第三十四話
かろうじて魔王を止める三人の後ろで、俺は膝をついていた。魔王の刃で魔力は切れ、誤魔化せていた右膝の痛みが蘇る。もうポーションは持っていない。
「どうする……」
『やっぱりな』
「相変わらず急に現れるな」
先ほどまで消えていたガスパールが言った。
「今までどこにいたんだ」
『野暮用だ。それよりセオドア、魔力が尽きたみてぇだな』
「ああ」
『…じゃあ無駄にはならねえか』
「どういうことだ?」
ガスパールは俺の質問には答えず、口の端を歪ませ、ニヤリと笑う。
『――俺様が助けてやってもいいぜ?』
二股に分かれた舌を出し入れしながら言った。
「何か方法があるのか?」
ポーションを持っているようには見えないが。
ガスパールは、俺の頭上をくるりと一回転した。
「……?」
かと思えば、俺に言い放つ。
『――なあ、お前さっき対価が変わったよな?』
「ああ、勇者化しているのにアトレイアが思い出せた」
『そして、その時の対価が誰か、今のお前は覚えているはずだ』
俺は、さっきのことを思い出す。そうだ、俺は――。
「……スピカが出てこなかった」
『そうだよなァ!お前に提案がある』
この会話の流れに嫌な予感がしてならない。案の定、ガスパールは爬虫類特有のでかい口をさらに歪めて言った。
『スピカの記憶を俺に差し出せ。もう少しだけ勇者化させてやる』
「出来るわけないだろ、そんなこと」
『いいのかい?どうやって戦うんだよ?』
ガスパールにつられて見た先には、徐々に追い詰められる仲間たちの姿。
「……誰かの記憶を失うなど、もう二度とごめんだ」
『そんなのまたつくりゃいいだろ』
「記憶はアップルパイではない」
『俺様にとっちゃどっちも変わらねえな』
「……正気か?」
そのとき、ガスパールの目が見開いた。
『あァ!もちろん正気だぜ?アップルパイも記憶も等しく対価さ!それにお前も言ってたじゃねえか、忘れて欲しいことの方が多いってよ』
ガスパールは目を鋭く細め、さらに語気を強める。
『――記憶なんてない方が良いだろうさァ!あったところで絶望を重ねるだけだぜ!?お前も苦しめられてきただろうが!』
「っ!?」
その言葉には、いつもの茶化した様子はなく、本当に心の底から言っていることが窺えた。
「…そんなの生きてるなんて言えないだろう、俺達は記憶の重なりなのだから」
『じゃあどうすんだ?このまま死ぬか?』
「……ッ」
『何の犠牲もなしに力が得られるなんてのはお伽噺だけだぜ』
「クッ……」
戦況は大分魔王に傾いていた。何とかモカロネが食い止めているが、長くは持たない。ライアンとアトレイアは、先ほどの戦いも合わせて限界だったのだろう、既に地に伏せていた。決断を下さなければならない。魔王は愉快げに嗤う。
「ははは、頼みの勇者がそんな状態ではお前達に絶望しかないなッ!」
「私達には…セオドアが……ッ!」
もうこれ以上は持ち堪えられそうにない……。
『――今度こそっ、一緒に旅をしましょう!』
――ああ、スピカ。思えば、君とは初めての記憶ばかりだったよ。
『どうした?びびったか?』
「……”勇者なめんな”」
『フフフフッ!そうこなくっちゃあな!』
俺は、激しい光に身を包まれ。
「――!」
勇者セオドアは、三度若返った。
◇
瞼を焼かれそうなほど強い光に包まれた後、思考がクリアになった感覚がした。ダンジョンでは意識が消えかかっていたからよく覚えていなかったが、これが精霊との契約か。
『これでお前は全盛期以上の力を、一時的にだが手に入れられたはずだ』
ガスパールの言う通り、全身に力が漲っている。
これなら、勝てる。
だが、その前にこいつに言いたいことがある。
「……ガスパール」
俺は勇者化を解き、そのまま消えようとするガスパールを呼び止める。
『何だよ』
「お前、解放されたいって言ってたよな」
『あ?そうだが、何だよこんな時に』
「これが終わったら――手伝ってやる」
『は?何をだよ』
ガスパールはとぼけた顔で固まった。
「ガスパールが解放されるための手伝いだよ」
『……どういうつもりだ』
「別に。お前に絶望以外の記憶を植え付けてやろうと思ってな」
『意趣返しのつもりか?』
「かもな」
『…終わった後に言えたらな』
そっぽを向いてしまったガスパールを尻目に前を向く。
「ほう――第二ラウンドといくか」
ちょうど、聖女に打ち勝った魔王がおかしそうに言った。




