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第四十四話

 セオドアに言われるがまま、ライアンのもとへ行くスピカ。

「傷が……どんどん深く…っ」

 彼の右腕は、まるで早送りされたかのように酷く深く傷ついていく。

「ど、どうすれば…」

「ぐっ…だまっていろ」

 ライアンは傷口魔力を送り、なんとか傷の進行を遅らせようとしたが、あまり効果はない。しかし、ライアンは傷を無視して立とうとする。あまつさえ、その瞳はずっと犬の魔族を捉えたままだ。

「ちょ、まだ戦う気ですか!?無理ですよ!」

「うるさい!僕はまだ、やれる……っ」

「死んじゃいますって…」

 その執念に、スピカは一瞬後ずさる。しかし、彼女とてセオドアに任された身。はいそうですかと放っておくわけにもいかなかった。

 スピカは、何とか話を逸らそうと頭を回転させる。そして、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

「ライアン、さんは…どうして、そこまで勇者にこだわるんですか?」

 セオドアと同じ質問に、眉をさらに顰めたライアン。

「どいつもこいつも…ッツ!」

 ライアンは立ち上がったが、痛みのあまり膝をついた。

「僕が!勇者であると証明するために…!」

「――誰にですか?」

「は?」

 ライアンは、あまりにも予想外の質問に、一瞬痛みも忘れて目を見開いた。

「だって、王都じゃ師匠は犯罪者扱いだから、みんなライアンさん達を本当の勇者だと思っていますし、私たちはどうあってもライアンさんを勇者とは思わないですよ?魔王にトドメがさせないんですから」

「だから、それは」

「一体誰から認められたいんですか?」

「……」

 その瞬間、ライアンが固まった。

「僕は……っ!」


『いい?ライアン、あなたが■■になるの』

『ライアン、■■になれ。それがヴァーミリオン家を継ぐ者としての責務だ』


 僕は勇者に……。


『ライアン。君こそ勇者に相応しい、あの平民ではない』

『僕が、勇者に……』

『君の父上と母上もそう言ったはずだろう?』


 そのはず、なのに。


『魔王を倒した者が勇者ではない、勇者に選ばれた者が魔王を倒せるんだ』


 だって、そうでないと僕は……。


――誰から認められたいんですか?


『勇者になれませんでした……』

『いい?ライアン、それならあなたは英雄になるの』

『そうだ、ライアン。英雄になれ。それがヴァーミリオン家を継ぐ者としての責務だ』

『っ……はいっ、僕は英雄になって、勇者よりも活躍して父上と母上を守って見せます!』

『ああ、期待しているよ』


「――そうか」

「え?」



 先程まで下を向いていたライアンは、急に顔を上げたかと思えば独りでに納得してしまった。

「チッ、どこまでも舐めやがって」

「べ、別になめてないですけど!?」

「小娘、貴様じゃない…あの野郎、僕に暗示をかけていたな?」

 その時、セオドアが犬顔の魔族に吹っ飛ばされこちらまで転がってきた。

「大丈夫ですかッ!?」

「ああ……なんとか」

 かすり傷さえ致命傷と分かった今、大袈裟に避けざるを得ないため、俺は攻めきれないでいた。

「ふんっ、情けない…グッ」

「それにそろそろ薬が切れそうだ…というか、お前も人のこと言えないだろう」

「う、うるさい!」

 さらに、ゾンビを引き連れたロバ顔の魔族まで現れた。

「あれ……なんであそこにあの時の小娘が」

「あなたまでっ!?」

「はあ……面倒くさいけど、魔王様のためだから……はあ」

 魔方陣の中から強そうな個体が出現する。それも、二体だ。

「お気に入りの死体さ……掘り起こすのも我慢できるくらいにね」

()()

「え」

 この絶体絶命の事態に、ライアンが真っ直ぐ問いかける。ここまで純粋に見てきたのは、いつ以来だろう。いや、そうではない、ライアンが俺を勇者と呼んだのは初めてだ。

「今勇者って…」

「貴様がやれ」

「貴様がやれって…何を」

 一向に話が見えない。


「――今、貴様にこの槍の所有者を変更した」


「は?どうやって」

「だから、今お前を”勇者”と呼んだだろう」

「……それがキーワードなのか?」

「別に何でも良いのだ、まあ、この槍をやるなんて君を勇者と認めるようなものだということさ」

「ライアン……」

「そんなことより作戦は分かるな?」

 さっきからライアンは突拍子がない。

「作戦?」

「以前、古代龍を倒しただろう?あれだ」

「ああ、あれか…」

 やっと言いたいことが分かった俺に対し、スピカは目をパチクリしている。

「ど、どんな作戦なんですか?」

「特に複雑なものではない、小娘はあのロバ顔とその取り巻きを相手しろ」

「スピカと呼んでくださいっ!」

「相手できたらな」

「ぐぬぬ」

 こうしてる間にも、ロバ顔のガミジンが兵を増やしている。

「それしかないか……いくぞっ」

「はいっ!」

「フンッ!」

 俺達は戦闘を再開した。



「はあ……レラジェ、大丈夫かい?勇者が普通に戦い始めているけれど」

「……」

 魔王様の情報では、勇者はまともに戦えないはずだった。

「そう……じゃあ、僕はあの女を倒せば良いんだね…面倒だなぁ」

 ガミジンの操る死体がスピカに急迫する。

「速いっ」

 何とか剣を合わせるスピカ。

 だが、周りのエルフゾンビ達と違い、この死体には遠慮がいらない。

 むしろ、早急に楽にしてあげるべきだと折り合いをつけた。

 彼女は全身に魔力を巡らせる。

「セオドアさん達には近づかせない!」



「いくぞ」

 俺は、残り僅かとなった薬の効力を振り絞りレラジェと対峙する。

「……」

 この犬顔魔族は相変わらず無表情で鋏を構えるのみだ。

「フッ」

 不利な間合いを消すべく踏み込んでも、奴は防御に専念するばかりでまともに攻撃してこない。ライアンの出血待ちか、それとも俺の効力切れ狙いか…その両方か。

 だが、時間がかかるのは悪いことばかりではない。なぜなら、あのエルフの報告では襲撃者が二人。そのどちらもこっち側にいる。つまり、アトレイアとモカロネがそろそろ仕掛けてくるはずだ。

 一方。

「ぐっ…そろそろ限界に近いな」

 立った一撃、肩にかすっただけの攻撃が、もはや心臓に届く勢いでその傷口を拡げていく。額からは脂汗が止まらず、ライアンは立っているだけでやっとだった。

 しかし、それでも下だけは向かないようにしていた。

 それに、気になることもある。

「やはり…似ている」

 そうこぼしたライアンの視線はスピカに釘付けだった。

 魔術を使わず、相手の動きに注視した戦い方は勇者セオドアそっくりだ。

 流石、セオドアの弟子を名乗るだけのことはある。

 しかし、その戦い方は……と、逸れそうになる思考を引き戻した。

「まあいい…それより、あのロバ顔何を考えている」

 スピカは死体と、セオドアはレラジェとかいう犬顔の魔族と戦っている。それならば、手の空いたロバ顔は多少の攻撃でもこちらに向けてくると思っていたのだが、まるで攻撃してくる気配がない。

「小娘に手を焼いているのか、それとも――タイミングを待っているのか」

 ライアンがそうこぼし、スピカがバックジャンプで攻撃を躱したその瞬間。

「――あぁ、ここかい?」

 ガミジンが杖を振り、急に死体の動きが変わる。

「え?」

 一人が覆い被さるようにスピカへ飛び込んだのだ。

「まさかっ」

 スピカは、その無防備な体を一刀両断する。

 しかし、その一振りの時間でもう一人の死体がレラジェと戦うセオドアの方へ切迫する。

「セオドアさんッ!」

 スピカは慌ててその後を追いかけるがもう遅い。

「なにッ!」

 セオドアは背後から迫ってきた死体の攻撃を何とか防御し返す刀で切り伏せる。

 しかし、レラジェを自由にしてしまった。

「あ……!」

 同時に、レラジェはセオドアとは真逆の方へ走り出す。

「……ライアンさん!?」

 向かった先は、槍を杖代わりに立っていたライアンだ。彼の足元は、肩の付け根から垂れたおびただしい量の血で赤く染まっている。

 スピカは気づく。そうか、レラジェはライアンにトドメを刺すつもりかもしれない。セオドアも、慌ててレラジェを追うが。

「間に合わない……っ」

 槍を構えようとするライアンの足がふらつく。

 レラジェが鋏で突く刹那。

 ライアンの手元から()()()()()


「え……ッ」

 スピカの目に移ったのは、召喚した槍を投げる態勢に入っていたセオドアの姿だ。

 しかし、読んでいたかのようにレラジェが勢いよく振り返った。ライアンに戦う体力がないと踏んでの行動だ。

「誘われたッ!?」

 二転三転する状況、しかもそれに対応する勇者達と魔族にスピカは瞠目した。

「ハアッ!」

 止まれないセオドアは、そのまま槍を思いっきり投げつける。

 それを、レラジェは鋏でなんとかやり過ごした。

 攻撃は失敗した。だと言うのに、セオドアはにやりと笑った。

「これで」

「チェックメイトだ」

 その声を聞き、再度振り返ったレラジェが最後に見たのは。


――血だらけの右手を突き出し、魔術矢を発射させたライアンの姿だった。

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