第二十四話
俺とガスパールは、現在王都へと続く街道を歩いていた。
『なあ、俺様アップルパイが食べたい』
「…いきなりどうした」
唐突に呟いたガスパールは、言ってから思いがより強くなったのか、口調が激しくなる。
『俺様、大好物なんだよっ!あの外はサクサクで、中はとろーりとした甘酸っぱいアツアツのパイがさあ!』
「勝手に行けばいいじゃないか…ああ、そういえば味覚が繋がっているんだったな」
『そうそう、だから食いに行こう、な?』
「我慢してくれ、王都に着いたら行ってやる」
俺もアップルパイは好物だ。
『王都までまだまだあるじゃねえか!俺様は今食いたいのッ!それに、セオドア前スピカに話してたぜ、アパイのアップルパイが一番旨かったって』
「…よく覚えているな」
アパイとは、魔王を倒す旅の中で寄った町の一つで、そこの『リンゴの木』という名の飯屋がたまらなく美味だった。
夫婦経営の店であり、無口だが味は確かな店主と、優しそうな奥さんが俺達勇者一行をもてなしてくれたのだ。
特にアップルパイが絶品で、普段は甘いものが苦手な俺でも二つ食べたことをスピカに話した気がする。
だが、今となってはもう――。
『ここから近いしさ、ちょっと寄っていこうぜ』
「……いや、遊びに来ているわけじゃないんだ…王都だって美味しい店はたくさんある」
『たとえそうだとしてもよぉ、アパイのアップルパイ食わなかったら、これよりうまいもんがあるんだよなあってがっかりしながら食うことになるじゃんか、そんなの嫌だぜ俺様!』
気持ちは分からなくもないがな……。
「うーむ…やはりだめだ。俺達には目的があるんだから」
俺は王都に行かなければならないのだ。
『…目的って何だよ』
「それは……思い、出せない」
しかし、いざその目的を思い出そうとすると頭に靄がかかった。
『なあいいだろ?おれさ、ずっと封印されてたんだぜ?ちょっとくらい食べたい物食べたいじゃん』
「たしかに、な」
どうしても目的が思い出せず、強く否定できない。
『力もくれてやったんだしさ、少しぐらい褒美があっても良いと思うんだ』
「だが…」
『頼むよぉ、さっき地図見たら今日中には着く距離なんだ、別に大幅なタイムロスにはならないって!』
俺は、悩みに悩み抜いて。
「はあ、仕方ないか……久しぶりに覗いて行くか」
『やっったー!!!』
そんなこんなで、俺達はアパイの町に向かった。
◇
『ここが、件の店か……!』
「……ああ」
夕食にはまだ少し早い、日が沈みだした頃。
俺とガスパールは定食屋『リンゴの木』の前にいた。
外観は、名前通りリンゴの形をしているからすぐに分かった。
『何ともファンシーな店構えじゃねえかっ』
「奥さんの趣味だ」
『尻に敷かれてるねぇ……あ?入らねえのか?』
「……ッ」
俺は、扉に手を掛けたまま、中々入れずにいた。国を追い出された身だ。評判が良いわけがない。
もし、あんなに良くしてくれた夫妻にも拒絶されたら……そう考えると、一歩が出なかった。
『多分それ押戸だぞ?』
「別に、押しか引きかで悩んでない。あとこれは引き戸だ…行くか」
俺は扉を開けた。チリンチリンと、扉につけられたベルが鳴り、客の来店を知らせる。
気付いた奥さんが……ああ、あの頃と変わらない。
「いらっしゃい……あら?」
途中まで笑顔だった奥さんは、不思議そうに首を傾けた。
「……シチューとアップルパイを」
俺は、被っているフードをさらに引っ張りながら言った。
「はいよ~」
特に追い出されることはなく、優しい返事と共に奥へ消えていったので適当な席に座った。
もしかしたら、気付いていないのかもしれない。あまり客が来ない時間を狙ったが、まばらにいた。流石、人気店だ。
『どうやら、無事に食べられそうだな』
ガスパールは、アップルパイのことで頭がいっぱいなのだろう。先程からアップルパイを連呼しながら変なダンスを踊っている。
待っている間、他の注文を見るとメニューが一部変わっていた。
もちろん、俺が注文したのもだ。
だが、店の雰囲気や匂いはあの頃のまま。
『おっ、きたきた!』
しばらくして、料理が運ばれてくる。
「……肉定食とアップルパイだ」
「えっ」
――運んできたのは、なんと無口な店主だ。配膳なんてしなかったはずなのに。
「……ありがとよ」
「……ッ!」
ボソッと言って、おやじさんは戻っていった。並べられたのは、あの頃と全く変わらないメニューで、しかもリンゴパイは二つだ。
緊張で乾ききった口に、掬ったシチューを運ぶ。
「……うまい」
『……』
「……っ、うまい……っ」
ゆっくりと、しかし夢中で俺はシチューを食した。
『おお……これが噂のアップルパイだな、はやくっ!早く食わせてくれセオドア!』
シチューを食べ終われば、空気を読んで黙っていたガスパールが急かしてきた。
「わかってるよ」
噛んだ瞬間、サクッとした感触がして、じゅわりと後からソースが絡みついてくる。
『うっめえええ!!』
ガスパールは店中を駆け回った。
この精霊は全身でおいしさを表す性格らしい。
あっという間に、二つ食べ終わり腹が満たされた。
「…勘定お願いします」
若干緊張しながら奥さんの元へ向かうと。
「つけにしておくよ」
「えっ……いや、それは悪いだろう」
「だから――またおいで」
「っ!?」
◇
『おい、何もらったんだよ』
ガスパールがつつくように話しかけてきた。店を出る前、奥さんから何を受け取ったか気になるらしい。
「ああ、昔代金の代わりに置いていった魔力石を返された、こんなの受け取れないってな」
『ほぅ…ってお前バカ!こりゃあすんげえ魔力量じゃねえか!?どこで手に入れたんだよ!』
「ここにいた四天王が隠し持ってた」
『そりゃあ一般の店主が受け取れるわけねぇだろ、馬鹿かお前』
「お前に言われると癪に触る」
『どうすんだよそれ』
「スピカに渡そうか」
『おゥそうしとけ』
「じゃあ配達屋に頼もう」
◇
夜、自室で寝る準備をしているとガスパールが呟いた。
『お、俺様ちょっと散歩してくるわ』
「ん?どうした急に」
『俺様そういう気分、じゃっ』
逃げるように出ていくガスパール。
「珍しいな……」
《勇者化》――解除
「ッ!」
蘇る記憶と目的。
「やってくれたな」
だから、逃げたのか……だが。
「まあ、今日はいいか」
明かりを消した。




