第二十五話
道を埋め尽くす人々に所狭しと並ぶ建物――その中心にそびえ立つ白妙の王城。
「来てしまった……」
あれだけ離れたがっていた王都に、俺は再び足を踏み入れた。流石に人通りがクロムとは比にならない。芋を洗うような混雑ぶりだ。入るまで何かとうるさかったガスパールも。
『……っ』
言葉が出ていない。
それはさておき、王都の華やかな雰囲気に当てられているものの、別に俺はここが好きなわけではない。むしろ、俺にとって王都は針のむしろだ。この都市には俺の顔を覚えている人間が山ほどいる。目的は彼女、アトレイアに会うこと。それだけだ。
『それで?王城なんて厳重な警備が待ち構えてんだろ?どうやって突破するんだ?』
威厳ポーズをやめたガスパールは、俺の頭上をくるくる旋回しながら聞いてきた。天使の輪っかに見えるから止めてほしい。
「それについてなんだが、いくつか条件がある」
俺は、自身も整理できるように説明する。
「王城にはまず魔力感知と、一定以上の魔力量を持たないと入れない結界が存在する」
『げえ』
「さらに、座標攪乱する魔道具が機能していてテレポートが出来ない……まあ俺はもともと魔術は使えないが」
『じゃあ入れねえじゃん』
「そこは元勇者だ、関係者しか知らない抜け道くらい知っている」
『ひゅ~、流石裏切られた元勇者様!』
茶化すガスパールを無視して俺は続けた。
「問題は、アトレイアの居場所だが――これについてはガスパールに頼みたい」
『…え?』
「お前、誰にも見られず移動出来るだろう?大丈夫だ、目星は付いてる」
『お、お前俺様に丸投げじゃん……』
一番重要な情報をガスパールに任せるのは、正直不安だ。しかし、他に手がない。精霊の手も借りたいのだ。
「頼むよ、アップルパイ行ってやるから」
『……10個だな』
「もう胸焼けしてきた」
◇
現在、俺達は王城でも限られた人間しか知らない地下道を歩いていた。まだ、胃もたれが回復しきっていない。
「気持ち悪い……ここを曲がったら真っ直ぐな道に入る。そこを抜けたら、王城の真下だ。そこからはガスパールの出番だから、アトレイアにこれを渡してくれ、頼むぞ?」
ちゃんと、ガスパールが物を掴めるかどうかも確認済みだ。
『はいよぉー』
気の抜けた返事に少し、いや、かなり不安を覚えるが、アップルパイの分の仕事は期待したい。迷路のように入り組んだ複雑な道を、ひたすら歩く。警備なんて置いたら、抜け道の存在や正解の道が丸わかりなのであまり警戒する必要は無いのだが、この暗さと静けさ。そして、妙に引っかかる気がかりが、俺の鼓動を速めた。
途中まで勇者化して移動していた。しかし、その度に目的を忘れてしまうため、今は素のままで進んでいる。勇者化できない不安も、この落ち着きのなさを助長しているのかもしれない。やがて、真っ直ぐな道に入った。
「ここだな」
ガスパールに手紙を渡す。この手紙は、日時と場所、そして俺の名前が記されている。アトレイアなら、きっと来てくれるはずだ。
それに、もし来なければ……きっとそういうことなのだろう。
『面倒くせえなぁ』
ここまでは、何者にも見つからず順調に進めている。それもそのはず、地下道の存在を知っている人間自体ほとんどいないのだから。ただ、この道を知っているのは俺だけではない。何より、この道はこれまでのどのルートから入っても必ず通らなければいけない場所。張るなら当然ここなわけで……。
「やあ、来ると思ったよ」
いるなら、当然奴なのだ。
「……ライアン」
槍使いのライアンが腕を組んで壁にもたれかかっていた。まるで、俺がここを通ると知っていたかのように。
「ぷっ」
何を言い出すかと思えば、いきなり笑い出したライアン。
「なんだいっ、セオドア、君のその老け顔っ、とても僕と同い年とは思えないね」
大貴族のライアンは、エルフとの混血。その容姿は当時の姿と何ら変わりない。
「そう言うお前は、言動が幼いままだな」
「チッ……減らず口を……だが、その様子を見るにやはりダンジョンで”何か”手に入れたらしいね」
「……っ」
「全てはマーブルから聞いているよ?婚約だって、君をここに誘うため。そもそも、君をあの薄汚い底に追いやったのは僕なんだから……不自然だっただろう?これまでの人生、失敗続きじゃなかったかい?」
思い当たる節がいくつもある。それは、闇ギルド時代の不自然な情報不届きに、謎の依頼未達成、法外すぎる罰金の数々……全てではないにしろ、ライアンには色々裏から手を回されていたらしい。
「クックック、その顔が見たかったんだ、大体なぜ君なんかに――」
”ガスパール”
ライアンが浸っている間に、俺は頭でガスパールに呼びかけた。
『なんだよ』
俺の背中に隠れて泳ぐガスパールは、ライアンには見えないし聞こえない。
ただ、手紙は透過できないため背中で隠していた。
”今のうちにそれを渡してきてくれ”
『別に良いけどよ、やべえ奴なのか?俺様の目にはかませにしか見えねえぜ』
まあ、たしかに振る舞いは簡単な奴のそれなのだが……。
”こいつは全力で勇者化しないと不味い、というかそれでも勝てるかどうか分からんな”
『マジかよ、やべーじゃん』
”ああ、だからなるべく速く頼むぞ……今から隙作る”
『パイ追加な』
”後で俺の胃に問い合わせてみる”
「……てなわけさ――さて、君との同窓会ももう良い頃合いだろう」
色々と言っていたみたいだが、ようやく一区切りついたらしい。
「……だな」
ライアンは、いつの間にか手元にある槍を構えた。勇者化すれば、アトレイアのことを忘れてしまうため、何のためにここへ来たか分からなくなるだろう。
俺も鍛冶屋の剣を抜き、構えを取った。
《勇者化》
記憶が書き換えられる。
俺は駆けた。




