第三十三話
ライアンは、無意識に自身の手のひらを見つめる。
『魔王を倒した者が勇者ではない、勇者に選ばれた者が魔王を倒せるんだ』
「……っ」
僕では魔王を倒せない……?
『勇者に選ばれたのは全盛期を過ぎたそこのセオドアだけ――残念だったね』
「くそっ……っ」
激しい戦闘音に釣られ視線を向ければ、魔王と死闘を繰り広げるセオドアの姿。セオドアに付けられた魔王の傷は、しっかり残っていた。比べて自分はどうだ?
――多くを切り捨ててきた。
「……っ」
これでは認めて貰えない……!
「――ライアン」
誰かが呼んだ。静謐ながら、どこか良く響く声。魔王と戦う三人の中で最後尾に位置し、全体を支える役割を担う人物、聖女モカロネだった。
「……何の用だ」
いつの間にか、モカロネはライアンの傍にいた。
「いえ、久しぶりに会ったというのに、随分と無様ですね」
吸い込まれそうな程深い青。海の底を彷彿とさせる目だ。見合えば、こちらの心の奥底まで見透かされる気さえする。
「宗教お得意の説教なら聞く気はない」
「悪魔へ魂を売った人にそんなこと説きませんよ」
「……じゃあなんだ」
「――戦いなさい」
聖女は一言、そう言った。
「……」
「最後まで責任を果たすのです」
「もう…意味がない」
「それでも戦うのです、あなたは勇者一行の一人なのだから」
「ッ……僕じゃ魔王を倒せない」
「?ああ、なるほど……はぁ、仕方ありませんね」
しかし、聖女は何かに会得したようにうなずくと、魔術を描いた。
「本当に仕方のない人ですよ、あなたは」
そう言って、完成した魔術は。
《ズ・セ・ルーヒ》
ライアンの傷を癒やした。頬の腫れも引いていく。
「何の……真似だ」
突然の治癒魔術に思考が一瞬飛ぶ。
「これで傷も癒えたはずです」
「おいおい…お前まさか……」
「それとも何ですか?支援魔術もつけて欲しいのですか?」
「僕が魔王に怯えてるとでも思っているのか!?」
「……違うのですか?」
言われた聖女は、まるで分かっていないように首をかしげる。だから嫌いなのだ、昔からこの女が。
「クッ……まあいい。それより、あいつらが押されている。行かなくて良いのか?」
ライアンの見つめる先では、モカロネの援護を無くしたセオドア達が劣勢に陥っていた。
「ッ!?そ、そうですね……では」
流石に状況が状況だ。逼迫した状態を見過ごせず、モカロネは後ろ髪を引かれるように、戻っていく。かと思えば、聖女は振り返った。
「――後悔から逃げることは出来ませんよ」
意味深に言い残し、再び闘いに戻った。
「……」
それは、相変わらず勘違いで見当違いな聖女の言葉。よくも、そんな人の機微も分からないくせに聖女なんて繊細な職業に就いていると思う。
『――後悔から逃げることは出来ませんよ』
”逃げる"とは言ってくれるじゃないか。
「ふぅ……」
ライアンは静かに目を閉じた。
◇
「もう少し……か」
何事か呟いた魔王が、後ろ手で魔術を描いた。奴が何かをする前に、全力で駆ける。
「セオドアッ!」
「ッ」
俺の方へ飛んできた聖魔術の矢を避ける。
「モカっ!?」
アトレイアが素っ頓狂な声を上げる。それも当然だ。なにせ、モカロネが俺に向けて放ったのだから。しかし。
「セオドア、あなた何を……」
モカロネもまた、信じられないような顔でこちらを見ていた。
「アトリーに向けて攻撃などと……」
「は?」
言っている意味が分からず、一瞬動きが止まったのが悪かった。背後から死の気配がする。
「クッ!」
魔王の振り下ろす刃に何とか合わせた。
「~~っ」
また力が抜ける。どういうことだ?もしや……だが、悠長に思考している暇はない。モカロネの聖魔術に合わせて攻撃を仕掛けようと……。
《ゼ・セ・アピス》
モカロネが魔王に放った攻撃は。
《ゼ・イ・アリバ》
「モカ、あなた何してるの……っ!?」
アトレイアが防いでしまう。
「あなた、さっきからおかしいわよ!セオドアに向けるなんて」
「え?わ、私は魔王に向けて…」
いや、おかしいのは二人だ。さっきから魔王を守るように立ち回っている。しかも、モカロネは魔王をアトレイアと、アトレイアは魔王を俺と勘違いしていた。この既視感。まさか……。
「君はどうかな、勇者」
魔王が手のひらを俺に向ける。黒い光が俺の身体を覆った。二人はこれを食らったのか……ッ!
この術を食らえば、二人のように魔王が大切な人間に見えてしまうはずだ。が、化ける相手が対象の大切な人間ならば。
「はあぁぁぁ!」
「ッ!?」
一閃。魔王の身体を勢いよく切り裂く。
「グゥ……ハァ、やはり勇者には効かないかっ、だがこれで!」
魔王は口元に血を滲ませながら、それでも笑った。直後。
「――なにっ?」
急に、血の気を失ったがごとく体中から力が入らなくなり、途端に思い出す右膝の痛み。この現象は……よく覚えている――魔力切れだ。
「何…で…」
いくらなんでも速すぎる!勇者化しているとは言え、ポーションで回復したはずだ。
俺が呆然としてる隙に、魔王が機を得たりと向かってくる。左手にはアトレイアのブレスレットを、右手には凶悪に煌めく刃を握った奴の姿が目に入る。
俺は気づいた。
そうだ。あの刃、交叉するたびに力が抜ける感覚があった。あれは、俺が気圧されていたのではなく、魔力を奪う効果の武器に違いない。
今更気付くとは。
「ッ!?」
魔力の無い俺に、対抗する手段はない。
「ああ、これで――」
魔王が愉悦に目を細めた、その時だ。
「フッ!」
魔王めがけて飛翔する何かが視界に入る。
「おや……?」
魔王が後方に跳んだ。現れたのは……。
「ライアンっ!」
モカロネが喜色を露わにする。
「ライアン…おまえ、どうして…」
魔王に向かって飛ばされた槍は、瞬きの内にライアンのもとへ帰った。
「……」
ライアンは何も言わない。しかし、その顔は全てを諦めた表情でも、いつものニヒルな表情でもなかった。
「フフフ、今更どうした?そこで蹲っていれば良いものを」
「黙っていろ下劣な魔族がッ」
何かに焦っているようなライアンは、召喚した槍を握りしめ。
「責務を果たす――それだけだ!」
魔王の元へ駆け出した。




