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第三十六話

 私はね勇者、考えていたんだ。ああ、魔王になる前から考えていた。

 物語であろうが史実であろうが、あろうことか魔族の文献でさえ、魔王は勇者に敗北するんだ。どんなときも、だ。まるで運命に守られているかのように。

 許せないだろう?魔王が勝ったって良いはずなのに。


 だから、どうしたら勇者に勝てるかを考えた。来る日も数多の書物を漁り、血眼になって探したものだよ。そんな時、この精霊を知ったのだ。二百年前の、ある古い文献を読んでいたときさ。おまけに著者はなんと人間!皮肉な話だとは思わないかね?名前は確か、ァ……ん?まあ、どうでもいいか。


 それは――記憶の精霊。一番大切な記憶を失う代わりに全盛期の力を手に入れられる精霊。全盛期と聞き、そこで私は閃いた。


「勇者に勝てないのなら、全盛期をズラせば良い」


 一度勇者に負け、その後勇者が老いてから復活する。逆に、私が全盛期の状態で。私は緻密な計画と入念な準備を進め、人間界を攻めた。

 私の部下に私のフリをしてもらってね。君達に倒させた。ライアンに近づき王女を幻惑の魔術で騙し、君の味方を削いだ。まあ、彼女はブレスレットを持っていたからいずれはどうにかするつもりだった。これが重要だったんだ。精霊を閉じ込める箱が、ね。


 アトレイアという弱みがある以上、君をおびき寄せる手段は簡単だ。ライアンとの婚約を餌に招待したのさ。あとは、知ってるね?隙を見てブレスレットを奪って、君から精霊を取り込む。そして私は――。



「――全盛期を手に入れた。実は、私も老いに加え封印されてから魔力を奪われ続けていてね、力が出なかったんだ」

 語り終えた魔王の魔力が明らかに増した。放つ魔力は今まで見たことがないほどの……。

「ご静聴ありがとう」

「ッ!?」

「これが第三ラウンド、いや、閉幕だな勇者――生憎、カーテンコールはないがね」 

 魔王が、俺にトドメを刺そうとしたその時。ライアンの槍が魔王に飛んでいく。

「ッ!?」

 倒れたはずのライアンが投げたのかと慌てて振り返るが、あいつが投げたわけではない。

「聖女か……」

 モカロネが光の鎖で槍を引っかけ投げたのだ。魔王が槍を止める隙に、槍と同じ要領で俺の体に光の鎖を巻き付け、自身の元まで引っ張る。

「ハアッ…ここはッ……逃げましょう、セオドア」

 モカロネが、青白い顔で言う。彼女も限界なのだ。

「逃げても良いが、私は人間の国を滅ぼすぞ」

 魔王が指を鳴らすと、何もない異空間から上級悪魔が次々と現れる。それは数百、数千にも及び魔王城を埋め尽くした。

「いいか――これからは魔族の時代だァ!」

 オオオオオオォォ!!!

 轟くような怒号が大地を震わせる。

 離れる瞬間、魔王がつぶやいた。


「君になにができるかな――元勇者セオドア」



 俺達が飛んだ先は、ある宿屋の一室だった。四人は、支えを失い倒れ込む。

「こ、こは……」

「ッ!?」

 長い茶髪を一括りにした少女が驚いた表情で言う。

「師匠!どうしてここに!?」

 目の前の少女は、バタバタ近づいてきた。しかし、俺はこの言葉を言わないわけにはいかない。


「――すまない、君は誰だ?」


 そう言った途端、彼女の表情が固まる。さらに、その表情を見た全員が気まずい空気を察した。

「…あら、座標が狂ったのかしら」

 この場所にテレポートさせた張本人のモカロネが、1人呟く。こんな時だけは、彼女のマイペースさが救いだ。

「あ、あんたっ、再会で一番言われたくないことを…っ!」

「い、いや、本当に心当たりが…」

 アトレイアが詰め寄ってくるが、嘘をついているわけでもなければ、断じてふざけてもない。どうやら、こいつはマジらしいと悟ったアトレイアは、モカロネに矛先を変えた。

「ちょっとモカ!あなたどこに設定したのよ!」

「おかしいですね…たしかにセオドアがこの一年で最も同じ時を過ごした人物にしたのですが」

「えっ!?」

 そんなはずがない、俺はブンブンと首を横に張った。

「へぇ、あんたずいぶん可愛らしい女の子と一緒にいたのね?」

「それは本当に俺…か?」

「……」

 俺が狼狽える中でも、目の前の少女は俯いたまま、その表情を見せない。そればかりか、体を小さく震えさせた。

「……!」

 何かがおかしい。なぜなら、俺は若返りの力を得た後もずっと1人で行動を…あれ?1人で、何を?

 その先が、靄がかかったように曖昧で記憶の輪郭が掴めない。だが、思い詰めた彼女を見ていると胸がじくじく痛んで止まらない。

 俺が何か言おうと口を開きかけたとき、少女はパッと顔を上げ、努めて明るく言った。

「し、失礼しました!スピカと申しますっ!今はこの町で冒険者をしています!」

 空気を変えるように笑顔で自己紹介を始めたスピカと名乗る少女だったが、俺はその名前に覚えがない。目を合わせてきたアトレイアを筆頭に、モカロネも自己紹介をする。ライアンは、部屋の隅で黙ったままだった。

 自己紹介を終えたところで、アトレイアが咳払いをする。

「それで、スピカはセオドアとどんな関係だったの?」

 アトレイアが核心に迫ると、スピカは表情を曇らせたが、すぐに笑顔へ戻った。

「はい、し…セオドアさんは私の村で暴れていた精霊を一緒に鎮めてくれたんです!」

「一緒に、ですか。あなたも腕が立つのですね」

「えへへ、それほどでも…!それでですね、その後も剣の稽古をつけてくれてっ、私の師匠になってくれて!」

「ふーん」

「それからアイスを食べたり、迷子の犬を探したりっ」

「……」

「私に…外の世界を、見せてくれてっ…」

 そこで、言葉が途切れる。彼女は肩をふるわせた。

 続く言葉は飲まれるでもなく、かといって吐き出されるでもなく、かすかに漏れ出した。

「それで…それから……っ」

「も、もう十分よ、ちゃんとわかったから!」

 慌てたアトレイアが止めようとする。最初は明るく話してくれたスピカの声は、だんだん震えが混ざり、上ずっていった。

「一緒に旅をしようって……っ」

 拳を小さく握り、唇をかみながら耐えるように目線を落とした彼女の姿は、どう見ても無理しているようにしか見えない。

 ついには瞳から涙をぽろぽろこぼし始める。

「あれっ、そ、そのすいませんっ、こんなつもりじゃ…」

「あ、あわわ、ちょ、ちょっと待ってくださいねっ、回復魔術を」

 ここで初めて焦ったモカロネが訳の分からないことを言った。俺は、改めて記憶を探るも、彼女の姿は全くなかった。

「……そんな仲だったとは…どうして、思い出せないんだ…」

「い、いいんですっ、わ、わたしなんて…っ」

 顔を手で押さえた彼女を見て、アトレイアが俺に牙を向く。

「ば、ばかっ!あんた何言ってんのよ!モカじゃないんだから!」

「全くだな」

 さらには、今までずっと黙っていたライアンまで追い打ちをかけてくる。

「くっ…!」

「流石の私も怒りますよ?ライアン」

「っ!?」

 なぜ自分がとでも言うように、勢いよくモカロネの方を向くライアン。俺はスピカに向き直り、言葉を絞り出そうとした。

「その、わる」「謝らないで!」

 謝ろうとした俺を、スピカが遮った。

「謝らないでください…また、始めればいいんです、生きていれば、それでいいんですから…!」

「と、とりあえず何か食べましょ!積もる話もあるし!」

 アトレイアが空気を変えるように手を叩いた。

「そ、そうですねっ!」

 スピカも追随する。

「なんだか私、お腹が空いてきました」

「ふふ、モカは単純ね」

 切り替えた三人と引きずられたライアンの後をついていきながら、俺はスピカのことを何度も思い出そうとした。しかし、記憶を探索しても、かけらすら出てこない。

「……」

 どうやら俺は、記憶の精霊ガスパールにとんでもない対価を払ってしまったらしい。取り返しのつかない、大切な…。

 記憶の縁をなぞれば、俺の心に大きな穴が空いていると、確かに感じた。

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