第三十一話
「……モカロネ」
純白の修道服を身に纏ったモカロネは、俺に微笑むと二人を見た。
「いやですね、三人だけで同窓会なんて……しゅんです……」
相変わらず、周りとの温度差など気にもしない。
「モカ?あなたも呼ばれたの?」
「いいえ?」
「貴様どうしてここに」
どうやら、ライアンが呼んだわけでもないらしい。
「私普段は皆さんに会いに行ってはいけないと言われているのですが…今日は三人が集まっているじゃないですかぁ、仲間はずれなんて嫌ですもん」
『こいつは……』
全く答えになっていない返事に、珍しくガスパールも困惑しているようだ。
「違うッ!どうしてここが分かったかを聞いているんだッ!」
「あ、テレポートです――私、直した相手の魔力残滓追えるので」
「「「えっ」」」
初耳なんだが。
『すげーやつじゃん』
「……じゃあ今まで何していたんだ?」
来ていたのなら助けに来て欲しかった。
「見ていたのですが、セオがこれ以上続けると死にそうなので介入しちゃいました――勇者ごっこもほどほどにしないとですよ」
「……そうか」
『やべーやつじゃんッ!』
モカロネの登場で場が和まり掛けたその時。
ライアンがこちらに向かって槍を投げた。
「あれッ!?」
モカロネは本当に襲われているとは思っていなかったから反応できていない。
「気付けッ!」
俺は、モカロネを突き飛ばし、なけなしの魔力を纏い剣を構えた。右膝の痛みが来ると同時に、重い衝撃が走り吹っ飛ばされる。
「ライアン!あんたッ!」
アトレイアがライアンを糾弾する。だがライアンはニヤリと笑い結晶の方を向く。
「――ご苦労だ、ライアン」
同時に、魔王が封印されている結晶から声がした。声のした方へ振り向く。手のひらほどしかない悪魔が、せせら笑うようにこちらを見ていた。
「上から物を言うな……ブレスレットは確保したのだろうな?」
ライアンが、顔見知りのように話しかける。
「ああ、これで目的を果たせる」
悪魔の手には、見覚えのあるブレスレットが握られていた。
「それは…ッ!?」
アトレイアは手首を凝視したが見当たらない。いつの間にか盗まれたようだ。
「魔族……!」
さすがのモカロネも状況を理解したようだ。
「自己紹介しよう――私は幻惑の悪魔ヴァネール。魔王様を復活すべくそこのライアンと協力していた者だ」
「ライアン……あなた、裏切ったの……!」
「僕は僕さアトレイア、何も変わっていない。今日だってそう、君のブレスレットが欲しかった。それと――魔王本体。だから魔王城に呼んだ」
「……ッ!」
アトレイアは下を向いて、何も言わない。これは相当頭にきている。
「セオドア、お前についてはヴァネールのご指名だ。どうしても、君を殺したいのだとか」
こちらとしても、魔王の残党など取り逃がしてはいけない。しかし、もう魔力がないのも事実。どうするべきか。
「さあ、ヴァネール――おっと、モカロネも動くなよ?」
「むっ」
密かに後ろ手で魔法陣を描いていたモカロネだったが、目敏いライアンに見つかってしまう。
「君は想定外だ、警戒ぐらいするさ」
「あまり、ペラペラと計画を語って欲しくはないのだがね……ふっ、まあいいさ」
ヴァネールは、そう言って結晶に触れる。結晶は光って、ヒビが入った。
「重要なのは復活だけ……ああ、これでやっとッ!」
水晶全体にヒビが走り、ついに壊れた。
俺は、最悪のタイミングで魔王の復活を許してしまった。
まばゆい光と共に魔王が目を開ける。
「……」
魔王は何も話さない。
「お、おいっ」
戸惑うライアンを余所に、立ったままの魔王に対してヴァネールが言う。
「待ちわびたぞ――我が体」
今なんと言った?
言葉の理解より先に、ヴァネールは復活した身体へ入り込んだかと思えば。
「あぁ――これでやっと復活できた」
邪悪な笑みと共に言った。
◇
筋骨隆々の身体に、太く鋭い尾。そして、頭部には二本の捻れた羊角。
魔王と聞けば誰もが頭に浮かべるだろうその姿は、十年前と変わらない。
しかし、真の復活を果たした魔王は全身を禍々しい魔力の靄で覆っていた。かつてとは比べものにならないほどの圧だ。
「――久しぶりだな勇者。いや、ここは初めましてと言った方が適切かな?」
つまり、俺たちが十年前に戦った相手は中身だけ魔王ではなかった、ということか。
「……おいおい、魔王が影武者って慎重が過ぎるんじゃないか?」
冷や汗を誤魔化すように、軽口を返す。
「フフフ、勝つために手段を選ばないのは人の特権ではない、ということさ」
もう魔力が残っていない。ただでさえ、こちらはアトレイアからの不可視の魔術に防御のリソース割らされていたのだ。どうやって戦う?アトレイアとモカロネは…おそらく味方だ。ライアンはあの悪魔自身が魔王だと知っていたのか?
そのときだ。
「シッ」
「ほう……」
急展開に固まる俺達三人を除き、唯一魔王に接近を試みる者がいた。
ライアンだ。
何も持たず最速で魔王に近づいたライアンは、力をため込むように振りかぶる。ひねった腰を力に変える直前、その手に召喚された槍が握られた。不意打ちかつ、先ほどとは段違いに速い突きが魔王を襲う……が、魔王の表情に焦りはない。
鋭く突き出された槍の側面に手を当て、事もなげに受け流した。
「ありがとうライアン――復活できたのは君のおかげだ」
「おまえが魔王だったとは……ッ!まあいい、僕の目的は変わらない!魔王を倒し、勇者になるのはこの僕だッ!」
そう宣言したライアンは、一人で魔王と戦闘を開始した。なるほど、俺の立場になることが目的だったのか。そうであれば、魔王討伐という点で俺たちは共通している。ここは、恨みや憤りを置いて戦わなければならない。
俺は、ポーションで魔力を回復させた。手持ちのほとんどを使い購入した逸品だ。加勢しようと立ち上がったが。
「平民っ、手出し無用だ!邪魔立てするならお前から殺す!」
魔力の高まりで俺を感知したのか、ライアンは見向きもせずに吠えた。
「いやいや、そんなこと言っている場合じゃないだろう…っ」
ノールックで魔術の矢を飛ばしてきた。
「正気か?」
魔王とライアンの戦闘は熾烈を極めた。魔王の放つ凶悪な魔術を紙一重で避けながら、お返しとばかりに槍を突くライアン。
「ふむ、勇者に手伝ってもらわなくて良いのか?」
「うるさいっ!これは僕の物語だ、僕が勇者なんだッ!」
「はあぁ、気付かないというのも酷な話かね」
「お前こそ、かつてが僕の全盛期だと思うなよッ!」
ライアンの猛攻は止まらない。だが、それを軽々いなす魔王。
「ほらっ、父上と母上に認めて貰うんだろう?しっかり狙わないと」
「魔王!!!」
「冗談さ、ここまでの褒美だよ?教えてあげよう」
突然、魔王は避けるのを止め棒立ちとなる。
「シッ!」
ライアンは槍を魔王に突き刺した。
が、魔王の瞳は依然として光を保っている。
「なっ!?」
「――おおかた、君は私を倒せば勇者になれるとでも思っているのだろう?」
「ッ!?」
「違うんだよ、ライアン。かつて戦った者も、あのとき言ったこともすべて嘘さ」
魔王はライアンに見せつけるよう、槍をゆっくり引き抜く。
「な……に」
「君がかつて戦ったのはね、身体こそ私だが中身は部下。当然傷もつけられる」
「ッ!?」
「だが、本物となれば話は変わる――魔王を倒したものが勇者ではない、勇者に選ばれたものが魔王を倒せるんだ」
ライアンは微動だにしない。
魔王は、ゆっくりと背中を引き、言った。
「そして、勇者に選ばれたのは全盛期を過ぎたそこのセオドアだけ――残念だったね」
そのまま、ライアンを勢いよく殴りつけた。
「ぐぁッ!?」
見事なまでライアンの頬にクリーンヒットしたが、あの程度で死ぬほど柔ではない。
「アトレイア!モカ!」
「えっ」「は、はい!」
勇者化の対価がアトレイアでない以上、今なら連携が取れるはずだ。俺は、全身に魔力を巡らせる。
《勇者化――全身》
「これが本当の魔王討伐だ、気張っていくぞ!」




