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第十九話

 クロムの町で暮らしてから半年が経った。

 勇者化にも大分慣れ、闇ギルドですり減らした心身も徐々に回復した。

 スピカと言えば、すっかり冒険者として名を馳せている。最近は、ギルドでできた新しい仲間達と一緒に依頼を受けているようだ。夕食時に彼女の冒険譚を聞くのが、毎日の楽しみである。だからと言って、俺は単なる無職と化したわけではない。

「いらっしゃい」

「おじさんアイスちょーだい!」

 現在、俺はアイス屋の店員として日々町人の笑顔に貢献している。



 あれは、ハマってしまった例のアイス屋に通い詰めていた時だ。店仕舞いの日暮に不届きものがやってきた。売り上げを狙っていたそいつを、ちょうど通りかかった俺が成敗した。その際、アイス屋のおっちゃんに用事棒として買われたのだ。予想外の盛況ぶりに、人手不足だったのもあるらしい。正直、若い子に人気の出店を、おっさん二人で切り盛りするのは正気を疑ったが、逆にその珍しさが売りとなった。

 さらに店主の吹聴だけでなく、実力者として有名なスピカが場所を問わず師匠と呼ぶものだから、物珍しい目で見られることも増えた。

 今では、「なんだかとてつもなく強いらしいアイス屋のおじさん」として、俺は町に馴染んだ。



 別行動が増えた俺たち師弟だったが、しっかり訓練もしている。動かないとすぐに体が鈍るのだ。

「スピカ、そろそろ終えよう」

 いつものように激しい戦闘後、木剣を放り投げつつ腰を下ろす。

「え~まだまだ足りないです…」

 あれだけ動き回ったのに、スピカはまだまだ元気そうだ。

「いや、もう限界だ…っ」

「あれだけ激しかったのにっ!?」

 スピカは信じてくれないが、もう本当に限界なのだ。何を隠そう、俺はほぼ全身を勇者化しながらスピカと手合わせしている。なぜなら、あの戦い以降、スピカの成長速度がまた格段に速く、もはや勇者化しないとついて行けないからだ。そのせいで、今日は魔力量も底を尽いた。俺がスピカに合わせられるのは、あとどれだけか……。

「それにしても、師匠は凄いです!」

 言いながら、スピカが水筒を渡してくれた。

「なんだ?いきなり」

「どれだけ本気で向かっていても全然底が見えないんですもん」

「アイスのおじさんは伊達じゃないってことだな」

「アイスにそんな秘密が!?」

「こう混ぜる力は、戦闘の真理に迫って…」

「なんと!」

「まあ嘘だが」

「っ!?」

 今日もスピカは素直だ。

「やっぱり、そのゆうしゃか?っていう力は凄いです…魔力を必要とはしますけど全盛期の力が得られるなんて、聞いたことないですよ」

「それは思う。それに、俺のことを知っていたような」

『セオドア、力が――欲しいか?』

 あの時、たしか精霊はそう言っていた気がする。魔王討伐の際にでも会ったのだろうか。

「会ったことあるんですか」

「いや、そもそも姿が分からないんだよ」

「今頃どこにいるんですかね」

「さあな」

 精霊、か。そういえば、あの幼女精霊が言っていた。


『たいか、のような、ものです……なにごとにも、たいかは、あります』


 なぜだろうか、どこか引っかかるような。だが、それを上手く言葉にできず、俺は異なることを思い出した。

「そうだ、今夜ゴードンから話があるらしい」

 ゴードンとは、アイス屋の店主だ。

「ゴードンさん?新味の試食ですか?」

「どうだろうな…いつもと少し雰囲気が違った」

「何でしょうね」

 首を傾げたスピカとともに街へ戻る。



「お前たちにはまだ話していなかったな」

 深刻そうに始めたゴードンは、そう告げた。

「実はな、昔俺は王都でアイス屋をしていたんだ」

「そうなのか、知らなかった」

「言うのは初めてさ。自分で言うのも何だが、それなりに流行った。王女様にも食べていただいたこともあるんだぜ?」

「っ!?」

 なぜか隣でスピカが反応したが、彼女は何も言わなかった。

「ずっと王都でやらなかったのか?」

「まあ、俺よりずっと大きい菓子店にすぐ真似されてな、完全に乗っ取られたよ」

「ひどい…」

 スピカが手で口を押さえた。

「いや、それは仕方なことさ、それより俺は誰かがアイスを初めて食べた時のあの顔が好きなんだ」

 言わんとしていることはわかる。あれは、幸せを顔で表現した疲れの吹っ飛ぶ笑顔だ。

「それに王女様に言われた、この味を広めてほしいってな」

「そうか、でもどうして今なんだ?」

 すると、ゴードンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚いた。

「そりゃだってお前さん、今町中その話題で」

「そ、それより、どんな味にするんですかっ」

 なぜか慌てたスピカが話を遮った。

「お、おう、それは■■■■■様の好きなベリー味だよ」

「ん?すまん、もう一度言ってくれ、よく聞き取れなかった」

「だから■■■■■様だよ」

「あ、ああそうか」

「あ、あのちょっと…」

 おかしい、どうやら、聞き取れないのは俺だけらしい。さっきから、その名だけが聞き取れないのだ。というより、言葉がなぜか頭の中で完成しない。とても、浮遊感が漂う不快な感覚だった。

「『王女も愛した味』ってキャッチコピーとかどうだ?」

 だが、水を差すわけにもいかない。俺は、無理やり飲み込み話を続けた。

「いいんじゃないか、どうせゴードンのことだから、試作は出来ているのだろう?」

「へへ、今持ってくるから待ってろよ」

 ニヤリと笑ったゴードンが奥へ消える。スピカが心配そうにこちらを伺った。

「師匠、大丈夫ですか?なんだか顔色が優れませんが」

「いや、何でもないよ」

「そう、ですか…」

 上手く言葉にできないのに、相談も何もない。気遣うスピカを横目に、俺はため息をついた。

「もう少し改良したらまた食ってくれよな」

 ゴードンの家を後にし、俺たちは宿へ戻った。

 ベッドへ横になり目を閉じる。魔力にビリビリとノイズが入った。もう、魔力維持が大分キツいな。スピカとの訓練後は、大体こうなる。

「まあ大丈夫か……《勇者化―解除》」

 もう寝るだけだからと、勇者化を解いたその時だった。


『セオ君っ』『私たち、強くなって……いつかみんなを見返しましょっ!』『セオ』『わたし、この旅が終わったら…』『セオドアっ』『見て!あんなの城で見たことないわ!』『セオドア……』『やったわねっ、”セオドア”!』『セオドア!』


『ねえ、セオドア』


「ッ!?」

 心臓が激しくノックする。冷や汗が流れて止まらない。なんだ、何が起きた……ッ!?


『お、おう、それはアトレイア様の好きなベリー味だよ』

『だからアトレイア様だよ』


 俺は忘れるはずがないあの女性のことを、今の今まで全く思い出せなかったのか!?

 いや、認知すら出来なかった。

 思わず飛び起きる。

「つぁ!?」

 相変わらずの右膝の痛みに嫌気が差す。

「ハアッ……ッ、ハアッ……どういうことだ……?」

 その時。耳元で、どこかで聞いたような声がした。

『オイ、やっと気付いたのかよ』

「っ!?」

 仰け反って声の主を確認すると。

『ヘッ、相変わらず百面相な表情筋してんなァオイ!』

 見知らぬちんちくりんが浮いていた。

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