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第五十一話

 時は少し遡る。

「よし、これなら」

 アトレイアは、詰め将棋もかくやという緻密さで、魔王の魔術をあと一歩まで追い詰めていた。これを終わらせて、みんなのサポートに――勝利を確信したその直後、魔王が手を向けた。向けた先はアトレイアではなく――スピカだ。

「あ」

 逃げて、という時間も与えず、単純な、しかし高密度の魔力弾がスピカの元へ飛んでいった。



「え」

 突然突き飛ばされたスピカは、間の抜けた声で尻餅をついた。状況を把握する前に、結果が現れる。迫る魔術弾からスピカをかばったのは――()()()()だった。

「ガハッ」

「どうして!?」

 吹き飛ばされるライアン。

 それに対し、弾かれたように動いたのは――セオドアと魔王だ。



「ハハハッ!」

「っつあああ!」

 セオドアは、踏みしめる度に走る激痛を無視して、一心不乱に魔王の元へ駆けた。



 アトレイアは、思わず舌打ちした。相手は、最初から自身を打ち負かすつもりなどなかったのだ。

「やられたッ!」

 しかし、すぐに切り替え分身を魔術で消滅させる。



 モカロネは、呆然と足下を見る。

「ライ…アン…?」

 偶然にも、ライアンが飛ばされた先はモカロネの近くだった。長時間続く聖魔術と彼女の心が、ついに限界を迎える。

 結界を解けば、今ならまだ助けられる……そう考えた彼女を止めたのは。

「――」

 ライアンの瞳だ。

「分かり、ました」

 聖域をなんとか維持したモカロネ。

 しかし、間隙を突いた何体かの侵入は免れず、彼らは魔王を守るべく一直線に突っ込む。



 魔族に照準を合わせたアトレイアが、ライアンのそばで座り込むスピカ叫ぶ。

「スピカッ!あいつらを止めなさい!」

 あと一歩だ、あと一歩で魔王を倒せる。



「ッ!」

 アトレイアの声が届き、スピカも戦わんと立ち上がろうとしたその瞬間。

「……」

 スピカは見てしまった。

「ハッ」

 魔王が後ろ手で魔術を描いているのを。

 分身が消滅したことで、再び魔術の行使ができるようになったのだ。

 スピカの剣は爆風に巻き込まれ、手元から離れた。

「これは……」

 そこへ、転がっていたのは――ライアンの槍。



 一直線に近づく魔王とセオドア。

「勇者セオドアァ!」

 ニヤリと笑った魔王が、突然右手をセオドアに向ける。

 光を放つ魔術印。

「っ!?」

 魔術の存在が頭から抜けていたセオドアは、防ぐすべがなく。

「ハハハッ……ん?」

 魔王がそのまま魔力弾を飛ばそうとしたその時、一瞬の浮遊感を覚える。

「――あ゛ぁ」

 反射的に下を見ると、足が貫通しているではないか!

 出所を目で追えば。

「はあっ…はあっ…」

 肩で呼吸をする勇者の弟子。

「こむすめェェエエエ!」

 スピカが投げた槍が魔王の片足を吹き飛ばしたのだ。照準はズレ、魔力弾はセオドアの剣に当たる。だが、致命傷こそ免れたもののその剣は手を離れてしまった。

 魔王が足を生やしながら向かってくる。

 今更剣を取りに行く時間もない。

 互いに素手となり、それでも決着をつけるべく勇者と魔王は近づいていく。



 ――この数秒間に、いろいろなことが起こりすぎた。 

 分身魔王がスピカに魔力弾を放ち、それに気づいたライアンが身を挺してかばった。すぐにアトレイアが分身魔王を消し飛ばしたが、致命傷を負ったライアンにモカロネが動揺。結界が弱体化したことで何体かの魔族が侵入。それをアトレイアが撃退。魔王が不意打ちで魔術を飛ばしてきた。が、機転を利かせたスピカがライアンの槍を投擲して魔術の矛先をそらした。

 そして今、俺と魔王は互いに素手のまま一騎打ちの構えとなっている。

「ハアッ…ハアッ…」

 俺は、走りながらも冷静に考えていた。

 《勇者化》は魔力不足で解除され、ここにきて右膝の呪いが俺を苦しめている。だというのに、どこか時間がゆっくり流れているような、全体が俯瞰的に見えるような感覚がする。

「リーチの差が分からないのかァ!」

 分かっているさ。

 互いに満身創痍ではあるが、魔王と俺では背丈に倍以上の差がある。このままでは、魔王の攻撃が先に届いてしまう。

 しかし、なぜか逼迫する状況とは裏腹に、俺の思考はクリアに研ぎ澄まされていった。

 思い出せ、これまでの軌跡を。その中に活路があるはずだ。

「……」

 引っかかったのは、ライアンの台詞。そして、スピカの投げた……ああ、そうだ。

 どうして俺がこんなに冷静なのか。

「――仲間がいるからだ」

「は?」

 俺と魔王が交錯する寸前。

 あの記憶がフラッシュバックする。


『だから、今お前を”勇者”と呼んだだろう』

『……それがキーワードなのか?』

『別に何でも良いのだ、まあ、今後この槍をやるなんて、君を勇者と認めるようなものだということさ』


 俺は――ライアンの槍を()()()()()


「なにいいいい!?」


 そして、今度こそ魔王の心臓に槍を突き刺す。


「はああああああああ!!!!」「がぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァアア」


 突き刺したまま突進する俺と槍を掴み止めようとする魔王、永遠に続くと思われた激突は、だらんと下がった魔王の腕をもって終結した。

 膝から崩れ落ちる魔王。

「はあっ…はあっ…」

 立ち尽くす勇者に、地面に伏した魔王が語りかける。

「結局負けてしまったよ…勇者セオドア」

 言葉とは裏腹に、どこかスッキリした表情の魔王。

「負けた顔には見えないが、な…」

 限界はすでに超えていて、今俺が立っているのは単なる意地だ。

「原因が分かったからさ……私は、いや、魔王は独りだ」

 魔王は緩慢な動きで頭を傾け、言う。

「やるじゃないか……ライアン」

 今まで散々彼を利用し欺いてきた魔王が、最後に賞賛したのは勇者に憧れた男の名であった。

「ああ……まったく」

 ゆっくりと言葉を紡ぐ魔王だが、次第に瞳は霞んで遠ざかっていく。

「――良い暇つぶしだった」

 それは、誰に向けて言ったものか。

「アリシア……やはり、君だった…か…」

 息を引き取る魔王は、静かに呟いた。

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