第四十七話
作戦会議も終わり、一人夜空を見上げる。三日月と言うにはあまりにも細い月のおかげで、今夜はより星が瞬いて見えた。
翌夜は新月、いよいよ決戦だ。俺に魔王が倒せるだろうか。
「セオドアさんっ」
そんな折、スピカがこちらへ走ってきた。
「どうした?」
緊急事態だろうか。今も、ライアンの刻印は消していない。なぜなら、俺たちが魔王のもとへテレポートするには、ライアンとのつながりが必要だからだ。敵襲かと身構えた俺に、スピカは慌てて訂正する。
「あ、ちがいます……セオドアさんが抜け出すのを見ちゃったのでつい」
「なるほどな、それなら良かった」
俺が空に目を向けると、スピカもつられて上を向く。
「きれい……」
「ああ」
スピカは、思い出すようにつぶやく。
「ガスパールさん、今も囚われているんですよね」
ガスパールのことはしっかり覚えている。どんな性格だったのかも。きっとあいつは。
「どうせアップルパイのことでも考えているさ」
「ふふっ、なんだか気が抜けちゃいますね」
「そうだな」
「やっぱり、記憶はないんですよね」
「…ああ」
何の記憶かは聞くまでもない。あいつとの契約に関するルールは知っている。だから論理的に考えて、スピカが俺の対価だったのだろう。
だが、このスピカへの罪悪感は本で読んだ感覚に等しいのだ。自分の感情として受け入れられない。声も、香りも、体温も、何一つとして覚えていなかった。
「そ、そういえば魔王の契約対象って誰なんですかねっ」
彼女は誤魔化すように話題を変えた。
「……言われてみれば考えたことなかったな、契約できた以上必ずいるはずだが」
「はい、何か弱点になればいいんですけれど」
「契約の弱点か……」
今一度、あいつの言っていたルールを思い返してみる。
「ガスパールは記憶の精霊で、記憶を対価に願いを叶える」
「記憶……?」
変なことを言ったつもりはないが、スピカはしばらく黙り込んでしまった。
「どうかしたのか?」
「いえ……報酬と対価はいつも釣り合っていましたね」
彼女は深入りさせず、話を戻した。そうだ、俺の望みが大きくなれば、対価の記憶も厳しいものとなった。
「次の契約者は現契約者の最も大切な者、ですよね?」
「ああ、そして精霊が会話できるのは現契約者と」
「次の契約者ですっ」
なぜか嬉しそうに彼女は言った。
「精霊はその者の場所が分かり、瞬間移動もできる、とセオドアさんは言っていました」
だから、ガスパールは王城に忍び込んだときアトレイアの居場所が分かった。あとこれはどうでもいいが、ガスパールは味覚は共有できても視覚は無理。
「あとは…いや」
「なんですか?」
「これはあまり関係ないな」
「気になりますね…」
俺の記憶にはないが、誰かが俺を対価としてガスパールと契約している。
「例外として、精霊石を用いればガスパールと強制的に契約できるからですね」
「そうだ。長老の話によると――」
◇
あれはガミジンとレラジェを倒したあと。
俺とアトレイアは、戦いの後途中で終わってしまった話を聞いていた。
「いつだったか、ある精霊がどこか消えてしまった」
「消えた?」
「我々は、精霊が勝手にどこか行かないよう、精霊に里から出られない呪いをかけておる、だから自力では不可能なはずじゃった」
「まさか…」
「そう、その日を境に――アリシアも姿を消した」
「「ッ!?」」
「誰にも言わずにな?」
当然エルフは人間を疑った。なぜなら、婚儀を結んだ王女に対し精霊石を使ったブレスレットを贈ったからだ。その石を使えば、呪いを回避して連れて行けるらしい。しかし、王女のブレスレットにはガスパールの姿はなかった。物的証拠もないため、声を大にして言うことも叶わない。だから、これ以上関係を悪化させないよう、互いに不可侵条約を結んだという。
◇
「特に役に立ちそうな情報はないか」
大事なのは魔王を倒すことだ。契約の弱点とは言っても、魔王が誰の記憶をなくしているのかもわからない。よしんば分かったとして、どう利用するのかも。せいぜいがアトレイアに幻術をかけてもらうくらいだろうか。
「いえ、そんなことないです」
予想に反して、彼女には何か見えるものがあったらしい。
「なにか分かったのか?」
「はい、まだ言葉にすることはできませんが、私のするべきことが決まりました」
思わず彼女を見てしまう。星に照らされた彼女の瞳は、吸い込まれそうなほど深く、そしてどこか遠くを見ていた。
「ならいいが」
またしても、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「「……」」
その後、しばし沈黙が続く。だが、不思議とそれは嫌なものではなかった。
スピカは、俺にとっても魔王にとっても想定外なはずだ。この子の存在は、必ず状況を打開するきっかけになると、俺は確信している。
「スピカ」
彼女も、まっすぐ俺を見た。
「やるぞ」
「はい!」
この時、彼女と初めて目が合った気がした。
◇
翌日、俺達はエルフに別れを告げ集まった。
「じゃあ、みんな作戦通りに」
静寂が戦いの覚悟を示す。
「……ッ」
誰かが息を呑んだ。
それを合図に、モカロネがライアンにつけられた刻印を解き、唱えた。
《ゾ・セ・スイチェ》
足元を光が包み込み、俺は魔王城へ突撃する――直前、アトレイアがモカロネに何か耳打ちをしていたのを視界に捉えて。




