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2日目 逃避行

 分からない事が多過ぎるけれど、今はここから逃げる事を先にするべきだ。

 謎解きはあとでゆっくりやればいい。

 銃声を鳴らし過ぎたから、別の敵がやって来てもおかしくないのだ。今はとにかく時間がない。


 流石に多数の敵を1人で相手取るのは無理だから、そういう時は逃げるに限る。


「逃げるぞ、来るんだ!」


 そうと決まればレイジの動きは早い。素早く迷彩のケースと、同じく迷彩のバックパックを背負い、少女の手を引いた。

 目の前で人を撃ち殺し、言葉も通じないような男について来てくれるのか不安ではあるけれど、少なくともそこの民兵たちよりはマシと思ってもらうしかない。


 少女はやはり迷う素振りを見せるが、迫る男たちの声を聞くと足を動かし、手を引かれるままレイジへついて行く。

 今のところは味方だと思ってもらえたのだろうか、他に頼るものもないから仕方なくなのかは探りようがない。


 そして何より、レイジには行き場がない。ここがどこかも知らなくて、言葉も通じないからどこかで匿ってくれと交渉することも出来ない。

 つまり、道案内は言葉の通じない少女に頼るしかないのだ。


 レイジには今みたいに、路地を駆け回って逃げ回るしか出来ることがない。

 

 ——いや、もうひとつあったな。


「——!」


「うるせえ死ね!」


 やかましく叫ぶ民兵の頭を撃ち抜き、その口を閉じさせる。

 

 ——そうだ、戦うことだって出来るではないか。

 

 どうして銃の撃ち方を、戦術を知っているのかは思い出せないけれど、魂に刻まれたそれは確実にレイジを生き残らせてくれる。

 

 しゃがんで安定した姿勢をとり、照準を合わせてトリガーを引く。

 

 それで追ってくる敵は血飛沫を上げて倒れ、敵から飛んでくる弾数が減った。


「行け行け行け!」


 少女と共に狭い路地を走り抜け、時折振り向いて射撃する。飛んできた弾丸が石の壁を砕き、その破片をレイジの顔へ飛ばした。

 敵はそうもいかなかったようで、直接銃弾を顔面に喰らって倒れる。


 断続的に鳴り響く銃声に悲鳴が上がる。

 少女の近くに弾が当たったらしく、怖かったのだろう。


「くたばれ!」


 ——生きて帰れると思うなよ、ぶっ殺してやる。

 

 ——よってたかって丸腰の少女を殺そうとしているんだから、逆に殺されても文句はないだろうな?


 トリガーを引けば銃弾が撃ち出され、狙いのままに飛翔していく。

 目標を射抜いた銃弾は血飛沫を撒き散らすけれども、照準器に浮かぶ赤い光点はそれを覆い隠した。

 レイジの罪を覆い隠し、殺しを躊躇わせないように。まだまだ殺さなければならないんだ、躊躇うなとでも言いたいのか。


「ほら行くぞ!」


 敵の抵抗が弱まった今こそ逃げ時だ。死んだのか弾切れなのかはわからないけれど、チャンスには違いない。

 少女の肩を叩いて合図し、一気に路地を突っ走る。時々振り返って撃ち返してやるけれど、前の確認もしなければならないから忙しい。

 せめてもう1人いれば楽なのに。


「ああクソ、どこに行きゃいいってんだ!」


 行き先のない逃避行で周りは敵だらけ。弾薬はいつ底を尽きるかわからない。

 こんな絶望の中で、どうして戦っているんだ。

 この少女にしても、さっき出会ったばかりで名前も知らないし、そもそも誰かさえわからない。


 そんな人のために、どうして自分の命を危険に晒しているのだろうか。


 夢の中で誰かを守ってと言われたからだっただろうか。


 それとも、誰かのために命を投げ出すことを役目と思う自分がいるからだろうか。


 それが誇りだと思っているからだろうか。


「っ!」


 跳弾した弾丸がレイジの左腕を捉えた。傷は深くないし、太い血管に当たらなかったが皮膚と筋肉が抉れ、痛みと熱が迸る。

 舞い散った血液が壁を赤く染め、袖が黒く濡れていく。

 それでも銃撃を止めるわけにはいかない。反動で腕に痛みが走ろうとも。


 敵の1人がここぞとばかりに突っ込んできた。そいつは銃に着剣していて、どこからどう見ても銃剣突撃の構えだ。

 レイジの銃も着剣できる。でもこの距離、敵の速度では着剣なんて間に合わない。


「死ね!」


 だから、突き出された剣先を着剣していない銃を使って絡めとるように弾く。トドメを刺せないだけで、警棒みたいに使うことならできる。

 そこからは流れるように、銃を振るう勢いのままに弾倉底部や銃床で敵を殴りつけ、最後は左肩へ逆さに取り付けていた銃剣を抜き、敵の首と胸を貫いた。


 肉を貫く独特の感触と、硬い骨に剣先が当たって滑る感触がする。

 手が返り血に染まるが、その粘り気を気持ち悪いとさえ思わない。

 

 そんなことを思う程の余裕が残っていないのか、この身体はどこかで殺しに慣れてしまっているのだろうか。


「ん?」


 敵集団の中、銃を下ろして変な動きをしている民兵がいる。

 ポーチを漁るような仕草と、何かを持ち、引き抜こうとする動作。

 それの見覚えはなくても、魂がそれを覚えているらしい。


「グレネード!」


 間違いない、敵は手榴弾を投げるつもりだ。

 そうなればレイジも少女も爆発に吹き飛ばされるか、逃げ出して弾幕に身を切り裂かれるか選ぶことになる。


 ——俺は捻くれ者だから第3の選択肢を選んだって、誰も文句を言う奴はいないだろう?


 そのグレネードを構えた奴を斃す。その選択肢だって許される。

 静かに照準を覗く目は、逃走ではなく闘争を望んでいた。


 まるで頭から血が抜けていくように、戦いの熱狂が覚めていく。

 世界が凍り付いたかのように冷たく、全てが遅く感じる。もしかしたら、飛んで行く銃弾だって見えるかもしれない。


 敵の弾は当たらない。だから近くに当たった弾が破片を飛ばしたとしても怯むことはなく、目を見開きながら銃を構え直す。

 しっかり見開いた目の中、どこまでもクリアなレンズに浮かぶ赤い点は、目標のど真ん中を捉えていた。


 呼吸を止めた。


 心拍が一瞬止まった。


 照準のブレが止まった。


 指だけが、動いた。


 耳栓を貫いた爆音が一瞬の難聴をもたらし、噴き出す硝煙とマズルジャンプがレンズの向こうの敵を視界から消していく。


 ——ああ、もう少しだけ見せてくれ。


 ——当たったのかどうか、見送らなきゃならないんだぞ。


 銃口から伸びていく赤い光の尾が銃を持っていた男の胸に吸い込まれていく。

 光は消えて、弾丸がどこへいったのかはわからない。でもあの位置なら、その後ろにいる手榴弾を持った男にも当たるはずだ。


「伏せろ!」


 銃を投げ出して少女へ飛びつき、地面へと押し倒す。

 遅れて轟く爆音と、押し寄せる風圧が身体を叩き、飛び散った鉄片が頭の上を通り過ぎてあちこちで嫌な音を立てる。

 それでも五体満足で怪我はない。


 放った弾丸は確かに手榴弾を持った男を仕留め、そいつが取り落とした手榴弾はその場の敵を一掃してしまったらしい。


「行こう、今なら逃げられる」


 少女を助け起こし、銃はどこか探る。

 投げ出したアサルトライフルはスリングで体に掛けていたおかげか、投げたにも関わらず背中に吊り下げられていた。


 ありがたいことに、爆発が巻き起こした土煙が煙幕となってレイジたちの姿を隠してくれている。

 逃げおおせるには都合がいいし、ついでにどこかに身を隠して休もう。


 流石に疲れたし、まだ止まらない血が左腕から垂れてきている。大した怪我ではないし、致命的な出血でもないけれど、放っておけば致命傷に変わるかもしれない。

 今だって少し頭がふらついていた。


「——」


「はは、なんて言ってるのかわからねえや」


 心配そうな少女の頭、狐耳の合間をそっと撫でてから顎をしゃくり、行くぞと合図する。


 ——あと少し、あと少しだけ持ち堪えてくれ。

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