「まってッ!?」

「待ちなさいッ!?」

 声はむなしく木霊に響く。


 二人は呆然とその場に取り残された。

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