第四十九話
怪我がないか確かめながら、スピカは立ち上がる。
「……」
受けた手は、まだビリビリと衝撃を残している。これが魔王、人間が束になっても倒せない悪の元凶だ。
「ッ!」
一太刀受けただけで痛感させられた。正直、師匠と別れた後も必死で努力し鍛えたつもりだった。少しは、役に立つことができる。そう思っていたが、それは勘違いだったようだ。
――私はついていくことができない。
つい、そんな弱音が彼女の心をよぎる。スピカは初めて戦う魔王に、少々足が竦んでいた。
「こんなに…怖いなんて……」
自分が一番経験が浅く、二人の足を引っ張ってはならないのに。
「おいスピカ」
いつの間にか、すぐそばにライアンがいた。
「……っ!」
聞かれてしまったのだろうか。
怒られると思い、スピカはびくりと肩をふるわせた。
「ハア…お前はセオドアのなんだ?」
彼は、腰を落として彼女と視線を合わせる。
「なんですかこんな時に」
「良いから答えろ」
「……弟子、です」
「――弟子とは師匠になることか?」
「え……?」
「その意味をよく考えろ」
それだけ言うと、ライアンはまた戻っていってしまう。
「意味……」
スピカは考えた。
「どういうことだろう……」
さっぱり分からなかった。
それに、今は人間の存亡をかけた戦いの真っ只中。ぼおっとしている暇はない。彼女は、心が晴れないまま戦いに戻っていく。
「戻ってきたかッ!」
しかし、魔王は受け身な姿勢から打って変わってスピカを執拗に狙い始めた。
「え」
作戦はあえてスピカが攻撃を引き受けるというもので、作戦上思い通りなのだが、勢いが強すぎる。注目が集まりすぎだ。このままでは、俺たちが決着をつける前に、スピカがやられてしまう。
「このっ!」
ライアンも慌てて攻撃の姿勢を強めるも、致命傷にはつながらないからだろうか。魔王は多少無視してスピカに攻撃する。
「ぐっ」
スピカも対抗しようとするが、如何せん一撃が重たくて仕方ない。なんとか死なないように立ち回るのがやっとであった。だが、俺が前に出るわけにはいかない。
「くそっ」
おかげでライアンがさらに前に出ざるを得なくなり、そうすると待っていたかのように魔王は急に矛先を変える。
「相変わらず、貴様ら人間は考えが手に取るようだなッ!」
「ガッ」
振り向きざまの一撃を避けたところで、魔王の鋭い蹴りがライアンの腹に突き刺さる。
よろけたところを、動揺したスピカが駆け寄ろうとした。が、それも読んでいたように魔王は剣を振り下ろす。
「させるか……ぐっ」
すんでで間に入った俺もろとも吹き飛ばされる。
「ひとたび崩れるとこれだ。明確な弱点があるというのに、先達は何をやっていたのやら…」
あきれるように首を振った魔王に、為す術がない俺達。
「ぐっ…」
立ちあがろうとした横で、下を向いたスピカがぽつりと呟いた。
「わ、わたしのせいだ……」
彼女が自己嫌悪に陥りそうになると、傍目からでもわかった。
「……」
――俺は、考えるより先に彼女の頭をなでていた。
「え……ちょ、ちょっと!?」
「わ、悪い……つい」
どうしてこんなことをしてしまったのか。思わずてを見つめるも、当然何も書かれていない。
「もしかして記憶がっ」
「……?」
「い、いえ…」
「まだ行けるか?」
スピカはうつむいたまま立ち上がった。
「…そうか」
俺もそれ以上は何も言わず、その瞳はただ魔王を見据える。
ライアンは、すでに腹を回復魔術で治しながら魔王と対峙していた。
合流しようと踏み出した途端、横から乾いた音がした。
「よしっ!」
「っ!?」
ぎょっとして彼女を見ると、スピカが自身の頰を両手で叩いたのが分かった。
「ど、どうした?」
「いえ、何でも。もう覚悟を決めました」
「――そうか」
「私は、私のやり方で」
◇
囮は、相手を引きつけるだけではない。攻撃を仕掛けることでも、その役割を果たすことができると、この短時間の魔王やライアンを見て、スピカは学んでいた。
魔王がスピカに目をつけた瞬間、彼女は後退する。入れ替わるようにセオドアが前に出、勇者につられた魔王をライアンが崩しにかかる。そして、テンポを意図的に外したスピカが不意打ちを狙い、さらに魔王の注意を引きつける。
「クッ……」
たまらず表情を崩す魔王。だが、動揺しているのはスピカ本人もだった。
「セオドアさん……」
彼女は、別にスタイルの変更を宣言したわけではない。しかし、スピカが不意打ちのために潜もうとした次の瞬間には、セオドアが前に出てサポートし始めた。また、ライアンもスピカを守るような動きから、セオドアとテンポを合わせる動きへと変えた。
言葉を交わさずとも各々がやりたいことを察し合う技術の高さに、スピカは感動した。このやり方なら、私も戦える。
セオドアの薬が切れるまで――あと二分。
◇
魔王は、成功した作戦は失敗するまで続ける性格だ。なぜなら、相手が対抗策を用意できていないのに策を変えてしまうのは非効率であり、相手に希望を見せる可能性すら生まれる、と思っているからだ。だから、時としてその策を利用されることもある。それでも、前者のメリットを取っていた。
勇者との決戦だからといって、この考え方が特段変化するわけではない。
しかし、その軸が揺らぎかけていたのを戦闘とは裏腹に実感していた。
なんだこの娘……別人か?
小娘を集中攻撃し、勇者とともに吹き飛ばしてやったと思いきや、立ち直った彼女の動きはまるで違った。勇者のまねごとではない。潜み、狙い、たたみかける。似ても似つかないそのスタイルは、彼女の小柄さと身のこなし、そして恐るべき鋭さと勘の良さが相まって今や一角の脅威と化していた。
「何を吹き込んだ?」
「何も」
「どうした、魔王。顔が引きつっているぞ?」
ライアンも息を吹き返したかのように動きが良くなっている。小娘の覚醒が、相手全体の追い風となったではないか。
混乱する魔王を置いて、戦闘は加速する。




