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6日目 再起

 狙撃銃の残響音は霧散していき、代わりに小銃の軽い銃声が建物の間で反響する。

 本来はそれを支援しなければならないのだが、どこかの狙撃手のおかげでそれは不可能となった。


「ツェーザル、生きてる?」


 短く切り揃えたブロンドの髪から鋭く伸びる犬耳、戦場を思わせぬ無邪気な声色の青年――マテウス・オシュケナートは蒼い双眸を爛々と輝かせながら相方を見る。


「側頭部を掠っただけだ。スコープをぶち抜かれたけどな」


 マテウスと同じくらいに切り揃えた黒髪の青年――ツェーザル・マルシャルクはレイジの銃弾に切り裂かれた側頭部を撫でて流れ出る血を掬い取る。

 脈打つような鈍い痛みと、切り裂かれた耳たぶがジクジク傷んでいるけど、どこか晴れやかな気分さえしていた。証拠に、痛みを感じながらも表情は狼を思わせるような獰猛さと笑みを同居させている。


「耳たぶの上、ごっそりやられたね。穴空いたならピアスにできたのに」


「こんなデカいピアスがあってたまるか。あいつ、いい腕だった」


「死んだんでしょ?気にしても無駄だよ」


「……そうだな。任務に戻ろう」


「はいはーい」


 あとは地上部隊へ任せればいい。彼らならば役目を間違いなく果たしてくれる。


 民兵には似つかわしくないグレーの戦闘服や個人装具に身を包んだスナイパーチームは屋上を後にした。


 ※

 

 掠れる視界は暗くて、自分が死体なんだと信じて疑わなかった。

 だけど、視界の端をほんのり覆う暖かな光が生存を教えてくれる。未練がましく現世に留まる幽霊でもない限りは、死ぬべき時に死ねないしぶとい野郎だってことだろう。


「おい、目が覚めたか?」


 低く気怠げな声には聞き覚えがある。久しぶりに言語として認識できるその音は、パスカルの声だっただろうか。もしかしたら、彼が死神だったのかもしれない。


「まだ暗いな。寝てるのかも」


「寝言にしちゃ賢い事を言う野郎だ」


 なんで言葉が通じるようになったのかは知らない。どうして生きているのかも。でも、そんな謎を解明するのはまた後でもいい。

 今はもっと別のことに目を向ける必要がある。やらなければならないことと、知るべきことが多すぎる。


「どれだけ経った?」


「2日」


「俺、頭撃たれたよな?」


「ヘルメットはブチ抜かれたが、弾自体は側頭部を抉っただけだ。運のいい野郎め」


 そう言われたレイジは自らの側頭部を撫でるものの、そこには包帯どころか縫い跡さえもない。まるで、最初から傷なんてなかったかのように。


「……傷は?」


「治したぞ。魔法だって言ったら信じるか?」


 そんなばかな、と言いたくなるような話でも、確かに"魔法のように"傷跡が消えてしまっている。肋骨も折れていたはずなのに痛みはないし、叩いても何ともない。嘘だ、と否定するには証拠が大きすぎた。

 それになにより、ここはレイジの故郷とも全く違うと思われる場所で、物理法則を含めた全てが違ったところで不思議はない。拒絶よりも許容するべきだろう。


 戦闘に巻き込まれ、死にかけて、不思議な体験をしたというのに不思議と冷静でいられたのはきっと、"そうか、そういうものか"ととりあえず受け入れる癖のお陰だろう。

 

 拒絶して困惑するより受け入れてしまえばいい。今までと違うなら慣れてしまえ。記憶が消えても、こういう性格は忘れていなくて良かった。


 きっと、あの場で撃つのを戸惑っていたら間違いなく死んでいた。殺される前に殺して、リディを連れて逃げて、スナイパーと戦った全てにおいて、目の前のことを受け入れて動けたからこそ生き残れたんだ。


「随分とすんなりだな」


「疑って拒絶して、解決するか?」


「面白い奴め」


 仏頂面に癖っ毛の黒髪、狼のように鋭く、黒い瞳の彼はほんの僅かにだけ笑っていた。


「アルギルスは?」


「死んだ。お前がやられたすぐ後に地上部隊が来て、アルギルスにトドメを刺した。リディも連れ去られてな」


 クソが、と悪態しか出ない。これではなんのために命を削ったのかもわからないではないか。

 何より、倒れた自分へ縋りつくリディの顔が忘れられない。絶望に染まった彼女が連れて行かれるまで、動けなかったけれど見ていたんだ。


 今頃酷い目に遭わされていないだろうか。もしも生きているならば、今度こそ言葉を交わしてみたい。

 それに何より、まだ笑顔のひとつ見ていないんだ。あの物憂げな顔と絶望に支配された顔を、笑顔に変えてやりたい。

 彼女が望んでいるかどうかなんて考えていない。レイジが望んでそうしたいというだけではあるが。


「それで、だ。お前はどうしてリディと一緒にいた?どこの傭兵だ」


 余りにも鋭く、7.26ミリ弾よりも貫通力の高い三白眼がレイジを睨む。

 どうしてと言われたって成り行きでしかないし、どこの傭兵かと問われても分からない。今のレイジに記憶はなく、自分の格好と装備からして正規軍だろうと推測するしかない。


「リディとは成り行きだ。言葉がわからないのになんか目的があったと思うか?」


「まあそれもそうか。お前みたいにノードのない奴が傭兵とも思えんし」


 ノード?なんだそれはとレイジは首をかしげる。また知らない単語が増えてしまったらしい。


「で、お前はなんでリディを連れていた?」


「殺されそうだったから」


「……それだけの理由か?」


 それ以外にない。目の前にリディが現れて、その後ろから敵が迫ってきて、リディが助けを求めるような目をしていたから。

 それだけの理由で戦った。傷だらけになって、狙撃されて、死に掛けながら最期までリディの事だけを考えていたんだ。


「クソ民兵とリディ、どっちを助けたくなるよ?」


「それだけの理由で爆弾抱え込んでいたのか……信じるのもアホらしい程にバカだな」


「お前らの事情なんて知らねえよ。どうしてここにいるのか、ここがどこなのかも知らねえんだぞ」


 ほう、とパスカルは呟いてレイジとの距離を一歩詰める。

 レイジは逆に引いた。リディならば大歓迎であるが、男に詰め寄られて喜ぶ趣味はない。


「何ならば知っている?」


「戦い方」


 実際、それ以外のことを覚えていない。戦い方も知っているというより、感覚で覚えている方が近い。呼吸の仕方を知らなくても出来るような、そんな感覚だ。

 名前と戦い方、それ以外の事は思考にモヤがかかったようで何も思い浮かばない。無くしたものを闇雲に探すような、そんな気分というべきか。


「ならば傭兵でもやるか?」


 丁度人手が足りなかったところだと言うパスカルへ、レイジがそうすると返事するまでにかかった時間はそうかからない。

 自分はまだ生きていて、戦えるんだ。最後にまたリディの顔があんな絶望に染まった顔で、それを見ておきながら知らん振りして匿ってもらうなど出来るわけがない。

 そうして匿われることを選んだとしても、いつか自分で自分が許せなくなる。


 ――俺は、守られていてはいけないんだ


 彼女を守るというエゴのため、何人殺したか分からない。そこまで行って後戻りなどできないのだから、最期までそのエゴを貫き通そうじゃないか。

 今のレイジはそんなものに縋ってでも、立っている理由が必要なのだ。


「やってくれるなら話は早いな。ならば今の状況と、これから何をするかを教えてやるから頭に叩き込め」


「身元不明の奴を、よくすんなり受け入れたもんだな」


「百の言葉より、一度行動した方が受け入れやすいだろう。何より、お前の狙撃を見ていたが見事だった」


 レイジがパスカルの前で狙撃をしたのはあの1発だけだった。肉眼では捉え辛い距離にいる敵スナイパーへ、必殺の一撃を放ったあの時だけ。

 結果的に相討ちとなってリディを連れ去られる羽目になったのは最大の恥であるけれど。腹を切るべきか。


「そりゃどうも」


「リディ奪還は急務だが、1人じゃどうしようもない。だけど腕利きのスナイパーがいるなら話は変わる」


 やるか?そう問いかけるような彼の目を前にして、迷う理由なんてなかった。

 戦うことしか知らないみたいで、少し嫌気が刺す。けれども、持っているものだけで何とかしないといけないのが現実だ。

 

 ――忌み嫌われるべきこの力、今こそ使おう。


「俺と来い。代わりに報酬を約束してやる」


「知識も寄越せ。無知は罪って言うし、情報ほど高い報酬もないからな」


 何も知らないのでは、報酬をもらっても騙されるかもしれない。リディを助けたいのが1番の目的ではあるけれど、その後無一文の物乞いになるのは御免こうむりたい。

 特に、傭兵としてパスカルの下請けのような立場になるのだから貰えるものは貰っておこう。


「取引成立だ」


 レイジは命を売り渡した。戦うために。


 きっと、それを後悔することなどないだろう。自分が命を落とすことよりも、何もしなかったことで見知った顔が殺される方を悔やむだろうから。

 

 もう一度銃を手に、スコープを通して虚像の世界を見ていよう。遥か彼方から一方的に死を告げる死神となるために。

 パスカルが投げて寄越した黒いジャケットを身に纏いながら、そんな決意を新たにする。


「作戦開始は明日。今日のうちに必要な知識を全部叩き込む」


 ――無茶言うな。

次回から週一更新になります。


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