第二十三話
「「……ッ!」」
ピタッと、俺とスピカの動きが止まる。
「ええ!相手は、あのヴァーミリオン家の嫡子、ライアン様ですって!」
だが、何でも無いかのように振る舞う。否、振る舞わなければならない。
「…行くか」
「……はい」
日はもうすぐ完全に沈みそうだ。手をつなぎながら帰る親子や、店を畳む店主に仕事帰りの人々……今日が終わり、夜が始まる時間。少し、寂しくもなるこの黄昏時を俺達は、トボトボ歩いていた。
「……」
「わたし」
下を向きながら歩いていたスピカが口を開いた。
「わたし、知ってました」
「…そうか」
「すいません…」
「スピカが謝ることはない」
「その…」
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
その後会話はなく、俺達は宿屋に戻る。しかし、この気まずさが晴れることはなかった。今日は、早々に自室へ戻りベッドに腰掛ける。
『どうすんだよ?』
おかしそうに笑うガスパール。きっと、慌てふためく俺が見たいのだろう。
「どうもしないさ」
しかし、その期待に応えてやるつもりなどない。素っ気なく応えたつもりだったが、ガスパールはふと視線を外して言った。
『ふーん、あの娘はどう思ってんのかねえ』
「……どういう意味だ」
聞きただそうとしたその時、ドアをノックする音がした。相手はもちろん。
「――師匠」
スピカだ。
「どうした?」
「入っても…良いですか?」
「いいよ」
彼女は控えめにベッドへ座った。
「その…剣のお礼を言いたくて」
「もうもらったよ」
「そうなんですけど……それだけじゃなくて」
「ん?」
「もうっ、単刀直入に言います!」
「わ、わかった」
「――行ってきてください、王女様の元に」
「え」
予想だにしないスピカの一言に二の句が継げない。
「ガスパール様?の対価を知ってから、師匠の元気がないのは気付いていました」
彼女は、決して瞳を逸らさない。
「きっと、このまま見て見ぬふりをしていても解決しないと思います…だから、行ってください」
だが、よく見ると揺れていた。
「行って、きちんと知るべきです。アトレイア王女様が、なぜ師匠を見捨てたのか…」
「……」
「それで、もし、何かの間違いだったら…私のことは…いえっ、全てが片付いたら……今度こそ」
一呼吸置いて、彼女は言う。
「――今度こそっ、一緒に旅をしましょう!」
彼女は、笑顔でそう言った。
「もし契約が切れれば……もう、戦えないかもしれない」
「いいんです、私が戦います」
彼女は俺の手を取って、自身の手のひらで包み込む。
「それだけじゃない…足を引っ張るかもしれない」
「私が強くなります」
「師匠じゃなくなるぞ?」
「師匠ですよ――ずっと」
「戦えなくても?」
「どんなことがあっても」
ああ、この子には。
「……分かったよ。約束する」
「はいっ」
この子には――敵わないな。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
◇
その夜、俺はクロムの町を去った。
『本当に行くのかァ?』
ガスパールが空中を泳ぎながら聞いてくる。
『その王女様とやら一ヶ月後に結婚するんだろ?今更野暮ってもんじゃねえのかい』
「別に、会ってどうこうしたいとかは思わないさ……ただ、最後にあの時のことを聞きたかっただけだ。もし、俺が何かしたのなら……それを謝りたい」
『おっ、じゃあやっぱり契約続行かっ!』
「いや――それが終わったら勇者化は手放す」
『はあ?じゃあ何のために会いに行くんだよ!ケジメつけて王女のこと忘れても良いようにするためじゃねえのか?』
「……」
俺が勇者化の力を控えたいのは、別のことを心配しているからだ。それは、対価のこと。契約の対価である大切な人の記憶は、契約時点を指すのか、それとも――。
『第一よぉ、力を使ったらその王女様忘れちまうのにどうやって会いに行くんだよ』
「それは……これから考える」
『なんだ、見切り発車かよぉ』
「…黙っていろ」
胸中を明かそうとする月の光から逃げるように、俺は背を向けた。心に浮かんだのは、彼女のことだった。
同じ月は、窓から差し込み立てかけてある剣をも照らす。
「師匠……」
応えてくれる相手は、いない。彼女は、膝を抱えながら、自身の頭に触れる。
「……っ」
まだ残っている、あの温かさを忘れないように。




