第十八話
数日後、俺達は村に別れを告げ、クロムの町にいた。
「わああ!」
目を輝かせているスピカは完全にお上りさんそのもの。スピカが村を離れることについて聞くと、精霊が守ってくれるとのことらしい。
「し、師匠……こんなにたくさん人が……!」
「足を止めると邪魔になるぞ?」
「あ、すいませんっ」
都会ほど、人の流れがはっきりしているものもない。つっかえては怒られてしまうので、止まりがちなスピカを促して歩かせる。ただ進めば進むで……。
「師匠、あれ何ですか!」
カラフルな店に目を奪われたスピカ。
「ケーキ屋じゃないか?」
「ええぇ……!」
感嘆する彼女の目は、それはもう輝いていた。
「じゃああれはっ?」
「冒険者ギルドだな」
「ギルド!?」
その後も、幼子のような質問は続いていく。
「あれは!?」
「宿屋だな」
「あれは!」
「教会だな」
「あれは!!」
「町の掲示板だな」
どこかデジャビュのような感覚を覚えながら、一つ一つ紹介していく。
「これが都会……!」
静かにつぶやいたかと思うと、いきなり走って行き、非常にせわしない。
「元気だ……」
興奮しっぱなしのスピカをなんとか宥め、俺たちは宿屋に向かった。
◇
「師匠。これからどうするんですかっ」
宿屋でこれからのことを話し合う。
「金を稼ぐ、だな」
「お金ですか?」
「まさか……いや、いいかスピカ?ここでは物々交換をあまりしない」
「さ、さすがにそれくらい知ってますよっ」
「よし、じゃあその綺麗な石をしまってくれ」
「これがお金ではない……っ?」
スピカは、驚いた表情でそれをしまった。
「しばらくここで過ごすからな、ここは手っ取り早く冒険者ギルドに行くか」
「冒険者!絵本で見たことあります!」
「それなら良かった、じゃあスピカの登録を済ませに行こう」
立ち上がった俺につられ、彼女も腰を上げた。
「師匠はもう登録してるんですか?」
「昔していたが今は無理だな、俺はお尋ね者だ」
「ああ、だから街に入る時一回別れたんですね」
まともな方法で俺が街に入ることはできない。まあ、ここは大きい町だしそうそうばれやしないだろう。
それはさておき、たどり着いた冒険者ギルドは、町から出やすいよう門を過ぎてすぐ傍にあった。少し表情の硬いスピカに思わず微笑み戸を開けば。
「おい!なんで報酬こんだけなんだよ!?」「うおおおおお!魔物を狩るぜええええッ!」「それじゃ、今日と言う日にかんぱーーい!!」「このクエスト受けてみようぜ!」「全部ないなったあああああ」
そこは喧喧諤諤たる雰囲気に包まれていた。
「変わらないな、冒険者ギルドは…」
新たな生活の幕開けを感じつつ、俺達は中へ入っていった。扉の向こうは、町とはまた違った騒がしさに溢れている。町の賑やかさとも、闇ギルドのギラついた雰囲気とも異なる圧倒的な活力だ。ちょうど、依頼が更新されたのか様々な冒険者が掲示板に集まっていた。
「すごい…ですね……」
「すぐに慣れるさ」
スピカを受付まで連れて行くと、これから行う魔力測定や実力試験の説明を受けた。
「それじゃ、あとは頑張れ」
「期待してくださいっ!」
まあ、彼女なら大丈夫だろう。俺は、吸い寄せられるようにギルドを見回った。かつて勇者だった頃、路銀稼ぎに冒険者として活動したことがある。何一つ変わらない光景にノスタルジーを感じた。
掲示板に貼られた以来に目を向ける。掲示板にはたくさんの依頼が貼られており、『迷子の犬捜索』や『薬草採取』などの簡単なクエストから、グリフォンやらサイクロプス等の『上級魔物討伐』まで様々だ。
「精霊の沈静化は……ないか」
スピカがこなせそうな依頼を探しながら、道中で狩った魔物を売り、ギルドを出た。
気の向くままに散策していると。
「そこのあんちゃん」
三角錐のカップを持ったおじさんが俺を呼び止めた。
「どうだい、氷菓子は?」
「氷菓子?」
「ああ、冷たくて美味しいよ!」
渡されたのは、乳製品を冷やして固めたものだった。氷魔術を応用して出来た魔道具で作ったお菓子らしい。
「……うまいな」
「だろ?」
スピカにも買ってやろうか。が、すぐに溶けると聞き、今度一緒に行けば良いかと思い直す。
「しかし、この氷菓子、クセになる」
その後もぶらついていれば、いつの間にか町が一望できるところまで来ていた。
ベンチからの眺めは中々といったところで、この町の様子がよく分かる。
「良い街だ……」
たくさんの人が、道を行き交い生活している町は、まるで生き物だ。子供達が走り回る様子も見え、まさに穏やかな昼下がりといった雰囲気。
「驚くほど平和だ…」
先ほど、甘いものを食べたせいか、眠気が襲ってくる。うとうとしていたのだが、やがて意識がまどろみの中に沈んでいった。
◇
「セオ」
意識ははっきりしないが、誰かに呼ばれた気がする。懐かしくて、暖かい。安心するような、声。
「わたし、この旅が終わったら…」
次第に明らかになる光景、誰の声かも分かった。アトレイアだ。ああ、そうだ――これはあの旅の…あの夜。二人だけの見張りで。
「そんなのいや、だってわたし……」
彼女は、いつの間にか焚き火じゃなくて俺を見ていて。
『……ぅ』
時折、ノイズが走る。
「そしたら、あなたと…」
俺も、彼女から目を離せなくなって、それで。
『……しょうっ』
彼女の少しひんやりした手が、俺の手の甲をなぞり、絡まって――。
「師匠っ!」
「ハッ!?」
大きな声がして、目を覚ます。眼前には、心配そうな弟子の顔。
「あ……ああ、おはようスピカ」
「もうっ、こんなところでお昼寝なんて…もう夕方ですよ」
「なんだと?」
辺りを見回すと、夕暮れに染まった町の景色が広がっていた。
とても大切な夢を見た気がする。
「スピカ、夕焼けが綺麗だぞ」
「もうっ、またごまかしてっ!知らないですからね、夜寝られなくなった……って、たしかに綺麗ですね」
「だろう?」
しばし、二人で見ていると、
「師匠っ、じゃじゃーん」
スピカが冒険者ライセンスを取りだした。
「おお、おめでとさん」
「はいっやりました」
「なんかおいしいものでも食べに行くか」
「行きましょ行きましょ」
スピカと並んで歩く。
「さっき美味しそうなアイス?を見つけた」
「なんですかそれっ」
「甘くて冷たかった」
「冷たい!?」
さっき見た夢は思い出せなかったが、それでも良かった。




