第十七話
「セオ……その右手……!」
手の甲に輝く聖痕。十歳の誕生日、僕は勇者に選ばれた。
「みんなを守ってみせるから!」
怖いような、でも期待にくすぐったいような気持ちで村を出た僕は、初めて見た大量の人、煌びやかな街並みに圧倒された。
国で一番人が集まる王都、その中心――シストニオ王城。
きっと、これからすごい冒険が待ってる……!
何も知らない僕を待っていたのは。
「あんな平民がなぜ……」「うっ、これが平民の匂い……なんと醜悪な」「我々はこんな平民に世界を託さなくてはならないのか?」「神は何をお考えになったの……」
平民に対する悪意だった。
◇
けれど、彼女だけは優しくしてくれた。
その子がいたからこそ、腐らなかった。
アトレイア・ラスカール・シストニオ、この国の第一王女様だ。
「セオ君っ」
彼女は魔術の扱いが苦手だった。同じような境遇からか、僕達はすぐに意気投合した。
夕焼けの中、僕達は誓い合った。
「私たち強くなって……いつかみんなを見返しましょっ!」
「うんっ!」
彼女の笑顔を守ろう、そう思った。
あの日の誓いから5年、僕は皆を守るために死ぬ気で鍛えた。それに、彼女も驚くほど実力が伸びた。多彩な魔術を操る彼女からは、苦手な過去を想像することが難しいと思う。
そして、僕達は魔王を倒すべく旅に出た。仲間は、第一王女アトレイア、公爵家の跡取りであるライアン、聖女モカロネ。
「うおおお!セオドア!頑張ってくれッ!」「あなたは私たちの誇りよ!」「期待しているぜっ!」「がんばれー!」
王都を出る際、たくさんの人々に声援を送られた。
”史上初の平民勇者”
その称号は、王都中、いや王国中の平民の期待を一身に背負うということ。それを実感した。
旅は、全てが順調とは行かなかった。たくさんのトラブルに見舞われたし、絶体絶命のピンチだって幾度となく経験したけれど……。
「ガァァアア…ッ」
力を合わせて僕たちは魔王を倒したんだ。
「やったわねっ、”セオドア”!」
「ハアッ……ッ、ハアッ……これでっ」
皆が笑顔で暮らせるようになる!
それに、やっと、彼女に思いを伝えられる……っ。
そう、呑気に考えていたんだ。
「勇者セオドア――貴様を国家転覆の罪で国家追放の刑に処す」
僕は勇者から罪人になった。
身に覚えのない要人殺害に、曖昧な証拠。必死に、違うと叫んだ。もちろん、僕はやっていなかったし、事件現場など近づきもしなかった。
だけど、いくら訴えたところで意味は無かった。もはや、誰がどうしたかなどはどうでも良いことだったんだ。全員が、僕を疎ましく思い、追い出したかった。
それだけのことだった。
「まさか……ッ!?」
自然と目はライアンの方へ。
旅が終わってから、彼はずっと不審だったから。
「ククッ」
「なッ!?」
あいつは……嗤っていた。
それでも――。
「アトレイア……」
それでも、僕には……セオドアには彼女がいる。彼女だけは、アトレイアだけは僕を見捨てない。見捨てるはずがない。
僕が、縋るように王の隣に立つ彼女を見つめると。
「……」
「ッ!?」
――彼女は、見せたことのない冷たい目を僕に向けた。
「な……んで……」
僕は、アトレイアにまで見放された。
「やあ」
王城の前で、ライアンが待ち伏せていた。
「大変だったんだよ、君を追い出すのはさ?」
やはり、彼の仕業だったらしい。ライアンは、貴族の誇りを過分に持ち合わせ、もともと平民の僕に対し良くない感情も持っていた。だが、どこか様子がおかしい。
「……」
そうは思いつつ、今更どうすることもできない。
諦めて、何も言わずに歩き出す。
だというのに、ライアンは僕が横切る瞬間
――にやけながら言ったのだ。
「安心しなよ、アトレイア王女は僕が支えてやる」
「ッ!?」
足が止まる。
アトレイアのあの態度は……ッ!?
じっとり近づいてきたあいつは、僕の肩に手を置き。
「これから君を射る。避けたっていいさ、振り向いてもいい。けどね、君の村が……わかるだろ?」
と、言った。
「ッ!?」
彼は、肩を二回叩くと、ふっと離した。
行くしかない……ッ。
震える足を引きずって、僕は歩いた。
それは、経験したことのない恐怖だった。
魔物ではない、人間特有のドス黒い悪意…。
くる……ッ!
全身で危険を感じ取った。
避けたい、そう思った。
けど、振り向いたら村が……。
無理矢理我慢した――直後。
「ぐぁッ!?」
右膝に甚大な衝撃と、遅れて焼けるような熱さが走った。
アツイアツイアツイ……ッ!?
熱さでのたうち回る。
「ふふふふ、あはははっ」
ライアンの高笑いが、虚しく空に響き渡った。
ポツ……ポツポツ……ザーッ。
「降ってきた……」
前が見えないほどの強い雨の中、カビが生えた外套を深く被る。雨が降ると傷が痛んだ。僕は、足早に路地裏を歩いた。
帰る場所などなかった。
あの後、城を追放された僕が病院など行けるはずもない。
深々と膝を貫いた矢は、呪われているんじゃないかと思うくらい治らない……後遺症が残った。国を離れたかったけれど、長旅ができないから王都から出られなかった。
罪人の僕は、薄暗い陰の道をあちこち転々と移動した。
神様はきっと、僕のことが嫌いなんだ。証拠に、行く先々で不可解な不幸が重なった。不自然な情報不届きに、謎の依頼未達成、法外すぎる罰金の数々。人の悪意に晒され続け、心が荒むのに時間はかからなかった。
――結果、俺は闇ギルドに所属した。
人間として扱われないこの世界で、それでも俺は生き残った。
そうでないと、俺は――。
◇
「俺は諦めが悪いのさ」
「だからあのとき……」
彼女は神妙な面持ちでつぶやいた。
「そう思うことで自分を保っていた……今思えば、単なる負け惜しみだったけどな」
「でも、そのおかげで私は助けられました」
彼女は俺の手を両手で包むと、笑った。
「やっぱりセオドアさんは、勇者だから助けるわけではないです」
「……そんなことは、ない」
「いいえ、違います。セオドアさんだから、人を助けるんです。そこに勇者は関係ないです」
包む手に力が入る。
「助けられた私が言うんだから、間違いありません!」
「スピカ…」
勇者として旅をして、闇ギルドの奴隷のような扱いを受け、思えば誰かに強制された人生を送ってきた。勇者化を得て自由になって。それで、自分の為に生きようと思ったがやりたいことなんて浮かばなかった。しかし、ようやく分かった。
俺は、勇者としてではなく――誰かに認めて欲しかったんだ。俺の存在を、生き様を、誰かに知っていて欲しかったんだ。
それが、本当の願い。
「だから、これからも」
彼女はその先を言わなかった。しかし、どこまでも真っ直ぐなその瞳は、これ以上ないほど雄弁に語っていた。
だからこそ、俺は。
「一緒に――来るか?」
そして、今は君に受け継ぎたい。
「はいっ!」
誰かを助ける、その思いを。




