第二十八話
ライアンとの再会から翌日。十中八九罠であろう場所へテレポートした俺とガスパールは現在。
『……おいおい』
「ここは……」
――かつての決戦の地、魔王城の中にいた。
◇
「……久しいな」
石畳の続く廊下で、革靴の乾いた音が反響する。
『まさか飛んだ先が魔王城なんてなァ』
「ああ、本当に……どうした?」
俺の前方をくねくね泳いでいたガスパールが突然止まった。
『いやいや、お前こそ何でそんな平気な顔してんだよ…この先、俺様は恐ろしくてかなわねえよ』
ガスパールは、元魔王城独特の重々しさに気圧されたのか、飛び方がぎこちない。
「もう魔王は倒しているし今更…それより――いるのか?」
特に俺の探知に引っかかるものはなかった。だが、確かにここはあまり落ち着きたい場所ではない。ましてや、呼び出しに使うのはもってのほかだろう。
『……たしかにいるぜ、王女様』
襲撃を警戒する俺を余所に、やけにはっきりと言うガスパール。
「なぜ言い切れる」
『そりゃあ、お前の大切な奴の居場所くらい分かるさ――次の契約者なんだからよぉ』
「え?」
『え?』
「『……』」
ライアンも忘れ、しばし見つめ合うドラゴンと元勇者。
「そのルール初耳なんだが?」
『言ってなかったか?俺様契約者以外には見えないし聞こえないだろ?』
「…続けろ」
『だから、次の契約者と会話するために、そいつの大切な者には見えるし聞こえるんだよ』
この精霊は、なぜそんな大切な情報を今更言うのか。
『というか、知っててこの間俺に行かせたんじゃねえのかよ』
「……あの場で使えたのはお前だけだった」
『言い方ァ!』
いや待て、だとしたら。
「もし孤独な奴が契約結ぼうとしたらどうなる?」
『そんなやつは契約者になる資格はないと思うが…そもそも、大なり小なりいるもんなんだよ、たとえそいつが魔王だとしてもな』
「そういうものか」
ここで、ふと疑問に思った。
「ではなぜ……」
だが、それを口に出すより早く。
「ッ!……人がいる」
『あン?』
音を殺しながら角を曲がった先には、両開きの扉。しかし、巨人が出入りするようなそれは、なぜか開いている。覗き込めば、謁見の間が蝋燭の灯りでほのかに照らされていた。
『おい、さっき何言いかけたんだ?』
訝しんだガスパールだったが、俺は胸に渦巻いた疑問をそっと押し込め、言った。
「いや、なんでもない…いくぞ」
俺は、あのダンジョンでガスパールの声を聞いた。
――誰から契約者の資格を得たのだろうか?
◇
謁見の間で、二人の人間が立っていた。
「久しぶり、アトレイア」
「ええ、セオドア」
魔王を倒した勇者と、その仲間の王女、アトレイアである。
彼らが立つ背景には、結晶で封じ込められた魔王がいた。その姿は、かつて王国を震え上がらせた当時のままだ。
「本当に……久しぶり、よね?私達が会うの」
ぎこちなくアトレイアは目の前に立つかつての仲間へ問いかけた。
「ああ、長かった……ここまで来るのに」
対するセオドアは、遠くに視線を向け噛みしめるようにその言葉を吐いた。
「?……そ、そうなの?」
セオドアの言っていることが今一分からない。再会を喜んでいると受け取って良いのだろうか。
「もう二十年前になるかしら」
「そうだね」
しばらく話しているうちに、ようやく再会できた実感が湧いてくる。あの頃と違わない彼の姿。あの日、あの時と同じ――同じ?
「…あれ?あなたの姿……全く変わって……」「それより、君は婚約したんだね――おめでとう」
「っ!」
しかし、浮かんだ疑問は、彼の発した”婚約”という言葉に掻き消された。
「そう……私、婚約したわ…それで?あなたは一体どこで何をしていたのよ。まあ、この国には居づらいのだろうけれど」
なんの戸惑いも感情も見せないセオドアの祝福に、ややぶっきらぼうに返すアトレイア。
「そのことについてなんだけどね、アトレイア。ボクはある調べ物をしていたんだ」
「調べ物?」
「――こいつのね」
そう言って、セオドアは魔王の封印されている結晶に触れた。
「……まさかっ!」
彼女は、魔王城に呼び出されてからもしやとは思っていた。
「この結晶はじきに崩れる」
「そ、そんなの聞いてないっ!」
アトレイアは目を見開き、反射的に言った。
「当然さ、そんなことが知られれば王国中がパニックになるだろう?だから、これまでは極秘に調べていたんだ」
「そんな……」
勇者は、結晶を撫でながら言う。
「この結晶、ボクらが魔王を倒した後すぐに湧き出てきたよね」
「え、ええ」
誰の仕業か分からないが、そのせいで魔王の遺体を処理することが出来なかった。
「この結晶について調べていく内に、あることがわかったんだ」
「……何だったの?」
「ある日見た古い文献によると――どうやら王家の秘宝が手がかりになるらしい」
「何ですって!?」
アトレイアは無意識に自身のブレスレットを触ってしまう。言われてみれば確かに、ブレスレットに装飾された結晶と、目の前にある魔王の結晶は似ている気がしてきた。
「驚く気持ちは分かるよ」
彼女のブレスレットに視線を向けたセオドア。アトレイアは冷や汗を浮かべながら言う。
「それって、王家と魔王に繋がりがあるってこと……?」
「それは分からない。だからそれを少し借りたいんだ」
アトレイアは俯き、絞り出すように返す。
「こ、このブレスレットは大切な人、それこそ結婚や運命の人に渡せって代々言われてきた。私もお母様に言われて育ってきたのよ――それがどういう意味かわかってる?」
つまり、生涯を共にする人だけに渡しても良いとされる秘宝だ。誰であろうと、どんな事情であろうとおいそれと渡してはいけない。ましてや――彼には。
「ああ、もちろん」
セオドアは、澄ました顔で手を差し出した。
「……嘘、絶対分かってない」
睨むアトレイアに、セオドアは一呼吸置いて言った。
「――今でも君が好きだ、アトレイア」
「ッ!?……私のこと馬鹿にしてる?」
アトレイアは一瞬動揺したが、すぐに表情を引き締め直す。
「これっぽっちも」
「最低……」
だが、言葉とは裏腹にアトレイアは右手を左手首に沿わせた。唇を噛み、それに触れる。
「ほんとうに……ッ」
ブレスレットを外したアトレイアが、セオドアに渡そうとしたその瞬間。
「待ってくれ」
特段大きくもない、しかしやけに通る声が、謁見の間に響き渡る。
「え」
セオドアが振り返った先、つられたアトレイアが目撃したのは。
「なぜ俺のフリをしている――ライアン」
月日の過ぎ去りを感じさせる、もう一人のセオドアであった。




