第四十一話
翌日セオドアとアトレイアは長老の元へ、他は集落を自由に過ごしていた。
「おねえちゃんまってぇ!」
「捕まえてみな!できるならね!」
子どものエルフと駆けっこをして遊ぶスピカ。その後ろ姿を微笑ましく見守るモカロネは、一人考えていた。
「スピカさんは何者なんでしょう」
身のこなしは、一目見て強者だと分かるほど身軽で、近距離に疎いモカロネですらその強さをまざまざと感じていた。
何より、スピカが同行すると聞いてライアンが何も言わなかったことが彼女の強さを物語っている。
だが、基本的に人を信じるのが聖女であり、モカロネだ。エルフの里について間もないというのに、既に受け入れられているスピカを見て、彼女は杞憂だと振り払う。
ライアンはいつの間にかどこかへ行ってしまった。自分も混ざろうかと一歩を踏み出したとき。
「……?」
突然、スピカが足を止めた。
「スピカさん?どうかしたのですか?」
「いえ、あの人……」
彼女の視線の先には、足元のおぼつかない一人のエルフが。
「あら?体長が悪いのかし…ら……ッ!?」
スピカとモカロネは同時に気付く。
――彼の魔力の異質さに。
◇
時を同じくして。
里の外れを一人歩いていたライアンも、目の前の男に剣呑な雰囲気を放った。
「貴様……魔族だな?」
魔族は、緑のエプロンにこれまた緑のキャップを被ったボルゾイ犬の顔で、無言のまま持っていた鋏をライアンに向ける。
「無視とはな…僕は最後のセリフなんて聞かないぞ?」
◇
俺とアトレイアは、エルフについて聞くべく再び長老と向かい合っていた。
「すまんな、おいそれと聞かせる話ではないのじゃ」
「こうして聞かせていただけるだけでも十分ですので」
「では、話をしよう。あまり楽しい話ではないが」
そうして、長老は前置きもなく話し始めた。
人間とエルフの交流、その始まりについて。
「あれは数百年前じゃったか、今と変わらぬこの里に突然人が訪れた。その名はアリシア。シストニオ王国、その前身の第二王女じゃ」
アリシア、本にあった名だ。確か、魔術に優れた才を持っていたとか。
「どのような人柄だったのでしょうか」
「聡明で明るく…それに、丁度お主のような見た目をしていたのぅ」
「私、ですか?」
長老がアトレイアを指す。
「当時から、この里は排他的でな?突然現れた人間を警戒しておった。その時じゃ、里に魔族が襲ってきた。我が種族は魔術や呪いに優れていたが、何せ久方の戦闘、手こずっていたところをその人間に助けられた」
長老は湯飲みを傾けた。妙な沈黙が辺りを包んだ。
「彼女の八面六臂な活躍に、皆心を開いた。それから、彼女は我々の文化を学び交流を深めた。人間にしては彼女が精霊に造詣が深く、我々が交流を持つ精霊ともすぐに仲良くなった」
「精霊……」
確か、エルフは精霊の気が血に混じっているから、魔術適性も高く魔力も多いとあの本に書いてあった。その中にガスパールはいたのだろうか。
「その後、アリシアの紹介で本格的に人間との交流が始まった。アリシアの兄、そちらの王子が里の代表と婚儀を結んだのじゃ」
「その結果が、シストニオ……」
歴史の始まりを聞いているような感覚に、俺とアトレイアは呆気にとられる。
「だが、それも長くは続かなかった。アリシアがこの里で過ごしてから数年。人間との亀裂が決定的となった出来事がある」
「「ッ」」
「それは、ある日突然起こった。精霊が――」
長老がそこまで言った時だった。
「失礼します!」
慌ただしく入室してきたエルフ。
「なんじゃ突然」
「敵襲です、二名の魔族が襲来しました」
まさに、アリシアの時と同じような状況だ。
「なんですって!?」
報告してきたエルフは続けた。
「一人は死体を操るネクロマンサー、同胞を操り里を侵攻し、現在聖女様とスピカ様がなんとか戦線を繋いでおります。ライアン殿はもう一人の魔族を相手しております!しかし、敵の数はとどまることを知らず、このままでは」
「よい、わかった……勇者殿すまんが」
「ええ、もちろん、俺とアトレイアもでます」
「かたじけない、それではこれを」
長論は俺にある丸薬を渡してきた。
「これは……」
「少しの間、膝の呪いを弱めてくれるじゃろう」
「っ!?」
それは、俺が待ちに待った処方箋であり、この状況に相手唯一の打開策であった。
「ありがとうございます!」
「行きましょうセオドア!」
「ああ」
これで、俺も戦える。駆け出すタイミングで、俺は思い出した。
『気をつけなさい、敵はすでに中へ』
さっきから、やけに用意が良い長老。あの時の言葉はこれのことだったのか。
俺とアトレイアは断りを入れ、部屋を出た。俺たちは走りながら報告を聞く。
「勇者様には里の外れでライアン様と共に魔族の退治を」
「ああ」
「王女様には、範囲魔術が得意であると聖女様から聞いておりますので、ネクロマンサー襲う住宅地の方へお願いします」
「分かったわ…セオドア、気をつけなさいよ」
「そっちこそ」
ということで、俺とアトレイアは家を出たところで二手に分かれた…のだが。
「セオドア」
振り返ると、彼女は目の前にいて。
「どうした……っ」
耳元で囁く。
「気をつけるのは――外だけじゃないわ」
「え」
◇
俺は案内役のエルフと共に、里の外れへ向かう。
「外だけじゃない、か」
あれはどういう意味だったのか。
「どうかしたんですか?」
走りながら、案内役のエルフが聞いてきた。
「いや、それよりもライアンか…」
このエルフにとっては、俺達の関係など知るよしもない。
俺はなんとも言えない気まずさのまま、現場へ急ぐのだった。




