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第二十二話

 いつもの訓練のはずだ。

 しかし、スピカの額には汗が浮かび上がる。

 なぜなら、今日のセオドアは。

「――いくぞ」

 かつてないほどの圧があったからだ。



「ッ!?」

 脊髄で反応し、袈裟斬りをしゃがんで躱したスピカ。すぐに起き上がりと同時に斬り上げる。

「ハアッ」

 セオドアは一歩ずれながらよけ、振り上げのタイミングで胴を狙ってきた。

「っ!」

 スピカは、身体を捻りながらなんとか避ける。が、続く二の太刀を不完全な状態で受けることに。

「ぐっ」

 何か、怒らせるようなことをしただろうか。スピカの内心では、様々な不安が渦巻く。しかし、心当たりを探す余裕はない。すぐさまセオドアの剣が迫ってきた。

 序盤から大きく調子を崩されたスピカ。バックステップで距離を取ろうとするが、そうは問屋が卸さない。彼女が一歩下がるたびに、セオドアは前進する。少しずつ、追い込むように迫ってきた。

 彼女は、倒れ込みながらも拾った石を投げる。

「それは知っている」

 顔目掛けて飛ばされた石は、首をほんの少し傾けるだけで避けられた。

 勢い変わらず向かってくるセオドアに、スピカはしかし諦めない。

 精霊との戦いで、最後まで戦うことの大切さを学んだからだ。

 セオドアはトドメをさそうと、スピカに剣を振りかざした瞬間、師の顔が驚きへ変わる。

「っ!?」

 スピカの握っていた剣の柄から、魔術矢が飛び出したではないか。

 意表を突かれたセオドア。スピカはその隙を見逃さない。

 彼は魔術矢に剣を振り下ろすはず。絶対に一撃入れる!その思いでスピカは距離を縮めた。

「はああっ」

 矢のすぐ後に向かっていき、一人時間差攻撃を仕掛けたスピカ。対するセオドアは、二者択一を迫られたが。

「もう少しだな」

 剣に絶大な魔力を込め、一気に振り下ろす。

「一石二鳥だ」

 魔術矢はあっけなく砕かれ、真後ろにいたスピカまで届いた。

「え」

 なすすべもなく、スピカは吹き飛ばされた。

「はあっ、はあっ……」」

 地面に伏したスピカへ、セオドアが近づく。

「っ!」

 スピカは、少し怯えた。しかし。

「ほら、立てるか」

「は、はい……」

 打って変わっていつものように手を差し伸べる。スピカはおずおずとだが応えた。

「スピカ、この後空いてるか?」

「は、はい…」

「あのベンチに来てくれ」

「分かりました…?」

「じゃあ、あとでな」

 そう言って、セオドアはすたすた帰ってしまった。

「???」

 スピカの頭は疑問符で溢れていた。



 町にはほんのり起伏がある。小高い丘の上に町が鎮座していたからだ。そして、その頂点にはベンチが並んでいて、町が一望できた。

 俺は待ち合わせ場所にここを指定した。彼女はまだ来ていない。

「少し休むか」

『ああ、俺様も疲れたぜ』

「おまえは浮いていただけだろうが」

 ヒソヒソ話にも慣れてきた。なんでこんなことに慣れなくてはならないのか。辟易しつつ、近くのベンチに座る。

「ふぅ」

 ベンチからの眺めは中々といったところで、この町の様子がよく分かる。

「良い街だ……」

 たくさんの人が、道を行き交い生活している町は、まるで生き物だ。子供達が走り回る様子も見え、まさに穏やかな昼下がりといった雰囲気。

『なんで待ち合わせにしたんだ?』

「多少のサプライズは必要だろう」

『ケッ、馬鹿みてえだな』

「いつかガスパールにもやってやるさ」

『四六時中一緒にいるのにか?』

「『はっはっは』」

 傍から見れば、俺は不審者だ。

「きたな」

 奥から、控えめに走ってくるスピカが見えた。

「すみませんっ、遅くなりました」

 彼女は軽く息を切らしていた。そこまで焦らなくともよかったのだが。

「少し早かったか」

「い、いえ、そうではなく…」

 何やら下を向いて、しきりに毛先や袖をいじる彼女。いつもとは違い、髪を下ろしていた。艶やかで綺麗に揃えられた姿は、雰囲気を一変させる。真っ白なブラウスに深い青のフレアスカート。普段の溌剌なイメージは、大人感のあるギャップをより鮮明にした。

 つまりは、誰がどう見ても本気だったのだ。

「よく似合ってるよ…綺麗だ」

「〜っ、あのっ、これはメイさんが…」

 メイさんは、俺達が世話になってる宿の女将さんだ。なるほど、どおりで珍しさを感じたはずだ。いや、女性はいつのまにかキレイになっているとどこかで聞いた気もする。

「はずかしいです…っ」

 彼女は、湯気が出そうなほど顔を赤らめ、しばらく照れていた。つられてこちらも気恥ずかしくなる。それでつい。

「そうだ、プレゼント」

 若干早口になりつつ、スピカに先代鍛冶屋の遺作を渡す。

「え」

『ほら、早くあれ言えよ』

 ガスパールの姿は見えないが、きっとニヤついているのだろう。俺は、咳払いを一つして勢い任せに言った。

「――剣は承継の証だ」

「っ!?」

 何を言おうとしているのか、彼女も気づいたようだ。

「遠い東のある国ではな、一振りの剣を何代も受け継ぐんだ」

「……」

「そして、この剣は先代が息子に託し、それを俺が受け継いだ継承の象徴」

 感極まるスピカに、俺は力強く宣言した

「だからこの剣をスピカに託す――いつか超えてくれ」

「必ず…っ!」

 スピカは、潤んだ瞳の中に一本の芯を据え、それを受け取った。それだけで、俺は大丈夫だと確信する。

 だが、やっぱり耐えきれなかったようで。

「ありがとう…ございます…っ」

 泣いてしまったのだった。



 しばらくして落ち着いたスピカ。やがて、ふと思いついたかのように言う。

「でも、師匠はどうして知ってたんですか……?」

 知っている、というのは杖のことだろう。

「弟子のことは何でもお見通しだ、という理由でもいいか?」

「だめです」

「そうか……」

 俺は、わずかに躊躇いながらもあいつの名を口にした。

「ガスパールが教えてくれたんだ」

『"させた"の間違いだろうが』

「そうだったんですね…」

「気を悪くさせたな、すまない」

「いえ、師匠ならいいです」

「……そうか」

 それはそれでどうなんだ、と思わなくもなかった。

「少し街を回りませんか?」

 完全に調子を取り戻したようで、彼女は微笑み立ち上がった。

「行きたいところあるか?」

 言いながら、俺も席を立つ。

「たくさんあります!行きましょうっ!」

 彼女は、上機嫌で俺の手を引いた。

 それから、俺達は街を散策した。意外とまだ訪れたことのない店も多く、気付けば夕方に。その間、スピカは終始笑顔であり、こちらも釣られて笑ってしまう。闇ギルドにいた時には、考えられなかったほど穏やかな時間だった。

 なぜだか、いつも目障りなガスパールの姿がなかった。



 帰り道、スピカと今日の手合わせについて話す。

「それにしても、最後の攻撃は惜しかったな」

「対応されてしまいましたけどね」

「いや、タイミングがもう少し遅ければ食らっていたな」

「…ほんとですか」

「ああ……なんだ?」

 スピカがこちらを見上げてきた。何やらいたずらっ子のような顔で。

「もしかして、今日の師匠がやけに本気だったのって……あのセリフを言うためですかっ」

「……そういうことになるな」

 最近のスピカは、正直強い。こちらが全身勇者化しなければ、負けてしまうほどに。

 その証拠に、少し前から右膝に通わせた魔力の調子がおかしい。ノイズのように、ビリビリと不規則な魔力の途切れが発生している。もうじき、勇者化も維持できない。

「……」

 先程は、大それたことを言ってしまったが、彼女が俺を超える日もそう遠くはないだろう。

「えへへ…嬉しいです」

 彼女は、はにかんで身を寄せてきた。

 剣を慈しむようにさすっている。

「そろそろ限界か…」

 いよいよ勇者化の維持ができなくなる。だが、スピカもいることだし大事にはいたらないだろう。

 勇者化が解けてきたタイミングで、奥からガスパールが空中を泳いでくる。どうやら、一人で散歩でもしていたようだ。

『……』

「あ……ッ」

 踏み込んだと同時に勇者化が解ける。右膝が痛んだ。

「大丈夫ですかっ、師匠」

 スピカが、よろめいた俺を支えた。その時だった。 

 ちょうどすれ違った主婦達の会話が、はっきりと聞こえた。



「それにしてもめでたいわよね――アトレイア王女様のご婚約!」



 それを聞いた途端、俺は思わずあいつの方を見てしまう。

「ッ!?」

 ガスパールの口が三日月のように歪んだ。

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