第三十七話
「これは無理です…」
「やはり治らないか」
目覚めてから数日が経ち、俺は膝について聖女モカロネに打診していた。
「すいません…聖女なんて大層な名を授かっておきながら」
珍しく本気で落ち込む聖女モカロネ。
「いや、魔王が聖女の力を知らないわけがない、何かしらの対策しているんだろう」
「うぅ、こうなったら一度足を切り離してから」
「……え?」
抵抗虚しく、右足を生やしてもやはり治らなかった。
俺は、モカロネと別れ宿を出る。
「……」
蹴りやすそうなゴミ箱がある。心が若ければ、こう言うどうしようもないときにものに当たりたくなるのかもしれない。だが、年を取った今それすら面倒くさがってしまう。怒ると疲れるからだ。できることといえば、無言で流れる水路を見つめることだけだ。水路をつなぐ小さな橋、その縁に腰掛ける。
結局、最初から魔王の手のひらの上だったってことだ。蓋を開けてみれば、ライアンも踊らされただけ。
それに、彼女の存在も気になる。俺の弟子と名乗る少女、スピカについてだ。いったいどこで出会い、どんな関係だったのだろう。
「セオドアさん」
「ス、スピカ……」
月光とともに現れたスピカは、俺の側まで来ると同じように腰掛けた。
「悩み事ですか?」
「ああ、まあな」
「きっと大丈夫です」
「まだ、何も言っていないが」
スピカは人差し指を立てた。
「なんとなくは分かりますよ、足の悪い自分が魔王を倒せるのか、とか――ガスパールさんのこととか」
「すごいな……」
「まあ、弟子ですから」
「すまないな」
「謝らないでください」
「……ああ」
彼女は月を見上げながら言った。
「元気出してください、これから魔王を倒さなくちゃいけないんだから」
「そうだな、勇者が誰かから勇気づけられるとは……」
「そんな勇者がいてもいいと思います」
俺は、初めて聞いた励まし方に思わず笑ってしまう。
「ありがとう」
「いえいえ……それに、ガスパールさんも取り戻しに行かないと」
「……どうして精霊の名がガスパールだと知っているんだ?」
「以前師匠から教えて貰ったんです!」
「そうか」
なんと、俺だったらしい。
「なんとかなります、私がいますから!」
「ははっ、結構言うんだな」
ここまで明るいと、調子が狂ってしまう。だが、彼女は視線を下に移して続けた。
「むしろ、ハンデのようなものですよ!」
「ははっ、頼もしいな」
「はいっ、どんと任せてください」
「ありがとう」
「いいんです……私はもう一度」
最後の一言は小さくて聞き取れなかったが彼女は俺の目の前に来た。月光が彼女の笑顔をより神秘的に輝かす。
「いえ、気張っていきましょうっ」
彼女がなぜガスパールについて何か隠しているのか。しかし、そんな疑問も彼女の言葉と共に胸の奥へと消えていった。
◇
スピカを含めた俺達勇者一行は、現状の整理と今後について話し合っていた。ライアンも、部屋の隅で膝に手を回し無言だ。さっき、モカロネが無理矢理連れてきてからずっとあの調子だ。やはり、目下一番の課題は俺の足についてだったが。
「あるわよ、心当たり」
意外にも、打開策を出したのはアトレイアだった。
「本当かっ!」
「え、ええ」
思わず興奮が抑えきれないのも仕方ないだろう。
「それで、どうやったら俺の足は治るんだ?」
「正確に言うと、治すというわけではないの」
「そ、そうか……そうだよな、そんな都合の良いものがあるわけない」
口ではそう言いつつ、やはりぬか喜びしたぶり返しがきつい。
「最後まで聞きなさいよ……だから、エルフの里に行くのよ」
「エルフの里……?」
「そんな場所があるのですか?」
モカロネも知らないのか首を傾げた。
「そう、王都から東にずっと行った森の、さらに奥にエルフの集落がある。長寿で精霊や呪いに詳しいの。モカが治せないっていうのなら、おそらく魔王は呪いをかけたんでしょ?彼らの専門分野だから何かあるはず、本にも書いてあったし」
「その本はどこにあるんですか?」
「王都よ、図書館の地下にエルフについて記述された書庫があるの」
図書館とは、王都にある国随一の蔵書数を誇る王立図書館のことだ。王都か……ということはアトレイア達も一度戻る必要があるな。
「どうせ、魔王城へ今すぐ向かうわけにはいかないんだよな?」
「そうね、魔王城にテレポートできないよう結界が張ってるわ」
それはきっと、王城にある仕掛けと同じ仕組だろう。
「せめて、魔王の魔力が解析できれば良かったのですけれど」
モカロネがそう漏らす。たしか、最近判明したことだがモカロネは治した者を追えるらしいのだ。だが、それを攻める者はいない。
「この展開自体誰も予想できなかったんだ」
「……」
あのライアンですらも。俺達全員はやつに完全に手のひらで踊らされた。
「私も一度城へ戻るわ」
「そうですね、旅の説得をしなければなりません」
「……」
無言のままのライアンにアトレイアが視線を向けた。
「アンタもよ、ライアン」
「……分かっている、やられっぱなしで終われるものか」
アトレイアはもちろん、モカロネは聖女として、ライアンは公爵家筆頭として、それぞれ相応の準備が必要だ。
「セオドアのことは何とかするわ」
現在国家追放中の俺が侵入以外に調べられない場所だ。だからこそ、アトレイアが追放を免除してくれるのは本当に助かる話だった。
「ああ、助かるよアトレイア」
「ふっふーん、魔王が復活した今、あなたの存在を認めやすいのよね……皮肉な話だけれど」
本当にそうだから困ったものだ。
「じゃあ、私もついていきます」
スピカは表情を変えないまま言った。
「いいのか?助かるには助かるが……」
「当然、弟子ですから……!」
今度はスピカが胸を張った。
「すま……いや、ありがとう――スピカ」
「はい、セオドアさん……」
きっと、彼女とは色々な経験を一緒にしたのだろう。なぜ、思い出せないのか。記憶がないせいで、申し訳ないと思うこともできない。
「……それに調べたいことがあるしな」
俺は誰も聞かれないように独りごつ。たしか、魔王は古い文献を読んで知ったと言っていた。それに、王家の秘宝を必要としていたんだ。きっと、何かしら手がかりが眠っているに違いない。
「セオドア……どうかしたの?」
「いや、何でもない……」
「大丈夫です」
「えっ」
スピカが安心させるように笑いかける。
ああ、この子とは本当に仲良かったのか。そう思っていると。
「そうよ、あなたは勇者なんだから美味しいところだけ持っていけば良いの」
「はい」
「ええ」
三者三様の顔を見せる。
「みんな……っ」
「まあ、お前が死ねば僕に刻印が移動するかもしれないけどね」
「……水差すな」
「ふふ」
「……はあ、どうなることやら」
こうして、俺、アトレイア、モカロネ、ライアンに、スピカを加えた勇者一行が結成されたのだった。
「セ、セオドアさんっ」
不意に名前を呼ばれた。
「お、おう」
「――もう一度作りましょう、セオドアさんと私の物語をっ!」




