第四十八話
何かの気配がして、魔王は瞼を開いた。
「ん?」
それは、ライアンに付けた刻印の消失と同時。
――目の前に、五人の人間が突如現れたのだ。
「……ゾ」「させません」
魔王が動く前に、聖女が領域を張る。
闇を断絶する聖なる防壁だ。
《ゾ・セ・アリエ》
これで、魔王は配下を召喚できない。同時に、アトリーの魔術が戦いの開始を知らせる。
《ゾ・ファ・アフィス》
巨大な獄炎の球体が魔王を襲う。
「不意打ちとは……ずいぶんと卑怯じゃないか」
魔王が咄嗟に防御しながらぼやいた。
両端からスピカとライアン、真っ正面から勇者が迫ってくる。
「不意打ちはおまえの専売特許ではない」
魔王は勇者の袈裟斬りをあえて軽く受け、血と自身の魔術を媒介に高等魔術を高速で行使する。波状の炎は、三人に距離を取らせた。
「チッ、相変わらず無茶苦茶ね……」
空中に血の魔術印を描くなど、咄嗟に出来ることではない。アトレイアは、冷や汗をかいた。
「なるほど」
魔王は、顎に手を添え考える。
聖女は領域の維持に手一杯だ。厄介な継戦維持は出来ないだろう。引き換えにこちらも部下を召喚できないが。
「うーむ、一度に四、いや三人を相手取るのは骨が折れるな」
魔王は、とてもそうは思えないトーンで呟き挑発する。
「寄生パーティーはさぞ楽だろう……元勇者よ」
「ああ、皆が優秀だからな」
「ふむ……もっと不仲だった印象なのだが……」
それに、テレポートは結界で封じていたはず。ということは、原因はあの聖女のデタラメな魔術だ、と魔王は当たりをつけた。
「私の魔力……ライアン、どうした。私を倒すんじゃないのか?」
「ああ、僕はずっとそのつもりさ。使えるものは何でも使う。ずっとね」
「ふむ…暗示も機能しない、か」
これは、手痛い幕開けだ。
やはり、ガミジンとレラジェに私の目をつけておくべきだったか?いや、それだと勇者に存在を感知されていた。あの男、探知だけは全盛期以上だから実に厄介だ。それより、どうして勇者が戦えているのかもまだ分かっていない。
「まあ、問題はない。私の勝利に変わりはない――再演といこうか」
魔王は召喚の魔方陣を出した。
「無駄だ、聖女の領域はどんな悪でも通さない」
「元々中にある者は召喚できるだろう?それ」
すると、魔方陣の中からもう一人の魔王が出てくる。その代わり、もとの魔王の魔力が減った。
「つまり、分身だな」
◇
もとの魔王は、剣を携え俺達三人に迫る。しっかり、あの剣を構えていた。
今度は俺達が対応する番だ。一方、分身は魔術でアトリーと戦うつもりのよう。
「分身は予想外だが、やることは変わらない――作戦開始ッ!」
再び、ライアンとスピカが挟み撃ちの形で剣を持った方の魔王に迫る。作戦はシンプルだ。ライアンとスピカが隙を作り、本命を俺が突く。本当は、俺とライアンが魔王と正面切って戦うはずだった……のだが。
「私が魔王の注意を引きます!」
作戦会議中、スピカがそう名乗りを上げた。
「だって、セオドアさんにしか倒せないんですよね、だったらできるだけ不意打ちの形にした方が良いです」
「いや、それはそうだが」
「それに!セオドアさんが忍めば魔王の意識が散ると思います」
「一理あるな」
まさかのライアンも賛同してきた。
「まて、いいかスピカ、相手は魔王だ。おそらくスピカが出会った中で一番強いし、狡猾だぞ?」
「私はお守りになりにきたわけじゃないです」
「気は進まないが、やるしかないのか……」
というわけで、俺は二人とは一定の距離をおいて全体を視野に入れていた。魔王が隙を見せた瞬間、致命的な一撃を入れるために。
「ふむ、勇者のくせして紛れるとは…なんとも情けないな」
「何とでも言うがいいさ」
だから魔王が長期戦の構えをとったことにすぐ気づき、内心舌打ちした。もしかしたら、右膝のタイムリミットに気づかれたかもしれない。だからといって、戦い方を変えるわけにはいかない。意図を感じ取ったライアンが動いた。
あいつがまっすぐ槍で突っ込む。魔王が左右どちらかに躱した途端、槍を一瞬で手元に呼び寄せ、避けた方向に振り払った。並の相手ならこの時点で致命傷を負わせている。だが、魔王は何年もライアンの近くにいた。俺より遙かにライアンの癖やスタイルを知っている。案の定、魔王は、慣れたようにライアンを裁いてしまう。右手に持った剣で槍を滑らせながら魔力を吸い取り、返す刀でライアンの胴を狙った魔王。かろうじて、そこにスピカが滑り込み、代わりに剣を受けた。
「おも……ぐっ!」
しかし、膂力の差が出たかスピカはすぐに吹っ飛ばされてしまった。
「おや、よく見たら新しい仲間ができたのかい?なんとも頼りないが……ね!」
俺は背後から奇襲を仕掛けたが、読まれていたのか直前で振り向かれてしまう。
「……後ろに目でも生えているのか?」
「そんなに勇者の薄汚いオーラを振りまいていてはな」
振り下ろした俺の剣に、奴は正面から返しつばぜり合いとなる。
魔王が顔を寄せ言った。
「あれは君の弟子だろう?戦い方ですぐ分かった」
「……!」
「だが……ふんっ、ライアンといい、君たちは本当に」
魔王が続けようとした刹那、ライアンが突っ込んできた。
「相変わらず口の減らない奴めっ!」
「君こそあの牙はどうした?すっかり丸くなってしまって」
互いに距離を取る。
体勢を立て直しながらも、無言で俺を見るライアン。
「ああ、頼む」
目配せしたライアンが吹き飛ばされたスピカの方へ向かった。
ちゃんと伝えてくれればよいのだが。
◇
魔王城へ突撃する前、俺はライアンから呼び出された。
「おいセオドア、スピカの戦い方どう思う?」
「似ているな――俺に」
スピカの戦い方は、まず相手の出方を観察し隙を突いて致命打を与える。そう、俺の戦い方にそっくりだった。ともすれば、それを模倣しているのだろう。
「だが合っていない」
ライアンの言葉は冷たい。
「……そうだな」
しかし、彼の言うとおりスピカは速さと鋭さが持ち味の高速アタッカーだ。だから、相手に合わせるより自身のフィールドを押しつけた方が強い。しかし、それを今の俺が指摘して良いものだろうか。彼女をさらに傷つけてしまわないか、俺は不安だった。
「フンッ、情けない。ろくに、弟子にアドバイスすらできないとは…なら僕がやってやる」
「…頼むよ」
「フンッ!」




