第四十三話
薬を飲んでから五分弱。そろそろ勝負をつけたいのだが、俺たちは決め手に欠けていた。原因はもちろんライアンの意固地だ。それにこの魔族、妙に傷の通りが悪い。それなりにダメージは与えたはずなのに、致命打とならない。
「なあライアン、協力しないか?」
「冗談は生まれだけにしてくれ」
「くっ…!」
中々思うようにいかない展開に、ジワジワと焦りが募っていく。
「……僕だけでやれる」
人間を優に真っ二つに出来るほどの巨大な刃がライアンを襲った。しかし、ライアンは飛ぶように跳ねたかと思うと、あろうことか正面から突っ込んだ。巨大で歪な苅込鋏が振るわれる。容易く人を断ち切るだろうそれを。
「ふっ」
急停止で紙一重に避けた。代わりに切られた木は、発泡スチロールのように軽々と明後日の方向へ飛んでいった。
「くたばれ」
お返しとばかりに、ライアンは魔族へ槍を突き刺す。だが、魔族はかろうじて致命傷を避けたようだ。
「おい、バカ!」
そのまま、手応えよりずっと俊敏に反撃を試みた魔族。ライアンは、予想外の攻撃に反応がわずかに遅れた。
「なっ」
ハサミの持ち手にスナップをかけることで、ハサミが勢いよく開き、ライアンの右肩をうっすら切り付けた。
「くそっ」
俺がカバーに入ろうとすると、魔族はあっさり引いた。
「何をしている」
「うる、さい……!」
一見使いづらそうなあの刈込み鋏、以外と厄介だ。挟む、受ける、切る、叩く、なんでも出来る。さらに、木を切りながら闘う姿は、余計に庭師を想像させた。
「……」
やはり2人がかりで仕留めるべきだ。それに、エルフの死体を止めるために、早く村へ戻らなくてはならない。だというのに、ライアンは断固として独りで戦おうとする。
「僕は、勇者に…っ」
「おい、良い加減にしろよ」
「……何だと?」
なぜ、こいつはここまで俺を憎悪しているのか。いや、本当にそれは俺に向けられたものなのか?
「お前はどうしてそこまで意地になっているんだ?」
魔族から目を逸らさずに思わず問いかけてしまう。どういうわけか、攻めてこない魔族。
「意地だと?フンッ、自分は勇者だからと高みの見物か?」
ライアンは不貞腐れたように吐きつけた。
「勇者勇者って……勇者にそこまでの価値はない」
それが俺の人生を滅茶苦茶にしたのだ。
「チッ……貴様のそういう所が本当に癪に障る……僕は…勇者にならないと…認めてもらえないのに」
『いい?ライアン、あなたが勇者になるの』
『ライアン、勇者になれ。それがヴァーミリオン家を継ぐ者としての責務だ』
だから、僕は勇者にならないと。
「だが、お前があの旅で最初に言ったことを俺は覚えているぞ」
『僕の名前はライアン。ライアン・ヴァーミリオンだ。勇者である君より活躍して英雄になる男さ』
「たしかにそう言ったはずだ」
「違う!僕は……っ!」
『いい?ライアン、あなたが■■になるの』
『ライアン、■■になれ。それがヴァーミリオン家を継ぐ者としての責務だ』
僕は、勇者に…それに魔王だって。
『ライアン。君こそ勇者に相応しい、あの平民ではない』
『僕が、勇者に……』
『君の父上と母上もそう言ったはずだろう?』
そうだ、僕は勇者にならなければならない。
「黙って…見ていろ」
やはり、ライアンは一人で向かっていく。
槍の振り下ろしに対し、魔族は無言で躱す。そのまま、苅込鋏を器用に振り回して反撃。
「なめるなっ!」
避けたライアンが槍で突き刺す。
「……」
魔族は槍をはさんで受け止め、逸らす。
「ハッ!」
駆け寄った俺の振るう剣に対しては、はさみを分解して二刀流の構えで受け止める。
「それで止めたつもりか?」
挟まれた槍を、召喚し直して斬りつけたライアン。
斬られながらも、魔族はライアンに向き直り、再び鋏をはめ合わせて反撃する…と思いきや、すぐに距離を取ってしまった。
「……チッ」
「どういうつもりだ」
しかしあの魔族、やけに攻め気がないのはなぜだろう。必要以上に俺達を攻撃してこない。
それに、先ほど俺たちの会話中もその場にとどまっていた。
「何か理由があるのか」
確かに、俺達と一人では連携を取られないよう警戒するのは当然だ。だが、俺とライアンの間に連携がないことなんて、すぐ分かること。
このまま時間が過ぎれば不利になるのは奴のはずだ。直に皆がここへ来るはずだし、何しろ目的は勇者の俺。今が絶好のチャンスのはずなのに。
時間を稼いでいいことなんて……そう思ったときだった。
「クッ……」
ライアンが苦しそうにうめいた。
「どうした?……ッ!」
魔族に警戒しながら横目で確認すると、あいつは肩を押え槍を取り落とした。さっきつけられた傷がどんどん悪化している……。それに、自身が受けた傷に対しては通りが悪い。
「まさか……」
こいつ、まさか傷の進行を操作できるのか。
「――!」
当然、魔族が向かうのはライアン。
「チッ」
俺は、ライアンとの間に立ち、やつの鋏と剣を合わせる。
「グッ……余計なことを!」
「だったら、さっさと立ってくれ」
魔族の勢いがどんどん増す。
そうか、この魔族の狙いがようやくわかった。
俺は奴の鋏を弾き飛ばしながら考える。妙に消極的だったのはこの時を待つためか。こいつ自身の力量は、正直強敵ではない。だが、凶悪な能力と潔いほど全力で防御に回られると、実に厄介な敵だった。
「これは……思ったよりも……っ」
俺の擬似勇者化も制限時間がある以上、あまり悠長に戦闘を行っている場合ではない。何らかの対策を講じねば、そう思った次の瞬間。
「セオドアさん!」
視界の端に移るのは一瞬で現れたスピカだ。
「スピカ?どうやって……モカロネか」
スピカは短く肯首し「助太刀です」そう答えた。そのまま、犬顔の魔族に向かって行こうとした。
では俺はライアンを……いや、違うな。俺じゃだめだろう、きっと。
「スピカ!ライアンの様子を見てやってくれ!」
それに、あいつの攻撃全てが致命傷だと伝える必要もある。
「えっ、は、はいっ!レラジェの相手は!?」
「レラジェ?ああ、あいつは俺が相手する」
どうやら、あの魔族はレラジェというらしい。スピカにライアンを任せ、俺は敵に向き直った。




