第二十一話
「らっしゃい」
「ここで、一番良い剣くれ」
店につくなり、俺はそう言った。
「へぇ、羽振りがいいねぇ…そんじゃ、ちょっと待ってな」
もじゃもじゃの顎髭を蓄えたおっちゃんはニヒルに笑い、立ち上がってレジの上に掛かってある剣を取りこちらに渡してきた。
「これが、うちの一番だぜ?」
派手な装飾に加え、明らかに質感の異なる鞘に収まってあるそれは、見た目だけは高そうだ。剣を引き抜き、軽く振ってみる。
「これが一番?嘘だな」
「……どうしてそう思う?」
おっちゃんは、太い腕を組みながら続きを促した。
「確かに気持ちが伝わる剣だが……正直、高そうなのは鞘だけで刃があまりにもお粗末だな」
「ほう…」
やはり、このおっちゃん……。
「さては試したな?目利きには多少の自信があるのさ」
「がっはっはっは、おめえさん、おもしれえじゃねえか!」
豪快に笑ったおっちゃんは、こちらについてくるよう指示してきた。言われるがまま奥についていく。
「ちなみに振るのはお前さんかい?」
「いや、これくらいの身長の女の子で片手剣がいい。弟子なんだ」
「そうかいそうかい」
やがて案内されたのは、様々な種類の剣が保管された部屋だった。合計100本以上あるんじゃないか。
「好きな一本を選んでくれ、自信あるんだろ?」
挑戦的に笑ってみせるおっちゃん。
「誰が振るか聞いた意味ないじゃないか」
「…あまり、沈黙は好きじゃねえ」
移動中の気まずい空気は確かにわかる。だが、面白い。この勝負乗ってやろう。
「良い剣選ばれても後悔するなよ?」
突然、審美眼チャレンジが始まったのだった。
『何この展開……』
◇
突如始まった、絶対に隠す鍛冶屋と絶対に見破る元勇者での目利き勝負。
「触っても良いんだよな?」
「いいぜ、壊さなきゃな」
「それでは遠慮無く」
俺は、一本ずつ剣を持って魔力を通してみる。
『どうだ?オレ様には全然分かんねえや』
やかましいのは放っておいて、丁寧に確かめていく。根気よく付き合ってくれたおっちゃんのおかげもあり、全ての武器を確かめることができた。
「で?決まったのかい?」
おっちゃんの挑戦的な笑みに、不敵なスマイルで応える。
「ああ、圧倒的だった」
『嘘つけっ!一時間かけてたじゃねえか!オレ様待ちくたびれたぜェ』
「ほう、言っておくが未だかつて正解できた奴はいねえぞ?」
「大丈夫だ、今更怯んだりしないさ」
『すげえ自信じゃねえか!』
「オーケー、じゃあそれ持ってきな?」
先におっちゃんが店頭に戻っていく。
『どれにすんだよ』
ガスパールが視界の隅をチラチラ飛び回りながら聞いてくる。非常にうっとうしい。
「これだな」
俺は、たくさんの剣と一緒くたに保管された剣を持った。
『……まじ?』
ガスパールの目が点になったのを横目に、俺も店頭へ戻っていく。
「へぇ…それでいいのか?」
おっちゃんは、特に表情を変えず剣を受け取った。
「ああ、これだけ明らかに抵抗力が小さかった」
「抵抗…独自の基準か?まあいいさ、じゃあ結果を発表する!」
「……」
「この武器は……」
しばし沈黙の帳が降りる。心臓のドラムロールが、今か今かと鼓動を打ち付ける。
「……っ」
「……」
『……』
外の音はおろか、ガスパールまで黙りこくっていた。
「……」
「……」
『……長くない?』
「…大丈夫か?」
「馬鹿野郎!雰囲気をぶち壊すんじゃねえ!これは大丈夫な沈黙なんだよッ!」
「わ、悪い」
吹っ切れたように嘆息し、おっちゃんは口を開いて言った。
「もういいぜ!……おみごと、正解だ! それがうちで一番価値のある剣さっ」
『すげーじゃんッ!』
ガスパールが俺の頭上を飛び回るが、それがおっちゃんに見えることはない。
「自信あったんだけどなぁ」
がっかり肩を落とすおっちゃん。
「確かに、見た目は凄い地味だ…」
「この武器はな、知る人ぞ知る名剣でミスリルも使われているんだぜ?」
「本当かっ!?」
ミスリル製なんて、金がいくらあっても足りないんだけど。
「どうしよう店主…そんな持ってないぞ?」
「まあ待て待て……だからこの剣はそんじょそこらの奴に売るつもりはなかったんだ。それこそ、魔王に挑むような奴か確かな目利きが出来る奴にしかな?」
「そ、そうか」
「お前さんの素振りを見させてもらったが…相当やりそうじゃねえか」
「それはどうも」
「ってことで、特別に譲ってやってもいい」
「は?」
店主が、とち狂ったことを言い出した。
「だから、譲ってやるって言ってんだ」
「い、いやいやっ、だってミスリルだろ?いいのか?」
ミスリルが使われているなら金貨千枚あってどうか、なのに。
「――実はな、こいつの制作者は親父なんだ」
「え…知る人ぞ知るって」
「俺は知ってるから、嘘はついてねえな」
『とんでもねえぞ、このおっさん』
今回ばかりは、ガスパールを否定できなかった。おっちゃんは、遠くを見ながら言う。
「親父が死ぬ前に言ったんだ。作り手である息子の俺が持っているより、上手く使ってくれる奴にくれてやれってな?」
「そう、だったのか…」
「最初はなんで俺じゃないんだってムカついたもんだが、こう考えることにした。いつか俺がもっと良い剣作ってやれば、そうすればこの剣を売らなくて済むだろ?皆欲しいのはより強い剣なんだから」
「そうだな……だが、それならなおさら受け取れないぞ」
言い方的に、その剣はまだ作れていないんだろう。
「いや、いいんだ。何しろ俺は……いや、見てもらった方が早い」
そうして、おっちゃんが持ってきたのは何を隠そう、最初に持ってきた剣だった。
「…その、悪い」
『セオドアしたり顔で言ってたもんな「高そうなのは鞘だけで刃があまりにもお粗末だな」って』
ガスパール、黙っていろ。
「いや、いいんだ。俺腕に関してはからっきしでよぉ、お前さんに言われて諦めがついたさ」
「……」
「あんたなら親父の剣、渡してもいい」
ここまで言われて、断るのは逆に失礼か。
「申し訳ないが、使うのは弟子だぞ?」
「良いんだよ、俺が信じるお前が信じるやつならな」
「そうか、ならありがたくもらおう」
「おう、そうしてくれ」
「けどもう一本」
「おいおい、閉店バーゲンセールじゃないんだぞ?」
「――あんたの作った剣、売ってくれ」
「は?」
おっちゃんは、口をあんぐり開けて驚いた。
「い、いやいやお前さんが言ったんだぜ?お粗末だってよ」
「良いんだ、それに俺には関係ない」
「え、それはどういう」
「ほら」
右手の甲を見せ、魔力を集中させた。勇者の刻印が輝き、その存在を示す。
「その刻印…お前さん…」
「世話になった」
俺は、ミスリルソードとおっちゃんの剣を腰に差し、代わりに金貨を置いて言った。
「良い買い物できたよ、ありがとう」
「お、おいっ!」
逃げるように店を出る。
「勇者様って…追放されたはずじゃ…」
店主のつぶやきは、誰に届くこともなく空気に解けて消えた。
◇
『いい加減教えてくれよ』
店を出て歩いていると、ガスパールが聞いてきた。
「何を?」
『どうして分かったんだよ?からくりがあるんだろ?』
「それはな」
俺は種明かしをした。そうでないと、いつまでも聞いてきそうだったからだ。
「魔力伝達効率って知っているか?」
通常、武器に魔力を込めた際にはその材質によって魔力伝達に違いが出る。たとえば、100の魔力を剣に込めたとする。すると、木剣では10の魔力だけが伝わり、90は無駄になる。一方、鉄の剣には30込められるのだ。
「勇者の魔力は特別製でな?どんな物質にもほぼ100%の魔力を通すんだ、言うなれば擬似ミスリルだな」
『へえ、だけどよ。それと目利きのどこが関係あんだよ』
「そう思うだろ?ところが、この勇者製魔力。完全伝達能力はあっても、抵抗力は異なる……つまり、だ。木の棒に魔力を伝達する際に、結構力む必要がある」
『あ……ってことは』
「そう、この伝達の抵抗の差異で良い武器かどうかを判断する。後は、振りやすさとか重さとか、見た目も意外と馬鹿に出来ない。良い武器は総じて美しいものだ」
『ズルだズル!おっちゃん!こいつイカサマしてます!親父の思い踏みにじってます!』
「人聞きの悪いこと言うんじゃない」
うるさいガスパールを無視しつつ、軽い足取りで帰る。
「スピカ、喜んでくれるだろうか」




