第四十二話
見えてきたのは、犬の顔をしたエプロン姿の魔族だ。
無表情で、何を考えているか分からない雰囲気を纏っている。だが、ライアン相手への立ち回りを見れば、そいつの強さがよく分かった。
「あいつだな?」
隣を走るエルフに聞けば。
「はい、間違いないです」
そう答えたので、俺はエルフをこの場から帰すことにした。
「それではお願いします!」
そう言って、案内役のエルフは帰って行った。
俺は激しく戦う二人に視線を戻す。
「ハッ!」
ライアンが槍を持って、犬顔に斬りつけた。
「……」
犬顔は涼しい顔で槍を避け、無言を貫く。
「貴様…その余裕も、今に消え去るぞ」
無視した魔族は、ふと視線を散らす。つられたライアンの見据えた先には――剣を構えた勇者。
「足手纏いが…ッ」
「ライアン、2人で」
「邪魔をするなッ!」
「なに…?」
ライアンは俺の加勢が気に食わないらしい。だが、わがままに付き合う義理はない。俺は長老から貰った丸薬を取り出した。
「言っている場合か……」
見た目が禍々しい赤の薬を口に含む。普段であれば若干躊躇しそうな色をしていても、夢にまで見た効能だ。一息で飲み込んだ瞬間、ドクンと心臓に衝撃が走る。
「グッ…ガ……ふう」
全身を血が全力で走り回り、体中の活力という活力が暴れる。
力が漲り、膝への違和感が消失していく。族長はこう言っていた。
『よいか?これの効果時間はおよそ十分。一回使ったら五分のインターバルが必要じゃ。くれぐれも連続で使うなよ?死ぬからな……』
十分で片をつける。
「行くぞ!って……本気か?」
ライアンが俺に向かって槍を向けたのだ。
「邪魔するな、そう言ったはずだ」
ライアンの表情は真剣そのもので、脅しの類ではなさそうだ。
武器をなくしたと思い込んだ魔族がライアンに向かっていくが、攻撃の直前で槍を呼び寄せたライアン。避けざまに一撃を浴びせる。
「…はあ、やるしかないだろう」
たとえ、ライアンの邪魔を受けるとしても、ここで犬顔との戦いを見ている状況ではない。それに、この魔族なんだか怪しい。
「……」
実力はライアンの方が上だし、自慢じゃないが元勇者の俺が来たのだ。少しは焦ったって良いはずだ。というのに顔色一つ変えない。何かあるはずだ。
俺は頭の中で考えを整理すると、剣を下ろすことはなく力を込めた。すぐに気づくライアン。
「貴様ッ!」
「切り替えろライアン、これは遊びじゃない」
「ふざけるなよ……!」
「……」
こうして、不仲な勇者と槍使い、そして追っ手魔族の三つ巴が開始された。
レラジェが走る。そのまま、下から突き上げるように振るわれた凶刃。それをライアンは鼻先数センチで避ける。同時に跳び上がり、槍をぶん投げた。
「シッ!」
魔族の体勢が崩れる。
俺も連動して高速で近づく。魔族の右腕を斬り落とそうと大きく振りかぶった。
一撃入れようとした――その時だった。
「っ!?」
横からライアンの槍が行く手を阻む。無理矢理剣を合わせなんとか防いだ。しかし、大きく仰け反ってしまった。
「――」
その隙を見逃す魔族ではない。
すかさず体勢を整え、刈り込み鋏を右から左に振り抜いた。
「……っ」
あえて勢いに逆らわず、限界まで上体を反らしつつやり過ごす。
追撃を避けるようにバク転で後方に跳んだ。
「やりづらいな…」
なんで人間と魔族が二対一の状況で、三つ巴をしているんだ。
◇
一方、スピカとモカロネは、突然襲いかかってきた死体に対応を余儀なくされていた。
「傷つけないようにするには……手強いですねッ!」
死体はどれもこの村のエルフ達だ。腐敗には個人差があり、中には白骨化している者もいる。生者を手当たり次第襲うので、2人は村人の避難を優先していた。が、そこで遊んでいた子ども達は逆に離れるのが危険だと判断する。モカロネがまとめて守っていた。
傷つけられないかと言って、何もできないわけじゃない。
スピカはわざと隙を見せ、村人から自身に目を向かせる。器用に死体を引きつけた。
「スピカさんグッチョブです、あとは私がまとめて」
聖女モカロネが、地面から聖なる光を立ち昇らせる。
「すごい……!」
浄化された死者達は、解放されもぬけの殻へと戻った。それでも、別の場所から土が盛り上がる。迫り来る動かざるべき者共は後をたたない。
「この人たちはどうやって…」
スピカはふと疑問に思う。どの死体も魔力によって動かされているのは明らかだ。
しかし、その声に応えたのはモカロネではなかった。
「――僕の魔術さ」
いつから、どこからともなく現れたその魔族は、ガミジンと名乗った。灰色のローブを羽織り、ロバの頭をしたひょろ長い背丈。青ざめた肌はいかにも不健康そうだ。
「はあ……面倒くさいけど、魔王様のためだから……はあ」
ガミジンは子供のような甲高い声で退屈そうに呟いた。体の調子が悪いのか、背を丸めて杖に寄っ掛かる魔族。だがその姿とは裏腹に、大量のエルフの骸を引き連れ、スピカとモカロネを突然襲った。
「この人達…強い!」
先程までの単純な動きではなく、統率の取れた戦術的な動きに苦戦するスピカ。ただでさえ死体を傷つけるわけにもいかないのに、死体は明らかに戦闘慣れしている動きであり、スピカは防戦一方であった。
「これは厄介ですね」
モカロネの方も、襲われているエルフ達を聖魔術で守っているせいで、中々サポートに手が回らない。
「すぐそこにいるのに…!」
スピカは、焦ったくて仕方がなかった。ガミジン自身は戦闘に参加しない。しかし、ガミジンが魔力を解放する度に襲ってくる死体はその数を増していき、ついには二人だけで抑えきれないほどになってきた。
「キリがないですね…」
「このままじゃ……っ」
焦るスピカがこぼしたと同時に。
《ゼ・セ・ドンイバ》
戦場に、突然魔術が降り注いだ。
どこからともなく飛んできた魔術の鎖が暴れ回るエルフの骸を縛り上げる。
「あのロバ顔を倒せばいいのよね!」
「アトリー!」
モカロネが喜んでアトレイアの方を見た。
「これが王女様の魔術……」
スピカは王女の実力に戦慄しつつも、鎖から逃れ向かってくる死体を体の傾きだけで避け、返す刀で武器だけを斬りつける。
「スピカさんっ、攻め時です!」
「はい!」
その後、スピカは全身に魔力を巡らせ、何とか身動きが取れないよう押さえつけた。そこを、モカロネがすかさず浄化する。
「はあ、やっときたか……それじゃあ僕はこの辺でぇ」
言うが早いか、ガミジンは囲むように現れた大量の骸の中に消えていった。
「私追ってきます」
正直、アトレイアが合流した今、スピカにやることはなかったのも事実だ。
「ちょっと待ちなさいスピカ、モカロネあなた魔力追跡できるのよね」
モカロネはそれだけで意図したことに気付く。
「なるほど、スピカさん――飛びますよ?」
「え?」
モカロネ呪文を唱え宣言した。
《ゼ・セ・スイチェ》
「ちょっとまっ」
言い切ることなく、スピカはその場から消えた。




