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19日目 刹那の一撃

 それは刹那の出来事で、スナイパーと叫ぶどころか、叫ぼうと考える暇さえもなかった。

 怪しいと思った監視塔へ目を向けていたら、まさにそこの矢狭間から発砲炎が見えた。


 スナイパーと叫ぶ考えが浮かぶ前に胸へ鈍痛が走った。

 吸った息が上手く吸い込めない。

 撃たれたのか、けれどもまだ死んでいない。


 痛みが薄れた。

 息苦しささえも分からない。


 足が動かないけれど、この腕は動く。


 ならば、戦える。


 撃て、死ぬ前に。


「スナイパー……監視塔、っ!」


 レイジは持っていたアサルトライフルで大雑把に狙いをつけ、監視塔へ向けて応射する。

 肩に当てたストックから伝わる反動が胸の痛みを呼び起こし、視界が歪む。


 それでも、撃たなければ生き残れない。

 撃たなければ、リディが死ぬ。


 ならば痛みも自分の死でさえも細事だと思って戦え。

 リディを守るって決めたエゴを貫き通さなければ、殺した敵や見捨てた人たちの死は何だったというんだ。


 その死に意味を付けるためにも戦い抜け。

 自分の死に意味を付けるためにも。


「クソ、一旦退く!リーナ、レイジとリディを回収して下がれ!」


 マンホールまではまだ距離がある。

 退く方が敵に身を晒す時間が少なく済むだろうから、パスカルの言う通りにした方が生存率は上がるはずだ。


 発砲炎が見えた矢狭間付近に何発も弾丸が命中して土煙を上げる。

 負傷して仰向けの姿勢での射撃なのに、よく狙いの近くに当たるもんだとレイジ自身が感心してしまう。


 これだけ撃てばスナイパーも動けまい。

 あとはリディと、ついでにパスカルたちが下がるまで持ちこたえさせなければ。


 自分は最後、むしろここに捨て置かれると覚悟を決めたレイジは、アデリーナに担ぎ上げられたことでその決意を不意にされた。

 抗議の声を上げようにも、アデリーナの鎖骨が傷を圧して痛めつけ、声を上げることを許さない。


「手間がかかるんだから、死ぬ程吸い尽くしてやるわよ!」


 そんな悪態を掻き消すほどの風切り音がレイジの聴覚を支配する。

 吸血鬼の身体能力は人間などでは到底及ばない域にあり、2人を抱えても正面玄関までの数十メートルを駆けるのに数秒もかからないなどレイジの知る事ではなく、驚愕させられてしまう。


 あれだけ苦労して移動した距離を半分以下の時間で戻ってしまう理不尽を咳と共に吐き出しつつ、レイジは再び銃を構えようとしてリディに止められた。


「パスカル、そっちも早く退きなさい!」


「アマンダ、先行け!」


「わかったよ!」


 銃声が聞こえてきて、足音がそれに続く。

 助けに行きたくてもリディに止められていて、今のレイジはリディの力に抗うだけの力も残っていない。

 アドレナリンで痛みを飛ばしていただけで、ダメージは確かに体を蝕んでいた。


「レイジ、大丈夫ですか!?」


 声が出ない。

 レイジは吐いた息を吸い込めず、窒息に苦しんでいた。


 弾丸はアーマープレートを貫通出来なかったらしいが、だからといって衝撃までは殺せない。

 恐らく折れた肋骨が肺を突き破ってしまったのだろうか、そうだとすれば体内で肺の空気が漏れる緊張性気胸を起こしているだろうし、漏れ出た空気を抜いてやらねば窒息死は免れない。


 陸で溺れるような感覚がして、少しずつ思考が白で塗りつぶされていく。

 酸素の供給が足りないのか、頭が動かない。


 しかし悲しいかな、脱気するための道具なんて持ち合わせていない。

 ついに年貢の納め時が来たのかもしれない。


 ツェーザルにやられたのだったら、まだ納得できるだろう。

 あの腕のスナイパーにやられたなら、腕が及ばなかったと諦められるだろうから。

 

「リディ、レイジはどうなってやがる!?」

 

「随分苦しそうです!」


「肺か!」


「この……!パスカル、もっと奥に行きましょう。レイジを手当てしなきゃ!」


「仕方ない、リーナ先導しろ。囚人共と看守に治安維持軍、入り乱れてるが全部敵と思え!」


「面倒な男ね!」


 意識が薄れゆくレイジの耳に銃声だけが響く。

 目の前で泣きそうなリディが何を言っているのか分からない。


 顔に降り注ぐ暖かい雨がリディの涙という事だけは分かった。


「死ぬんですか、こんなところで」


 死ぬかも。そう答える事も出来ない。


「あんなこと言っておいて、結局私を置いて行くんですか」


 そんなことはしたくない。

 その為には、抗わなくては。


――生きて、レイジくん


 微かに声が聞こえた。

 まだ自分の生を願ってくれる人がいるならば、その願いに応えよう。


 まだ手が動く。

 それを無理矢理動かしてプレートキャリアを外し、ジャケットを捲り上げようとするが上手くいかない。

 まずいな、脱がないとどうしようも出来ないのにと焦りを覚えるレイジだったが、そこに暖かい手が添えられた。


 何をしようとしたのかを察したリディが手伝ってくれたのだ。

 前開きのジャケットを脱がされたレイジはポーチからペンを取り出すと、震える手つきで芯を引き抜き、2つに叩き割る。


 緊張性気胸の応急処置は胸腔内に溜まった空気を抜いてやる事で、そうしなければ漏れた空気に肺を潰されて呼吸は出来ない。

 どこで見たのか覚えているこのやり方はあまりにも乱暴ではあるけれど、今この場においてレイジが助かる唯一の手段であった。


「っ!」


「レイジ!?」


 ペンを突き刺した痛みが走るけれど、窒息の苦しみに比べれば随分とマシだろう。

 肋骨の間から突き刺さったペンは胸腔まで達し、それを通り道にして溜まっていた空気が抜けていく。


「クソ、本気でやることになるとは思わなかった……すまんなリディ、やっと話せるようになった」


「馬鹿なんですか!?」


「死ぬか痛いかだよ。戦えるかは怪しいけどな……」


 突き刺したペン先が飛び出しているせいで、プレートキャリアの脇に通すバンド、カマーバンドが片方閉められない。

 そもそも、本来であれば即座に医療機関へ運ぶべき負傷をしていて、痛みと息苦しさで戦うどころか移動さえも厳しい。


「ほら、安全なところで手当てしてあげますから、もう少し頑張ってください」


 リディに肩を担がれたレイジは情けないと思いながらも、見捨てずにいてくれるのが嬉しく思えた。

 道はパスカルたちが切り拓いてくれる。

 おぼつかない足取りで、リディの支えを受けながら痛みを堪えてそこを歩くレイジは、自分が死ぬとは考えもしなかった。


 仲間たちがいる安心感と、手当てしてくれるというリディの存在が心強くて、希望を見失わずにいられたから。

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