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第三十八話

 あるとき、真っ暗な闇の中からぽつりと浮かんだ光。

 目を懲らすと、その光は魔術によって生み出されたものであり少しずつ大きくなっていく。

 いや、大きくなっているのではなく、こちらに近づいていたのだ。

 段々とはっきりしてくるシルエット。

 こちらに近づいてきたのは、若い女だった。

「だれ……?」

 少年は目の前でじっと微笑む彼女に尋ねた。

「私は■■■■、あなたは?」

「ない……」

 少年には名前がなかった。

「そうだなぁ……」

 彼女は、白く細長い指を自身の顎に沿わせうーんと唸る。

「そうだっ」

 閃いたのか、目の前の女はポンッと手のひらにこぶしを乗せた。

「君の名前は……()()()()()!これからはヴァネールと名乗りたまえっ」

 言いつつ、彼女は少年の頭上に光を灯した。

 露わになる少年の体。

 頭部からは二本の捻れた羊の角が生え、この暗闇より黒い太く鋭い尾が伸びていた。

 まだ幼いが、一目で魔族とわかる黒い躰だ。

「ヴァネール…ヴァネール…」

 尊大な物言いで勝手に名付ける目の前の女性に、しばし思考停止した少年だったが、やがて舌に馴染むよう何度も自身の名を繰り返した。

「ヴァネールはここで何をしているの?」

「何も……」

「やりたいことはないの?」

 少年は質問について考える。

 しかし、頭の中はこの暗闇のように何も浮かばない。

「分からない……」

 少年には、やりたいことがなかった。

 だからこそ、この真っ暗な闇の中で人知れず時間を過ごしていた。

「ふーん、君はきっと…いや」

 彼女は何かを言いかけたが、突然止めた。

 そして、唇を寝そべった三日月のように歪め、妖しく笑う。

「じゃあさ――()()になってみるのはどう?」

「え…」

「大丈夫、私が手伝ってあげる!」

「……ここより楽しい?」

 少年の言葉には次第に熱が籠もり、先程までなかった感情が芽生えていた。

「もちろん!良い暇つぶしになるんじゃないっ?」

 それが、彼女■■■■との出会いだった。



 気配を感じ、静かに瞼を開いた魔王。

 王座の間にて、彼は口角を上げた。

「そろそろ蒔いた種が芽を出す頃だ……頼むぞ?」

 ボルゾイ顔の魔族が静かに頭を下げた。この部下が表情を変えることはない。しかし、魔王は感情の機微を敏感に感じ取った。

「心配するなレラジェ、あの子が誰かに心を許すことなどない」

「……」

「あー、えっと、我々が必ずや勇者を討ち取ってみせましょう?」

 一向に返事をしないレラジェの代わりに、ロバの顔をした魔族が気怠げに答える。王に対する態度とは思えないが、魔王は満足げに頷いた。なぜなら、この2人に求めているのは恭しい敬意などではなく、確かな実力なのだから。きっと、満身創痍の勇者達は苦戦してくれるだろう。

「ふむ」

 そうだ、これで問題ない。影武者で身を潜み、仲間内に亀裂を入れた。裏から手を引き、次の勇者が現れないよう、生かさず殺さずで老いさせた。

 そして、ついに記憶の精霊を手に入れ、私だけ全盛期まで若返った。今や魔王城もこの通り、我が手中。

「……」

 だが、何だこの名状し難い気持ちは。私は、誰も成し遂げられなかった勇者への完全勝利をおさめたのだ。なのに、なぜ今一爽快さに欠ける?勇者を倒し、人間を思う存分蹂躙する。それが悲願、のはずだ。それとも…。

「あのー、もういいですか?」

 先程から黙ったままの魔王に、ロバ顔魔族が痺れを切らした。

「そうだったな……もう下がってよい」

「……何か考えごとでも?」

 普段なら真っ先に下がるくせに、こういう時だけ好奇心を発揮させるのだから仕方ない。せっかくなので魔王は話してみることにした。

「フフ、まあな。なあガミジン、貴様はなぜ怠惰なのだ?目標はないのか」

「えぇ…黙り込んだと思ったらいきなり罵倒ですかー」

 ガミジンの隣に立つ、ボルゾイ顔の魔族が剣呑な殺気を漏らした。

「よいレラジェ、さあガミジン、私に聞かせてくれ」

「はぁ、私に目標なんてないですけど…まあ、強いていうなら強い死体に囲まれたいですねぇ、お気に入りはほら、100年前に攻め込んできた英雄の――」

 昏い顔で止まらなくなったガミジンを無視して、魔王は考える。まさか、無気力を絵に描いたようなガミジンにも、生きる目標があったとは。

「レラジェは…よい、わかっている…ふむ」

 きっと私の願いが叶うとか、そんなところだろう。

「魔王様の願いは叶ったんですよね?」

 トリップから帰ってきたガミジンが、ふと思い出したように尋ねた。魔王は須臾にして目を見開いたが、小さく笑って言う。

「フフフ、それはお前達次第だ…さあ、良い結果を聞かせておくれ」

 


「わっ、一瞬ですね……!」

「あら、スピカは初めてかしら?」

「はい、さすが王女様ですっ」

「そ、そう?」

 アトレイアのテレポートで王都に戻ってきた俺達。

 ちなみに今は夜明け、誰もが寝静まるかわたれどきだ。

 彼女がお忍びで出かけるときは、よくここを起点にしているらしい。

「それじゃあここからは別行動ね」

 アトレイアは王城、モカロネ聖教総本山、ライアンは実家だ。

 そして、俺達は王立図書館。

「合図はモカロネにモカロネに任せる」

「ええ、私が皆様の前にテレポートし出発の合図をいたします」

「それでは、各自準備を済ませてもう一度集まるか」

 アトレイアが再びテレポートし、それぞれが目的地へ歩を進める中。

「ライアン、実家へ送ってあげましょう」

「はあ?いらない。僕は自分で帰る」

「ほらほら、拗ねないで行きましょう」

「おい、こら話を――」

 二人は飛んで行ってしまった。

 モカロネは人の話を聞かないからライアンだろうと関係ない。

「それじゃ師匠、私達も行きましょう!」

「そうだな」

 俺達も調査へと乗り出した。



「広い……!」

 スピカが感嘆とした声を漏らす。

 俺も昔来たときは、この蔵書数の多さに驚いたものだ。

 右も左も上も、さらには下の階にも。

 目に映るのは本、本、本だ。

「一生掛けても読み切れないだろうな」

「はい…なんだか眠くなってきて」

「はやすぎるだろう」

「冗談ですっ……膝のこと調べなきゃ」

「付き合わせて悪いな」

「いえいえっ、私がしたいだけですので!」

 本当にこの子は良い子だ。

「それにしても、さっきは無事バレずにすみましたね」

「ああ、さすがアトレイアだ」

 テレポートしてきた数時間後、未だ追放の件が解決せずままここに来た俺は、当然顔を見られたらまずいことになる。

 そこで、アトレイアが魔王ヴァネールと同様の幻惑魔術を俺に施してくれたのだ。

 姿を別の者に見せる魔術など高等技術に違いない。しかし、騙されたのがよほど腹に来たのか、アトレイアはすぐに覚えてしまった。

「まだ慣れませんね……師匠が別人にしか見えません」

「そうか?自分ではよく分からないがな」

 そうこう話しているうちに、目的地に辿り着く。もちろん、怪我や病気についての書庫だ。

「うぅ、絞ってもこんなに本があるなんて…」

 治療に絞っても、読み終わるのに一生かかりそうな程本が並んでいる。

 早速俺達は手当たり次第に調べを開始した。

「医療大全、猿でも分かる医療知識、医療と魔術について……うーん」

 しかし、始めてから2時間、あまり有用そうな本は見当たらない。

 俺の中では、この足が医療や聖魔術で治るとは到底思えなかった。

 何しろ、あのモカロネがお手上げだったのだ。もっと別のアプローチが必要なのではないか。そう思いながらも、他の手段が見つからないため、半ばやけになりながらページをめくった。

「スピカ……そっちはどうだ?」

「ダメです!」

 元気な声だが、結果は芳しくなさそうだ。

 結果、俺達は何の情報も得られないままこの日を終えたのだった。

「中々見つかりませんね……」

 落ち込むスピカ。

「まあ、すぐに見つかるとは思っていないさ。まだ、準備にも時間掛かると思うからゆっくりやろう」

 本当はそんな時間はないのだが、馬鹿正直に言ったって余計な気苦労をかけるだけだろう。俺は、夕食の話に話題をずらしてスピカと帰路についた。

 宿の部屋に戻ると、机に手紙が置いてあった。

「アトレイアからだ」

 上質な紙を開けば、綺麗な字で場所と時間が記されていた。

 話したいことがある、の言葉を添えて。

 俺はその指示通りに向かった。

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