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第二十八話

 ライアンとの再会から翌日。十中八九罠であろう場所へテレポートした俺とガスパールは現在。

『……おいおい』

「ここは……」

――かつての決戦の地、魔王城の中にいた。



「……久しいな」

 石畳の続く廊下で、革靴の乾いた音が反響する。

『まさか飛んだ先が魔王城なんてなァ』

「ああ、本当に……どうした?」

 俺の前方をくねくね泳いでいたガスパールが突然止まった。

『いやいや、お前こそ何でそんな平気な顔してんだよ…この先、俺様は恐ろしくてかなわねえよ』

 ガスパールは、元魔王城独特の重々しさに気圧されたのか、飛び方がぎこちない。

「もう魔王は倒しているし今更…それより――いるのか?」

 特に俺の探知に引っかかるものはなかった。だが、確かにここはあまり落ち着きたい場所ではない。ましてや、呼び出しに使うのはもってのほかだろう。

『……たしかにいるぜ、王女様』

 襲撃を警戒する俺を余所に、やけにはっきりと言うガスパール。

「なぜ言い切れる」

『そりゃあ、お前の大切な奴の居場所くらい分かるさ――次の契約者なんだからよぉ』

「え?」

『え?』


「『……』」


 ライアンも忘れ、しばし見つめ合うドラゴンと元勇者。

「そのルール初耳なんだが?」

『言ってなかったか?俺様契約者以外には見えないし聞こえないだろ?』

「…続けろ」

『だから、次の契約者と会話するために、そいつの大切な者には見えるし聞こえるんだよ』

 この精霊は、なぜそんな大切な情報を今更言うのか。

『というか、知っててこの間俺に行かせたんじゃねえのかよ』

「……あの場で使えたのはお前だけだった」

『言い方ァ!』

 いや待て、だとしたら。

「もし孤独な奴が契約結ぼうとしたらどうなる?」

『そんなやつは契約者になる資格はないと思うが…そもそも、大なり小なりいるもんなんだよ、たとえそいつが魔王だとしてもな』

「そういうものか」

 ここで、ふと疑問に思った。

「ではなぜ……」

 だが、それを口に出すより早く。

「ッ!……人がいる」

『あン?』

 音を殺しながら角を曲がった先には、両開きの扉。しかし、巨人が出入りするようなそれは、なぜか開いている。覗き込めば、謁見の間が蝋燭の灯りでほのかに照らされていた。

『おい、さっき何言いかけたんだ?』

 訝しんだガスパールだったが、俺は胸に渦巻いた疑問をそっと押し込め、言った。

「いや、なんでもない…いくぞ」

 俺は、あのダンジョンでガスパールの声を聞いた。


――誰から契約者の資格を得たのだろうか?



 謁見の間で、二人の人間が立っていた。

「久しぶり、アトレイア」

「ええ、セオドア」

 魔王を倒した勇者と、その仲間の王女、アトレイアである。

 彼らが立つ背景には、結晶で封じ込められた魔王がいた。その姿は、かつて王国を震え上がらせた当時のままだ。

「本当に……久しぶり、よね?私達が会うの」

 ぎこちなくアトレイアは目の前に立つかつての仲間へ問いかけた。

「ああ、長かった……ここまで来るのに」

 対するセオドアは、遠くに視線を向け噛みしめるようにその言葉を吐いた。

「?……そ、そうなの?」

 セオドアの言っていることが今一分からない。再会を喜んでいると受け取って良いのだろうか。

「もう二十年前になるかしら」

「そうだね」

 しばらく話しているうちに、ようやく再会できた実感が湧いてくる。あの頃と違わない彼の姿。あの日、あの時と同じ――同じ?

「…あれ?あなたの姿……全く変わって……」「それより、君は婚約したんだね――おめでとう」

「っ!」

 しかし、浮かんだ疑問は、彼の発した”婚約”という言葉に掻き消された。

「そう……私、婚約したわ…それで?あなたは一体どこで何をしていたのよ。まあ、この国には居づらいのだろうけれど」

 なんの戸惑いも感情も見せないセオドアの祝福に、ややぶっきらぼうに返すアトレイア。

「そのことについてなんだけどね、アトレイア。ボクはある調べ物をしていたんだ」

「調べ物?」

「――こいつのね」

 そう言って、セオドアは魔王の封印されている結晶に触れた。

「……まさかっ!」

 彼女は、魔王城に呼び出されてからもしやとは思っていた。

「この結晶はじきに崩れる」

「そ、そんなの聞いてないっ!」

 アトレイアは目を見開き、反射的に言った。

「当然さ、そんなことが知られれば王国中がパニックになるだろう?だから、これまでは極秘に調べていたんだ」

「そんな……」

 勇者は、結晶を撫でながら言う。

「この結晶、ボクらが魔王を倒した後すぐに湧き出てきたよね」

「え、ええ」

 誰の仕業か分からないが、そのせいで魔王の遺体を処理することが出来なかった。

「この結晶について調べていく内に、あることがわかったんだ」

「……何だったの?」

「ある日見た古い文献によると――どうやら王家の秘宝が手がかりになるらしい」

「何ですって!?」

 アトレイアは無意識に自身のブレスレットを触ってしまう。言われてみれば確かに、ブレスレットに装飾された結晶と、目の前にある魔王の結晶は似ている気がしてきた。

「驚く気持ちは分かるよ」

 彼女のブレスレットに視線を向けたセオドア。アトレイアは冷や汗を浮かべながら言う。

「それって、王家と魔王に繋がりがあるってこと……?」

「それは分からない。だからそれを少し借りたいんだ」

 アトレイアは俯き、絞り出すように返す。

「こ、このブレスレットは大切な人、それこそ結婚や運命の人に渡せって代々言われてきた。私もお母様に言われて育ってきたのよ――それがどういう意味かわかってる?」

 つまり、生涯を共にする人だけに渡しても良いとされる秘宝だ。誰であろうと、どんな事情であろうとおいそれと渡してはいけない。ましてや――彼には。

「ああ、もちろん」

 セオドアは、澄ました顔で手を差し出した。

「……嘘、絶対分かってない」

 睨むアトレイアに、セオドアは一呼吸置いて言った。

「――今でも君が好きだ、アトレイア」

「ッ!?……私のこと馬鹿にしてる?」

 アトレイアは一瞬動揺したが、すぐに表情を引き締め直す。

「これっぽっちも」

「最低……」

 だが、言葉とは裏腹にアトレイアは右手を左手首に沿わせた。唇を噛み、それに触れる。

「ほんとうに……ッ」

 ブレスレットを外したアトレイアが、セオドアに渡そうとしたその瞬間。


「待ってくれ」


 特段大きくもない、しかしやけに通る声が、謁見の間に響き渡る。

「え」

 セオドアが振り返った先、つられたアトレイアが目撃したのは。

「なぜ俺のフリをしている――ライアン」

 月日の過ぎ去りを感じさせる、もう一人のセオドアであった。

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