第一話 (元)勇者セオドア 前編
俺の名前は、セオドア。
職業、冒険者。
冒険者と言えば自由気ままな感じがして聞こえは良いが、実際はただの何でも屋だ。
もっと言えば、俺は犯罪上等の闇ギルドに所属している。
だが勘違いしないでいただきたいのは、別に俺がナイフをペロペロするようなイカれた野郎だからいるんじゃあない。
諸事情により、前科を問われない闇ギルドにしか所属できなかったんだ。
だから当然、聖人君子とまでは言わないが性格は良いはずだ。
……まあ、家と呼べるものはないし、明日の飯も危ういのだが。
この時点で人生終わってんな、と皆さん思われるかもしれないが……こう見えても一応――
――元勇者だ。
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◇王都シストニオ
「たしか、次の突き当たりを右だったよな……」
真っ暗な闇の中、ぽつりぽつりと灯されたトーチを頼りに俺は歩く。
迷ったらまず生きては帰れない複雑な地下道。
数々の門番に睨まれつつ進むこと数十分、目的の部屋の前に辿り着いた。
「……」
所属して早5年、初めて目にするギルド長室を前に思わず喉を鳴らす。
覚悟を決めて、ノックしようと手を前に伸ばした矢先だった。
「ッ!?」
まるで見られているかのようなタイミングで、勝手にドアが開いた。
ずいぶんと、緊張感を演出してくれるじゃあないか。
狙い通り、俺はすっかり緊張しながら部屋に足を踏み入れた。
「……ッ」
外とは打って変わって小綺麗な部屋に、息を呑む。
地下にいるはずなのに、閉塞感を感じないほど広い部屋がそこにはあった。
部屋の中央には、膝ほどの高さしかないテーブル。
おそらく名画だろう絵画が壁に飾られ、これまた高そうな絨毯が目に入る。
圧倒されその場で固まっていると、一年は遊んで暮らせる程高そうなソファに座っていたそいつは、威厳を感じさせる低い声で言った。
「セオドアか、そこへ掛けろ」
ツルッツルのはげ頭に、入れ墨がびっしり刻まれた極太の両腕。
ジャストサイズの白いTシャツを着ていることは言うまでもない。
俺が元勇者でなければ、間違いなくションベンちびるであろうこの筋肉ダルマが、闇ギルド長のマーブルだ。
「はい」
マーブルに言われるがまま腰掛けたが、秘密主義の闇ギルド長、その部屋に通された時点で実は嫌な予感がしていた。
「数日前、ここから少し西へ行った場所に、新しいダンジョンができた」
「ッ!?」
”新ダンジョン”
前置きも無しに放たれたその言葉を聞き、俺は予感が的中したことを悟る。
恐れていたことが起きてしまった。
ついに来たのだ、俺の番が。
「どんな魔物が出るかも分からない」
新ダンジョンとは、まだ調査されていないダンジョンのこと。
弱い魔物しか出ないようなダンジョンはまだいいが、逆に高難易度のダンジョンが突然生まれることだってある。
だからこそ、いつ誰が死んでも困らないギルドにこういう依頼が回ってくるのだ。
「――行ってくれるな?セオドア」
換言すれば、生け贄。
穴の深さを調べるために小石を投げるだろう?俺はその小石というわけだ。
行きたくないことこの上ない、が。
「……はい」
断る事はできない。
この界隈では命の価値が等しくないからだ。
平等なんてのは恵まれた者の特権なのさ。
それに――
「それは良かった、では今日中に……天井が気になるのか?」
「……いえ、何でも」
どのみち、断っても殺されるだけだしな…。
「……そうか、では話を進めさせてもらおう――」
俺はある程度の説明を受けた後、部屋を出た。
『おい』
『……すいません』
扉の向こうで、ヒソヒソとした会話が聞こえた。
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「……はぁ」
冷たく黒い首輪をさすりながら、ため息をつく。
これは、装着している者がどこにいるか分かるという魔道具である。
外そうとすれば逆に魔力を吸い取られる親切設計で、そう簡単には取れない。
マーブル曰く「お前の安全を確認するため」らしいが、そんなわけはない。
監視するために決まっている。
どこへ逃げても追いかけるぞ、そんなメッセージがこの首輪に込められているのだ。
というか……
「これどっからどう見ても奴隷だよな……」
俺が現在身につけているのは小汚いよれた服に、革製のボロボロ防具、おまけに従属を示す黒い首輪……いや、もう何も考えまい。
これ以上自分で気を落としてどうする。
さあ、現実に帰ろう。
「……」
俺が現在歩いているのは……いやいや入った、いや、ほんと死ぬほど気乗りせずに入った、件の洞窟型ダンジョンだった。
「現実でも窮屈なのは変わらんな……」
誰にも聞こえないよう呟いたはずだった。
しかし。
「さっきからブツブツうるせえよ!」
「グッ」
怒鳴り声と共に飛んできたグーパンチをもろに食らい倒れ込む。
殴ってきたのは俺の後ろを歩く二人組の一人。
肉風船のような体型をした小太り男、サムだった。
「おいおい、道を塞いでんじゃねえよカスがッ」
「ガッ!」
続いて、倒れた俺を蹴散らしたのが片割れであるヒョロガリのっぽ、アンドリューだ。
このドチンピラ二人は俺と同じ闇ギルドの一員サム&アンドリュー、通称ゴロ&ツキ。
こいつらはこんな危険な場所でも構わずいじめてくるから大嫌いだ。
不思議と組まされることが多いのも最悪だ。
「……」
だが、こんなところで刃向かっても仕方が無い。
無言で痛む腹を押えながら立ち上がる。
「おいおい、天下の勇者様がそんな落ちぶれちゃ見てらんねえぜ」
誰のせいだと言いたくなるが、がまんがまん。
こいつらも中途半端に実力があるから、ダンジョンなんかで争ったらどうなるか分からん。
下手したら全滅にもなりかねない。
そのはずだったが。
「ほんと……二十年前は平民出身の勇者だ!とか言って騒いでる奴らもよぉ、今となっちゃ目を逸らして無かったことにしてるんだから、お笑いぐさだよなぁ!」
「……あまりうるさくすると魔物が寄ってくるぞ」
「あ?」
しまった、つい。
言って気付いたが、もう遅い。
サムは無表情に近づくと、胸ぐらを掴んで言った。
「お笑い勇者が俺達に口答えか?」
手綱を取るようアンドリューを見たが、あいつは止めるどころかニヤけてばかりだ。
あの野郎。
だが、一触即発の空気を壊したのは――足音だった。
「「ッ!?」」
通路の奥から聞こえたのは二匹の魔物の足音。
だが、この軽さから言っておそらく。
「なんだ雑魚かよ」
「おいサム、そんなに言うなら守って貰おうぜ?元勇者様によ」
そんなにって……一言だけだろ。
「ああ、それがいい!ほらいけ”カタツムリ”!」
掴んだ胸ぐらを前に投げ飛ばすサム。
”カタツムリ”
そう呼ばれた俺は、勢いよく魔物の前に放り出された。
「……」
仕方なく背負っていた荷物を下ろし、剣を構える。
現れたのは黒い犬型の魔物ブラックハウンドと、歩く骨人間スケルトンだった。
――元勇者なのだから、魔物などは相手にならないはずでは?
そう思ったあなたは賢い。
だが、残念ながら訳あって俺は激しく戦うことが出来ないのだ。
それは、カタツムリと揶揄されたり、わざわざ追放されたはずの王国を出ずにこんな世紀末ギルドへ所属したりする理由でもある。
それでも、幸い雑魚二匹相手するくらいなら俺でも……なんとかなる。
スケルトンとブラックハウンドは、俺を視認すると勢いよく駆け出してきた。
足の速い黒犬の突進を半身でかわし、反転して飛び掛かってきたところを剣で受け流す。
「そらっ!」
受け流し先を、必死で追いかけてくるスケルトンの方に向け、勢いをつけながら弾き飛ばす。
急に止まれないスケルトンは、飛んできたブラックハウンドと衝突し体勢を崩した。
「ハッ!」
すかさずスケルトンの方へ駆け出し、体重と魔力を込めて剣を突き刺した。
貫かれた頭蓋骨は、塵となって消える。
ブラックハウンドが、その様子を見て距離をとった。
「はあ、はあ」
くそっ、こんな雑魚一匹倒すだけでもこんなに時間がかかるとは……元勇者だぞ?俺は。
「あーあつまんねえ、やっぱあいつ防御だけは一丁前だよなぁ」
「すっとろいくせに防御だけはやたら上手いからカタツムリだしなぁ……じゃあよ、塩かけてやろうぜ」
ニヤリと笑ったアンドリューが懐から取り出したのは。
「ッ!?」
背後から危険信号を感じたため、振り返りつつ剣を構えるとキンッという音と共にナイフが弾かれた。
「何す」「いいのか?集中しなくて」
「ッ」
ブラックハウンドの突撃が背中にクリーンヒット。
倒れないように右足を踏み込んだ瞬間。
「ぐぁッ!?」
右膝に尋常じゃない激痛が走る。
「「ギャッハッハッハ!」」
これだ。
この痛みが、人生のどん底から這い上がる力を奪うのだ。
「……ぐあぁ」
昔膝を射貫かれた後遺症で俺は右膝に大きな爆弾を抱えている。
つまりは、激しい運動が出来ない身体だ。
ましてや、こんな肉体労働をこなせる肉体ではない。
だが、悲しいかな。
人生、適材適所に割り振ってくれるほど上手くできていない。
一度闇ギルドに入ってしまえば、この足でギルドを抜けるのは不可能に近い。
離れようにも離れられないのだ。
ブラックハウンドの追撃に備え、俺は転がりながら距離を取る。
「あっはっは、見ろよアンドリュー、あいつ転がってるぜ!?」
「すっかり溶けてるぜ、サム、なんて惨めだ……くくっ」
しかし、その声にブラックハウンドはゴロツキを敵と見なしたようだ。
「ijghajhgapo!」
そのまま、吠えながら奴らに向かっていったが。
「おいおい、犬っころがよぉ……!」
サムが持っていたハンマーを振り抜くと。
「gya!」
横っ腹に直撃し、絞り出したような声と共に塵と化した。
「よおアンドリュー、これが終わったら王都の良いトコ行こうぜ?」
「ああサム、今回は何故かべらぼうに報酬がたけえからな、尖耳も買えんじゃねえか」
下品な会話をしながら俺の前を歩く二人。
あいつらはもう終わった気でいる。
幸い、ここまでは順調だ。
魔物もそこまで多くもなければ強くもないからだ。
それに比べて俺は。
「ハアッ…ハアッ…」
くそっ、右膝さえ無事なら俺だって……
しかし、その想いは声になることはなく。
俺は何とか立ち上がると、必死に二人の後を追った。