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9日目 神の一撃

 王太子の処刑が行われる中、ジュリー塔のツェーザルは微動だにせず、スナイパーライフルを構えて広場を見下ろしていた。

 隣ではスポッターのマテウスが転がり、銃声に耳をピクピクと震わせる。

 人狼のマテウスは人間のツェーザルよりもよく音を捉えて、それを分析して戦況を把握する。

 だからこそ、ツェーザルの隣で寝転がっていても何が起きているのか手に取るようにわかっている。


「んー、王太子殿下死んじゃったね。後はリディだけだよ?」


「ノエラはまだ見つからないのか?」


「思った以上にお転婆さんだったみたいでね。目標は議長でいい?」


 議長は市民の1人だと訴える為にか、地味な服装をしていて一目には分かりづらい。

 代わりに、頭より大きい幅広帽がその存在を主張していて、ツェーザルにとっては格好の標的だった。


「狙撃と同時にヒルトマンを突入させろ。ハルツェンは俺が外した時に備えて議長を照準、ヒルトマン小隊突入後はそれを援護」


「はいはーい。ハルツェン、聞こえるー?」


 マテウスは軽い口調でハルツェン伍長へ呼びかけるが、その返事はいつまで待っても来ない。


「ハルツェン、寝てるのかな?」


「そんなわけがあるか。襲撃されたな?」


「国民軍かな?」


「それならばドンパチ喧しくなるし、下も動くはずだぞ」


 ツェーザルはスコープから目を離さないまま答える。スコープの向こうでは死体が片付けられている途中で、いつリディが引き出されてきてもおかしくない。

 スナイパー自身が目を離せない時、代わりの目となってくれるのがスポッターである。


 2人で得た情報を統合して、この戦場を把握する。

 その結果からツェーザルが導き出した答えは『タンプル塔は一旦放置』だ。


「先にリディだ。ハルツェンは多分傭兵野郎にやられた」


「いいの?」


「もしもあのスナイパーならば、俺より先にリディだろう」


 今ならばタンプル塔の傭兵がツェーザルを仕留めることも、その逆も容易い。

 その代償がリディの身柄になる以上、互いに手出しができない。


「今は同じものを狙っているはずだ。利用してやる」


 ※


「これより、第2王女リディ・ル=ヴェリエの死刑を執行する!」


 壇上の偉そうな男が宣言すると、ボロ服を着せられたリディが護送車から降ろされた。

 力無く垂れる尻尾は全てを諦めた彼女の心境を表すようで、あまりにも痛々しく見える。


 思わず彼女を引き立てる兵士を射殺してしまいたい衝動に駆られるが、息を吐いて堪える。

 今撃ってもリディを取り返せない。確実なチャンスが巡ってくるまでは待つ以外の選択肢を取るわけにはいかない。


「待ってろよ、もうすぐだから」


 リディは罵声を浴びせられながら拘束用の杭の前まで歩かされる。

 レイジの脳裏にはリディと処刑された王太子の最期が重なり、衝動が何度もトリガーを引けと囁いている。


 まだだ、まだ撃つんじゃない。レイジの理性は必死に叫んで衝動を抑え込んでいる。今撃っても後が続かない。リディを守るため、最高のチャンスが巡ってくるまで耐えるんだと自分へ言い聞かせる。


「レイジ、こっちは配置についたぞ」


 パスカルの居場所を確認しようにも、リディから目を離すわけにはいかないから、その言葉を信じるしかない。

 パスカルの準備が整ったならば、いつでも撃てる。ようやく理性が射撃許可を下した。


 戦場を俯瞰して、最高のタイミングを見つけたならば迷わずに撃つ。


 そのために切り捨てるべき命を見送る覚悟など、もうとっくに済んでいた。


「了解、撃つから構えておけ」


「もし外したら」


「外しはしない」


 リディは杭に縛られ、銃殺隊が前に並んだ。横に立つ派手な軍装に身を包み、時代錯誤なサーベルを持った男が銃殺隊指揮官だろう。

 あいつを殺せば、突然の狙撃に刑場は混乱するだろう。議長閣下とやらを射殺することも考えたが、もし狙撃に気づかれなければ銃殺隊がその引き金を引く。

 

 襲撃に気付かせ、かつ混乱を巻き起こして処刑を阻止するために1番効果的なのは士官の射殺。

 そして、混乱を大きくしてパスカルの襲撃を助けるならば、続けて議長を狙撃するべきか。


 奪う命は決まった。守りたい命はもう決まっている。覚悟だって、スナイパーとなった日に決めているはずだ。


 ——失われる命に花と祈りを。


 祈りの言葉を吐き出し、空虚を吸い込む。

 

 一息、残った情を吐き捨てれば、心とスコープの揺れが静止する。

 

 漆黒の十字架は、サーベルを振り上げた指揮官の頭へと掲げられ、全ての準備は整った。これから寸分の違いなく、名前も知らない彼を殺す。

 数十年の人生は、一瞬引いた指先によって奪われるのだ。

 

 距離150メートル、無風、若干の撃ち下ろし。問題ない、たとえコインが目標だろうと撃ち抜ける。

 

 人殺しの覚悟を問うように重いトリガーへ抗い、指先を引く。


 ——残りし生者へ希望と明日を。

 

 その抵抗が消えた刹那、ストックへ押し付けていた肩と頬骨に鈍痛が走り、目標が視界から消えていく。


 響き渡る不協和音と、スコープの端で舞い散る赤い鮮血の花。

 見届けるべき罪禍の花は純白を汚すことなく、冷たい石畳へと咲き誇る。


 響く爆音は耳栓が無ければレイジの聴力を奪っていただろう。その聴力が奪われなかったからこそ、重なって聞こえたもうひとつの銃声を聞き取れた。

 でもリディが撃たれたわけではないし、トリガーは引いてしまった。もう止まれない、行くしかない。


「パスカル、行け!」


「突入!」


 パスカルは人混みの中から弾丸のように飛び出すと、近くにいた警備兵の首をナイフで切り裂く。

 更に突っ込んではすれ違いざまに敵を切り捨て、あるいは射殺しながらリディを目指してまっすぐに進んでいく。


 混乱の傷口を広げるべく、次に殺すと決めていた議長が立つ演台へスコープを向けるが、獲物は既に倒れ、頭から血を流していた。


 咄嗟にジュリー塔へスコープを向けた。


 レイジが士官を狙撃したと同時に、聞こえた不協和音は議長を狙撃していたのだ。

 本当ならば、レイジが殺した兵士が士官を狙撃するか、外した時の備えだったのだろう。

 あの位置にいる議長を狙撃できる場所はレイジのタンプル塔か、隣のジュリー塔しか考えられない。

 

 ジュリー塔へ向けたレイジのスコープに映ったのは黒い人影と、金の犬耳。あの時撃ち合った死神がまたしてもそこにいた。


「腐れ縁だな、お前とは!」


 瞬時につけた狙いは不正確、それでも先に撃って相手を制圧しなければならない。

 距離100メートル、アサルトライフルでも十分当たるような距離で、レイジは死神と1発撃ち合う。


 死神の放った弾丸は微妙に逸れて、レイジの足元に当たった。

 レイジの射撃がどうなったかはわからないが、居場所が知られた以上、ここに止まるのは危険すぎる。


「パスカル、ジュリー塔に敵スナイパーがいる!狙撃地点を変えるから気をつけろ!」


「いや、こっちに突入してリディを奪え!敵の援軍が来て前進不能!こいつら、連邦の治安維持軍か!」


「クソ!」


 階段へと飛び込んで身を隠し、スナイパーライフルをケースに仕舞う。パスカルがリディを回収してくれる手筈だったのに、何が起きたというんだ。


 忌々しげに舌打ちしたレイジは飛び降りるような勢いで階段を駆け下り、途中の窓から広場の様子を見る。

 逃げようとする群衆と灰色の軍勢、雑多な装備の元民兵、国民軍が入り乱れており、その中でパスカルが戦っているのだろう。

 銃声は響いてこない。民間人の邪魔が多くて撃てず、白兵戦でもしているのだろう。


 人混みをうまく利用すれば、リディの居場所まで見つからずに接近できるかもしれない。

 あのスナイパーがリディを始末しないか不安ではあるが、そのつもりならば処刑の邪魔をしたりしないはずだと自分に言い聞かせる。


 随分下まで降りて来たところで、階段を塞ぐように敵兵の遺体が転がっていた。


 天を向く顔はしかと目を開いていて、死して尚役目を果たそうとしているかに見える。

 右肩に貼られた、赤い月へ吠える狼のパッチに相応しき、人狼の最期に見える。


 きっと、このパッチがパスカルの言う治安維持軍の部隊章なのだろう。

 敵ではあるが、彼も本国の命令に従った1人の兵士であることには変わりない。


「……大役、ご苦労様。安らかに」


 自分が殺した敵に恨みはなかった。エゴを突き通すために邪魔だから殺しただけなのだから。

 そして彼も役目を果たすためにレイジを殺そうとした。その過程と結果はどうあれ、兵士への敬意と死者への弔いを示してもいいだろう。


 レイジは指先でそっと彼の瞼を下ろし、踏まれないように遺体を階段の端に寄せてから敬礼をした。


 もしも自分に兵士としての最期が来るとすれば、彼のように誇りを抱いていたいものだ。

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