第三十九話
「来てくれたのね……!」
そこにはすでにアトレイアがいて、俺達は夜更けに密会という形になった。
「ああ、そっちは……疲れてそうだな」
彼女はほんの少しやつれた表情をしていた。
たった一日だというのに、相当忙しかったのだろう。
「ええ……王城はてんやわんやよ、当たり前だけど」
「魔王の復活なんて寝耳に水だからな」
「正直、今回は大々的に知らせるより秘密裏に行動した方が良いって結論になったわ」
その理由をアトレイアは言わなかったが、推測は出来る。
おそらく俺だ。
年老いた勇者が立ち向かうなど、国民が聞けば不安の種にしかならない。それに、王国の立場上追放した俺を呼び戻すなどあまり取りたくない手段のはずだ。
「…じゃあ、ここに長居はできないな」
「そうなるわね……それで、今日呼んだのは」
彼女は懐から鍵を取りだした。
「あなたも気になっていると思って――私がもつブレスレットについて」
「ッ!?…いいのか、重大秘密なのだろう?」
「まあね……本来なら門外不出なんだけど今は状況が状況だし、それにあなたなら……ま、いいわ、はい」
アトレイアから鍵を受け取る。
「アトレイア?」
「…なに?」
「あ、いや」
なぜだか、先ほどからアトレイアは目を合わせてくれない。
「これはどこの鍵なんだ?」
「王立図書館の地下にある書庫よ」
「王城ではないんだな」
「まあ、木を隠すなら森の中ってこと……その鍵で開けられるから、場所は降りて奥の右隅にあるわ」
「ああ、ありがとう…」
「そこに書いてあると思う、王家の秘密と…あのブレスレットのことが」
アトレイアは王城へテレポートしていった。
「秘密、か……」
俺は鍵を握りしめ、宿へ戻った。
明日、俺は何を知ることになるのか。
ガスパール、あいつは一体何者なのか。
◇
翌日、俺はスピカに治療コーナーを任せ、一人例の書庫を目指した。
地下まで案内されたその部屋は――国の秘密が隠された書庫というにはあまりにも小さかった。
「……」
闇の中から鳥肌が立つような冷気と、ほのかな甘い匂いが漂う。古い本特有のバニラっぽい香りだ。ランタンを掲げれば、この部屋が六角形の構造であることがわかる。背の高い本棚が左右二面ずつ並べられ、正面にはぽつんと簡素な机が置かれていた。
角はささくれ、表面には少しのひび。経年劣化の著しい机ではあるが、なんとか照明台の代わりにはなりそうだ。溶けかけの蝋燭を避け、ランタンを置く。部屋全体が薄暗い光で照らされた。
さっそく取りかかろうと、そばに踏み台のある本棚に近づき、試しに一冊手に取った。古代語で読めない、なんてことはなさそうだ。それから、この部屋には紙を捲る音だけが、静寂に広がる波紋のように響いた。
何冊かめくっていくと、ある一冊に目が留まる。一見なんの変哲もない本。黒とも紺ともつかない装丁は決して豪華とは言えず、とても王族の秘蔵書とは思えない。
だが、俺にはわかる――これだ、と。
「エルフの里……」
そこに記されていたのは、聞き慣れない地名、そしてエルフと王家の関係だ。
「……ッ!?」
俺は夢中でページを進めた。
そこに書いてあった事実をまとめる。まずエルフについて。まじないに長け、秘薬や秘石を数多く生成する森の民。長寿で、老いも遅い。長い耳が特徴だ。この国の貴族と共通点が多い。しかし、その原因はすぐ判明した。
「第一王女とエルフの長が婚姻し、新たにシストニオ王国が樹立」
当時、ここら一帯を治めていた国王とエルフの里が国交を持ち、結婚によって結びつきを深めた。だからこそ、この国ではエルフの血が入った貴族が多く、寿命や老いが遅いのだ。
それだけではない。エルフは、友好の証としてある秘石を王家に譲渡したこと。王家は、それを国宝として脈々と受け継いでいる。おそらくブレスレットのことだ。
効果は書いていなかったが、既にこの目で見ている。精霊を閉じ込め、契約を結べる。だから、ガスパールは奪われた。
しかし、何故魔王がこれを知っているのかが分からない。あの時、本を読んだと言っていたが、果たしてここにきたことがあるのか。ライアンでも知らないことなのに。思考がそれ始めたが、続く文に目を引かれた。
「ある精霊の失踪を機に不可侵条約……」
それ以来、エルフの里との交流が途絶えたらしい。歴史についてはその程度だったが、他にもエルフの作った製品の数々が記載されていた。
「これはッ」
その中に、俺の目を疑う物があった。
「呪いの効果を薄める薬……!」
俺はエルフの里に行く必要がある。
最後にこの著者を見ようとしたが。
「血でかすんでいる……」
諦め、書庫を後にした。
◇
「エルフの里へ向かう」
集まった皆に対し、俺は言った。
「エルフ…ですか?その、彼らがどこにいるのかはどうやって…」
モカロネが不思議そうに尋ねる。スピカも状況がよくわかっていなさそうに首を傾げた。
「場所については俺が知ってる。理由は二つだ。魔王が狙っていたブレスレットの制作者が彼らかもしれないということ」
「ッ!?」
ライアンが驚いたようにアトレイアを見る。
「そうね……」
彼女は気まずそうに肯定した。
「二つ目は、俺の膝について何か手がかりがあるかもしれない」
「本当ですかッ!」
今度はスピカが嬉しそうに飛び跳ねた。
「なるほど、それは分かりましたが彼らは入れてくれるのですか?ここまで所在が知られていないとなると、排他的なのでしょう」
「それについては……頑張るしかないな」
「……分かりました、懐かしいですね、この行き当たりばったりさは……」
呆れたような、けれども少し懐かしげに微笑んだモカロネは、それ以上何も言わなかった。
「よし…それじゃあ新生勇者パーティー出発だ」
俺達は夜明けと共に、王都を去った。




