第二話
俺は、身体が冷えていくのを感じた。
魔力を通した目によって、奴らの体躯が次第に明らかとなる。
ギョロついた大きい瞳、人の背ほどある体長に、地に届きそうな長い腕。
特に、あの鋭い爪は人など容易に切り裂ける凶器に他ならない。
その名は。
「デビルモンキー……ッ」
◇
「「「kkkkkgiiii!!!!!」」」
恐怖心を煽るように、不気味な声で鳴くデビルモンキー達。
反響した音が俺を包み込み、逃げ場などないことを思い知らせる。
「kawhgowalgaaaa!」
鼓膜が破れそうな程大きい奇声を合図に、10を超えるデビルモンキーが向かってきた。
俺へ一瞬で近づき鋭い鉤爪を振り下ろすデビルモンキーに、何とか剣を合わせる。
「グッ」
先程の魔物とは比べものにならないパワーに体勢が崩れた。
俺の右膝じゃ、正面から受けるのは自殺行為だ……っ。
考える間にも、次々と攻撃を仕掛けてくるデビルモンキー。
何故か全員で襲ってくることはなく、一体だけで俺に向かってくる。
後方のデビルモンキー達は不愉快な笑い声を上げるばかりだ。
懐に入られないよう剣を払うが、スウェーバックで躱される。
返しとばかりに突き刺してきた尾を剣の腹で受ける。
「グぁっ」
勢いを殺しきれず、衝撃が全身を駆け巡った。
当然、右膝が悲鳴を上げる。
わずかな硬直の隙をつき、デビルモンキーの払った手が迫った。脇腹に直撃し壁に叩き付けられる。
「がフッ」
なんて威力……っ!
「gkgjaopjaaaa!!!」
「ゲホッゲホッ……ッ」
当たる直前に辛うじて魔力で防御したが完全には防ぎきれなかった。
咳き込みながら、視線だけは意地でもデビルモンキーに向ける。
デビルモンキーは嘲笑う。
この魔物には、獲物でアソブ習性がある。
生きたまま、獲物を死なない程度に食いちぎり、恐怖にゆがんだ獲物を見て笑うのだ。
獲物が諦めれば、痛みを感じる箇所を攻撃して強制的に反応させる。
今回は俺を”アソビ”の標的に定めたようだ。
「……っ」
俺は、右膝を痛めており激しく動くことは出来ない。
それに、元勇者といえどこの数のデビルモンキーを相手にするには月日が経ちすぎた。
「「「ggayaraga!!!」」」
壁を背に出来るよう、右膝を庇いながら少しずつ下がる。
途中にじり寄ってくるデビルモンキーを剣で払うが、奴らはいとも簡単に避ける。
そして、異様に右足を狙って攻撃してくる。
「……クッ」
……右膝の怪我に気付いている。
何度目かも分からない攻防の末、ついに一体の蹴りが俺の右膝を捉えた。
「がァァァッ」
まずい……変な汗が止まらない。
溜まらず座り込んでしまう。
「ハアッ…ハアッ…」
うずくまるように、じっと動かなくなった俺。
デビルモンキーはじっくりと恐怖を実感させるように近づいてくる。
すぐには襲ってこない。
その代わり、デビルモンキーは続々と集まってくる。
全てのデビルモンキーが、特等席で見ようとせめぎ合っていた。
徐々に、徐々に、存分に恐怖を感じられるよう、俺の目と鼻の先まで近づいて。
醜悪で、卑劣な魔物……。
――が、今回はそれが好都合だった。
「……だ」
「???」
「射程範囲内だ」
「gigwwyo!?」
先頭のデビルモンキーは、俺が一気に解放した魔力に気付き距離を取ろうとするが、他のデビルモンキーが邪魔で動けない。
「今更逃げても……遅い」
右手の聖痕が光り輝く。
熱い魔力がほとばしり、全身に力が漲った。
「gaoghhagwowrga!!!」
振り下ろしたデビルモンキーの爪が俺に当たる寸前。
「つぁ……っはあぁぁああ!!」
右足を踏ん張ったことで耐えがたい激痛が全身を駆け巡るが、無視して構えた剣を振り抜く。
弧を描くように振られた剣は、飛ぶ斬撃となって全てのデビルモンキーを両断した。
両壁に余波で深く抉れた線が引かれ、俺の持っていた剣は刀身から砕け散った。
「ハアッ…ハアッ…」
しかし、そこで俺の体力も魔力も底を尽き、うつ伏せに倒れてしまう。
今襲われたら対抗できる手段がない……ッ。
留まるわけにもいくまい。
ここは、這いつくばってでも進むことにする。
真っ暗な中、どっちが出口かも分からなければ、ここが全体でどの辺りかも分からない。
「全く、こんなのばかりだ……ッ」
ぼやきつつ、俺は暗闇へと進んだ。
◇
奥へと進んでから、どれだけ時間が経ったのだろうか。一晩だったような気がするし、数十秒しか経ってない気もする。気を失ってから深く考えるのをやめた。考えると腹が減るし、空腹は全身をキリキリ痛めつけるから避けたかった。
あれから進むこと不明。横穴に滑り落ち、垂直落下すること数回。全身を痛めながら進んだ俺は、もはや自身がどこにいるのか分からなかった。
魔力がない。明かりもない。故に、広さも分からない。どうやらこのダンジョンは、俺が諦めるのをじっくり待つらしい。デビルモンキーより、余程たちが悪かった。
「ハアッ……ハアッ……ッ」
段々精神がすり減っていくのが分かる。周りが暗いせいか、心の視野も狭まるようだ。考えないようにしようとしても、不安が次から次へと溢れてきた。
――こんな調査受けるべきではなかったか?
いや、天井裏にいた刺客に殺されていたはずだ。
――やはり闇ギルドに入ったのが間違いだったか?
いや、他国に行くにしてもこの足じゃ無理だ。
――それとも、魔王を倒したこと自体が間違っていたのか?
……ずっと冒険をしていれば、こんな思いをせずに済んだのかもしれない。
――魔王を倒さない方が俺は幸せだったんじゃないか?
勇者が魔王討伐を後悔するなんて、皮肉も良いところだ。
「……」
人生に底なんてなかった。
落ちて、落ちて、落ちて、どこまでも落ちていく。
気付けば、20年。
そして今、どこかも分からない場所で孤独に死ぬのを待っている。
だが、それでもいいかもしれない。目を閉ざせば、楽になれる。
『私たち、強くなって……いつかみんなを見返しましょっ!』
その時、脳裏をよぎったのは、彼女の言葉だった。
それでも良い?そんなわけがない。
どれだけ虐げられようが、醜く生きてきた。
俺はもう勇者じゃない。
だが、セオドアだ。用済みの人形などではない!諦めるな、絶対に――何とかしてこのダンジョンを出て行ってやる。
「”元勇者なめんなっ!”」
俺は、手を伸ばした。
「……ッ!?」
しかし、覚悟とは裏腹にどんどん力は抜けていく。
「っ……」
意識が消えかけたその時。
『――やっときたなァ、セオドア』
誰かの声がした気がした。




