第二十話
「なんだおまえッ!?」
俺は、仄かに光るそいつへ向かって吠える。正直、俺は目の前の何かに恐怖していた。この距離まで気づけなかったことなど初めてだったからだ。
『俺様の名はガスパール!あのダンジョンで契約しただろッ、忘れたのかァ?』
そいつはニョロニョロと長い胴体に短い手足の……手乗り龍であった。
「ガスパール……あっ!?あの時のッ!」
そうだ!たしかに俺はこいつの声を聞いたことがある!
『そうそう、思い出したようだなッ!』
ダンジョンで俺と契約した声の主だ。あの時は意識を失う直前だった故、よく姿が見えなかった。
『ずっと見てたぜ、お前のここ最近の百面相ぶりっ、特にダンジョン出たときの慌てっぷりときたら……ククッ』
そう言いながら、性格の悪い龍は喉を鳴らして笑った。
なら教えてくれよ…。しかし、今はそんなことよりもっと聞きたいことがあった。
「おい!俺に何をしたんだッ?記憶が…アトレイアの記憶が全く……っ」
『当然、対価だよ、た・い・か!あの幼女も言ってただろ?――全盛期の力を与える代わりに、セオドアの一番大切な記憶をもらう――そういう契約だったはずだぜ?』
”お前の大切な記憶の代わりに全盛期を付与しよう”
「なっ!?対価は魔力だったはずでは…」
『オイオイッ!魔力は単なる発動条件に決まっているだろうがッ!そんな都合のいい話があるかい!』
「それなら、俺は…勇者化するたびにアトレイアを、わ、忘れるのか……?」
『もちろんだとも!でも良いじゃねえかっ、使っている間だけだぜ?お値打ちだろうがよォ!』
俺が右膝をカバーするためには、勇者化は必須だ。だから、日中はほぼ使うことになる。特に旅なんてし始めたら…だが、自身の一番大切な記憶がなくなり、それにすら気付くことが出来ない身体で、どうやって生きていけば……答えが出ずに固まっていると、
『そんなわけで、今後ともよろしくなッ!』
呑気に挨拶してくるこいつが腹立たしい。
「…ちょっと待て、契約はどうやったら切れるんだ?」
今まで便利に使っていたが、そうなってくると話が変わってくる。なにせ闇ギルドから離れた今となっては、もう勇者化など必要ないのだ。スピカには悪いが、悪いがもう戦う力など…いらないはず……なのに。
『まさか、もういらないって?オイオイオイオイ、ツレねえこと言うなよ兄弟、俺達出会ったばかりだぜ?』
「対価が重すぎる…それに、だから俺にはもう……」
『その先が言えるかなァ?』
「……っ!」
精霊より悪魔ではないか。
「どうすれば契約は終了する?その位構わないだろう?」
俺は、目の前の悪魔に探りを入れた。
『…そうだなァ、別の奴が新たに契約を結ぶか…俺かお前のどちらかが死ぬ……か』
「精霊が死ぬなど聞いたことないが」
『いやいや、精霊だって死ぬんだぜ?まあ、人間の死とは意味が多生違うかもしれないがよォ』
「よく分からんな…じゃあ、別の人間を探せばいいのか?」
『必死だねぇ…いいのかい?これ逃したらお前、二度と満足に歩けねえぜ?』
「グッ」
確かに、そう言われるととても惜しい。だが、それでも俺にとって彼女の記憶が失われるのは…それに、もしもだ。もし、この先……だが、それを言葉にする前に。
「師匠?」
「ッ!?」
控えめにドアを叩く音がした。俺は平静を装い、扉を開く。
「大丈夫ですか?やっぱり顔色悪そうですけど」
「あ、ああ、問題ない」
「嘘です」
キッパリ言い放つ彼女に、俺は面食らう。
「……」
「師匠は嘘が下手です」
「そう、か」
「せっかく師弟なのに、言ってくれないのは寂しいですよ」
俺は彼女の悲しむ顔に弱い。それに、いつか誰かが言っていたが、弟子は勝手に育つらしい。いつまでも隠せるものでもない。
「スピカ――実は」
俺は、今起きた全てをスピカに伝えた。忘れていた右膝への恨みが、戻ってくるのを感じた。
「……私ではないんですね」
話を聞いたスピカが、ボソリと何かこぼした。
「え?」
「いえっ、何でもないです」
彼女は、気を取り直したように努めて明るく言う。
「師匠はどうするんですか?」
「俺は……わからない」
自分がどうすべきか、どうしたいかが曖昧で情けない。
「そうですよね、すぐに答えが出るものじゃないですもんね!」
「ただーー」
これだけははっきりとわかる。
「スピカと一緒にいるさ」
「っ!?」
スピカの表情が固まった。
「一人前になるのを見届けないとな」
「そ、そうですよね……びっくりした…っ」
後半は聞き取れなかったが、ひとまず先延ばこの問題は先延ばしにした。すぐ向き合うことにはなったのだが。
◇
最近、スピカの元気がない。会話をすれば明るく応えてくれるのだが、ふとした時に上の空となってしまうのだ。記憶が原因かとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
『調べてこいだとォ?』
ガスパールが片眉をあげる。まるで人間のような表情だ。
「頼むよ、べつに俺のそばにいないといけないわけじゃないんだろう?」
こいつが、たまにフラフラどこかへ飛んでいくのを俺は知っていた。
『オメェにプライバシーはねえのかよ』
それを言われると返す言葉もないが、少なくともこいつに言われたくはない。
「聞いても答えてくれないのだから仕方ないだろう」
それに、何だか嫌な予感がした。
『人に聞かれたくない事だったらどうすんだよ』
「その辺の判断は任せる」
『精霊を道具のように使いやがって…貸し一つだかんなァ』
ため息をつきながら飛んでいったガスパールだが、しばらくすると戻ってきた。
「どうだった?」
『テメェ可愛い悩みだったぜ?あとお前が悪ぃな』
「そ、そんな気はしてた」
何を言われるか怖くてたまらないが、これも師の定めだろう。俺は心して聞いた。
『テメェの言う通りスピカの跡をついていったらよぉ、鍛冶屋に入っていったんだよ』
「鍛冶屋?」
『おゥ、並んだ武器を見てはため息の繰り返しでな?見かねた店主が話しかけたんだわ』
◇
「嬢ちゃん、何か探しているのかい?」
「あ、いえっ、そのっ……」
スピカは、呼びかけにしばらく慌てふためいたが、やがてぽつりと漏らした。
「実は…」
先日、仲の良い魔術師と師弟の話をしたらしい。その際、魔術師の杖が師から贈られたものだと教わったらしい。
「杖は魔術の媒介だけではなく、導の意味も込められているって」
「嬢ちゃんの師匠は……ああ、アイス屋の…頼んだみればいいじゃねえか」」
「そんなっ、私はいつももらってばかりですから…」
そう言いつつ、スピカの表情は晴れない。
「そうかい?じゃあ、もしアイス屋がきたら、少し負けてやるよ」
「あはは、ありがとうございます」
◇
「そんなことが…」
『フッフッフ、天下の勇者様も弟子の機微には手も足も出ないってか?』
「ああ、魔王を倒すよりよっぽど難しいさ」
誰かを気にするということは、口で言うよりずっと難しい。俺は、そんな単純な事実に今更気付き、苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、行くか」
『今から行くのか?』
「大事なことは先延ばさない方がいい」
『まあ、そうだな』
何か言いたげなガスパールを無視し、俺は部屋を出た。




