第十二話
心臓めがけて飛んできた根に対し、ゴブリンを盾にすることで反応を見る。
「gigiajek!?」
俺の代わりに胸を貫かれたゴブリンは、一呼吸の間に干からびてしまった。
「やはり、俺の勘は正しかったようだ……」
触れたら魔力、いや生気を吸い取られる類いか、ますます迂闊な接近が命取りだと分かった。ありがとう、見ず知らずのゴブリン。しかし、精霊の繰り出す根は、気付かれたなら最後とでも言わんばかりに急増する。
「おいおい、なんて数だ……」
四方八方から襲いかかってくるその根を避ける、避ける。ひたすら避ける。近づこうにも精霊の周りも根で密集していて、とても触れずにはたどり着けそうもなかった。こうなったら仕方ない。
「これはスピカと合流してから使いたかったんだが……ッ!」
両足の部分勇者化に加え、全身に纏っていた魔力を一時的に高める。これで、より俊敏な動きを可能にするのだ。全身勇者化ほどではないにせよ、魔力の消費が激しい。あまり長い間は使えないが、そうも言っていられない。それに。
「……!」
今、スピカの魔力を感じた。無事、ゴブリンを倒せたようだ。任せたとは言え、まさか本当に倒してしまうとは。彼女には、このまま精霊の隙を見つけてもらう。
「さて、回り道はしたが先に進めそうだ」
かねてからの作戦、『俺が防御を引き受け、スピカが機を窺って攻める』をこれから始めるとしよう。
勢いよく駆け出し、密集した根を射程範囲に捉える。
「ハアアッ!」
深く踏み込み、魔力を込めた剣を思い切り振るう。
「……!?」
広範囲の斬撃で、大地は根こそぎめくれた。一瞬の空白を使って、精霊に向かって突撃する。
「……!」
心なしか精霊が目を見開いたように感じたが、すぐに根に囲まれて全身を隠してしまった。
「隠れても意味ないぞ」
上下左右から伸びてくる根を躱しながら、再び剣に魔力を込め飛ぶ斬撃を繰り出す。
「触れずに斬るッ!」
吸い取られるのは生気であって、魔力ではないからしっかり根を切ることができた。連撃で精霊の装甲を剥がしに掛かる。そのとき真後ろから死の気配を感じ取った。
「ッ!」
反転しながら剣を構えると、横に振るった腕を空振らせた精霊がそこにいた。足下を見れば、精霊の足が木の根と同化しているではないか。どうやらこの精霊、木の根を伝って自由に移動出来るようだ。
「何でもありだな……ッ!」
反撃すると精霊は再び木の根に潜っていった。木の根と同化できるなら、あの腕も根と同質だと考えた方が良さそうだ。
「あれにも触れてはいけないな」
気をつけることは多いが、大丈夫だ。自身が引きつけるほど、スピカが攻撃しやすいのだから。
「スピカのは隙を見つけただろうか」
◇
「あ、今こっちに避けたからそこで…あぁ、ここで持ち替えるんだ…わっ、今の普通そう避ける!?」
セオドアが必死に精霊の意識を引きつけている間、スピカは物陰から攻撃の隙を探していた……のではなく、セオドアの動きに圧倒されていた。
「えぇ、斬撃って飛ばせるんだ……セオドアさんすごすぎ」
まるでスポーツを見ているかのように、セオドアの一挙手一投足を追うスピカ。今まで戦闘を独学でこなしてきた彼女にとって、この実践的な見稽古は言わば宝のような時間であった。相手や攻撃に対する間合いの取り方、または詰め方。武器をどんな姿勢で振るうか、受けるか。全てが彼女に新たな財産として蓄積されていく。
その様子はもはや共闘どころではないのだが、現状を見たら泣き出しそうなセオドアに、今のスピカを知る術はない。よって、彼女は誰にも咎められることなく、この至福の時間を堪能していた。
「そうだ、隙!隙を探さないと!」
しばらくして、本懐を思い出したうっかりさんは観察の対象をようやくセオドアから精霊に変えた。
「ごちゃごちゃ考えても仕方ないし、とりあえずやってみよう!」
セオドアが人外じみた斬撃を飛ばし、精霊の顔を露わにした瞬間。スピカは死角から飛び出していた。しかし、グルンッと人間ではあり得ない挙動で精霊の顔面が180度回転し、スピカを捉える。
「うわっ!?」
不意を突かれ、攻撃の機会を逃してしまう。
「キエェェェェェェ!!!!」
奇声と共に精霊が拳を地面に叩き付けると、大量の根が波状に飛び出しスピカを襲う。それを魔力を多分に込めた斬撃で向かいうち、スピカを抱えて距離を取った。
「こんなこともできるのか…今更驚かないが」
スピカと合流し、所感を述べる。
「すいません……」
「人間の形をしているからややこしいが、俺達の尺度で考えない方が良さそうだ」
距離を取らせた精霊は、木の根を引っ込め、次に全身から青白い何かを溢れさせる。
「あれは………魔力の塊か?」
魔力の塊は、ポトリポトリと実った果実のごとく精霊の足下に落下し、徐々にその姿を変化させる。やがて、生まれたそれはまるで。
「動物……?」
スピカの呟きが森に木霊する。
彼女の言うとおり、それは動物の形を模した魔力の塊と言えば良いのだろうか。次々と生み出された魔力動物が、自律した動きで俺達に襲いかかってきた。
「来るぞッ、スピカ!」
「はいッ!」
言うが早いか、とてつもないスピードで突っ込んできた猿の引っ掻きを、何とか剣で合わせる。
「クッ」
受けてみれば分かるが、動物とは形ばかりで実態はまるで違う。とにかく速い上に、一撃が重いのだ。手早く猿を切り捨て、続いて襲ってきた熊の突撃を躱し一太刀。返す刀で、兎の首を斬り飛ばす。
「高みの見物だな」
あの精霊、黙々と動物を産みだし続けるだけで本体は攻撃してこない。いや、出来ないといった方が良いのか?考える間にも、魔力動物の猛攻は止まらない。イノシシの猛進を右手に持った剣で受けパリィ、その後魔力の込めた左手で地面を叩き付け足場崩し。
「ッ!」
精霊の真似だ。浮いた動物を速やかに剣で切り飛ばしていく。片手間にスピカを見る。魔力動物は、根と違って複雑な動きをしてくるから一体一体が中々に厄介だ。もしかしたら、スピカでは荷が重いかもしれない。少し心配しながら彼女を見ると。
「これは…」
戦闘開始時と異なり、明らかにスピカの動きが良くなっている。これはどういうことだ?疑問はすぐに解消される。あの動きの癖…俺か?
いつ盗まれたのか分からないが、彼女の動きは確かに俺のスタイルと酷似していた。常に囲まれないよう立ち回り、相手の動きに合わせ確実に仕留める。望外のスピカ成長に、思わず笑みがこぼれた。
「これ以上は過保護か」
今こそ、反撃のチャンスだ。




