17日目 治安維持軍
「おい、どうしたんだよ?」
「……それを早く言いなさいよ!看守だけなら叩き潰せると思ってたのに!」
訳がわからないが、癇癪を起こすアデリーナを尻目にレイジは看守の死体からアサルトライフルを奪い取る。
チャージングハンドルを僅かに引いてみれば、金色の薬莢が排莢口から顔を覗かせ、射撃可能であろうことを伝えてくれる。
「あいつら、確かに強かったけれどそこまで焦るか?お前の力なら突破できそうだが」
「戦ったんでしょう?強さを知っていてよく余裕でいられるわね」
「どの道戦うしかないんだからな。奴ら、特殊部隊だろう?」
レイジは話しながら、死体の腰に巻いてあるベルトキットを丸ごと奪って自分の腰に巻く。
予備弾倉の入ったポーチが3つ、暫く戦えるだろうが、治安維持軍相手には心許ないな、と思ってしまう。
あの広場で戦った人狼たちは恐ろしく強かった。
寄せ集めの民兵なんか比較にならないし、通常の部隊よりもさらに練度が高い。
「各連邦構成国から抽出された精鋭部隊で、連邦の信奉者の集まりです。カレリアに展開している部隊は人狼で構成されているようですね」
アデリーナに代わってリディがレイジの疑問へ答える。
聞くからに随分と厄介な相手だ。連邦の信奉者と言われるような相手ならば、追い詰められても降伏しないような相手になるだろう。
「見つかったら厄介だし、早く移動するわよ。アリエスに入っているのは混成亜人師団、その中でも人狼を主力にした人狼狙撃兵中隊で、指揮官はツェーザル・マルシャルク大尉よ」
「人狼が相手……確かに厄介だったな。で、アイツ指揮官なのに最前線に出てたのか」
「鼻が利くし、耳もよくて夜目も効く……吸血鬼の専売特許を奪ういけ好かない奴らよ」
走りながらアデリーナは人狼への敵愾心を露わにする。
レイジがイメージする吸血鬼に比べれば、随分と精神年齢が幼いようだ。
生きた時間はレイジをはるかに超えるのだろうが、精神年齢が肉体年齢を越えないのはどういう事だろうか、疑問に思ってしまう。
「でもツェーザルって奴は人間だったぞ」
「猟師と猟犬とでも言えばいいかしら?副官のマテウス然り、アイツらはツェーザルの従順な飼い犬というところね」
「なまじ優秀なスナイパーが戦場を俯瞰して指示出すってのは、厄介極まりねえな……リーナ、前代われ」
「せいぜい弾避けになりなさいよ」
アデリーナに代わって先頭に立ったレイジはアサルトライフルを構え、曲がり角を少しずつ確認していく。
角は待ち伏せを受けやすく、攻める側が不利となりやすい。クリアリング技術を持たない者は迂闊に飛び出してたちまち蜂の巣にされてしまう。
吸血鬼のアデリーナならば、いくら撃たれても耐えられるかもしれない。
少なくとも、レイジよりは打たれ強いだろう。
それでも、こんな少女を盾にするような真似をしたくない。
なぜと言われても分からない。生理的に無理というヤツだ。
それもきっと、自分のエゴでしかないんだ。
誰かが傷付くのを見ていたくないから自分が傷付こうとする。
そうすれば、傷は視界に入らないから。
自分のケガに泣いてくれる人なんていない、そう信じているから。
撃たれる覚悟を決めて半身を角から乗り出したレイジの視界に人影が入る。
黒っぽい制服は看守のもので、その手には警備用のショットガンを持っているのを知覚した。
武装しているならば脅威だ。進むには排除しなければならない。
そう判断を下したレイジは何も言わず、迷わず抵抗に抗ってトリガーを引く。
そうすれば放たれた弾丸が看守の反撃を許す事なく、その命を奪い去り、脅威を肉の塊へと変えた。
「1人やった」
もう1発撃ち込む。
もしかしたらまだ息があったかもしれないし、手当すれば助かったかもしれない。
でも、そんな希望は無慈悲に奪った。リディを守るために。
だからいつの日か、自分自身がそういう最期を迎えたとしても文句は言わない。
言う権利なんて、とっくに失っているから。
「少しはやるじゃない。行くわよ」
「言われずとも」
レイジは更に歩みを進める。
どうやら看守は爆発騒ぎの方にかかりきりらしく、アデリーナが起こした騒音を二の次にしてくれたようだ。
カツカツと石畳を踏む足音さえ、喧騒が掻き消していく。
時折聞こえる銃声はパスカルが看守か警備隊と交戦している音だろうか。
「リーナ、状況はどうなってる?こっちは警備隊をつり出したぞ。さっさとマンホールに来い!」
「今向かってるわよ!レイジがもたついてるだけなんだから!」
「俺のせいにすんなトラブルメーカーめ!」
階段を駆け下り、漸く居住区各1階へと辿り着いた。
監獄へ改修した際に増設されたのだろうか、囚人の身体検査や持ち物の保管を行う受付のような区画になっていて、正面玄関までの廊下中央に受付が作られていた。
この廊下を突き抜ければここを出られる。
あと30メートルほど走れば自由になれたのに、レイジは足を止めた。
潜るはずだった玄関から飛び込んで来た灰色の濁流と、獲物の音を聞き逃さない獣の耳がレイジの恐怖心を呼び起こす。
あれはマズい、このタイミングで行方の分からなかった治安維持軍が出てきてしまった。
「隠れろ、敵襲!」
リディを抱きかかえるようにして近くの部屋へ飛び込み、アデリーナも状況を理解したのかレイジの向かいにある部屋へ身を隠した。
刹那、激しい弾幕が壁や床を削り、爆音が廊下へ響き渡る。
こちらが少数だと分かって、火力で潰しに来るとは分かっているじゃないか、そう感心しながらもレイジはなるべく身体を隠して敵へ撃ち返す。
それでも相手の射撃は的確で、こちらは銃を持っているのが1人だけ。
あまりにも不利な状況に、負けるかもしれないという考えが脳裏を過ぎる。
「あいつら治安維持軍だ!」
「ここまで来て邪魔してくれるわね!パスカル、正面玄関に治安維持軍1個分隊。さっさと潰しにきてよね!」
「無茶言うな、こっちも外で10人程度の治安維持軍と交戦中!ついでだから言うと、アマンダが中に忍び込んで囚人を解放して回ってるぞ」
「あっちもこっちも大混乱じゃない、もう!」
多分、パスカルはこの監獄内で暴動を起こすのが目的なのだろう、と戦闘で頭に血が昇るレイジにもわかった。
敵の対処しきれないほどの問題を起こし、そちらに兵力を割かせて、自分たち正面の守りを薄くするつもりなのだろう。
「それが目的だろうが、ここ突破しねえことには!」
「レイジ!」
銃声にも負けない大声でリディに呼ばれ、レイジは意識をリディへ向ける。
その間も壁に無数の銃弾が当たって土煙を巻き起こし、響く金属音がレイジの恐怖心へ死を訴えかけていた。
当たれば死ぬ。まだ被弾せずに撃ち合っていたのが奇跡に思えた。
「これ、レイジの銃ですよね!?」
リディが部屋にあったラックから取り出したそれは、89Rと刻印が施されたアサルトライフル。
それはレイジが最初に使っていたアサルトライフルで、没収されてどこに行ったのか分からなくなっていたのが返ってきた。
恐らく、ここにスナイパーライフルもあるだろう。
それが返って来たならばもっと勇敢に戦える。
「リディ、他に俺の装備無いか!?」
「アーマーとライフルがありました!」
「オッケー!リーナ、暫くあいつらを抑えていてくれ!」
「私を使うなんていい度胸じゃない。後で覚えておきなさいよ!気が済むまで吸血してやるわ!」
アデリーナも銃を撃つのかと思えば、その鋭い爪を立てて廊下へ飛び出した。
もちろん少女とはいえ敵なのだから治安維持軍が容赦も躊躇もするはずがなく、たちまち弾幕がアデリーナへ浴びせかけられた。
レイジの心臓は凍り付いたかのように冷気を感じた。
少女の身体にあれほどの銃弾を受ければ、たちまちズタボロのひき肉にされてしまうであろうことをよく知っているからこそ、彼女の死を予感してしまった。
「しゃらくさいわね!」
しかしアデリーナはそんな弾幕を意に介さないどころか、飛んでくる銃弾の雨を的確に躱して距離を詰めていく。
音速を超える小銃弾、それが放たれるより早く敵の銃口の向きを見て、その射線を逃れているのだ。
4人分の銃口全ての向きを把握し、安全なエリアへ的確に飛び込みながらも速力を失わない。
おまけに速力も並の人間を越えていた。敵が初弾を外した次の瞬間には喉元に爪が届くほどに速い。
「よくも私を撃ってくれたわね。死になさい」
あまりにも理不尽な程の暴力が人狼の喉を切り裂く。
見た目16歳程の生意気な少女だというのに、全てを破壊する力はたちまち脅威となって立ちはだかる敵へ襲い掛かった。




