うさぎの森 3
「おい、うるさいぞウサギ野郎」
作戦という作戦は浮かばなかった。
単純に俺がアントラージュラビットと戦い、危なくなったら悠二が挑発して一時的にターゲットを変え、手に入れたポーションで回復したらまた俺が戦う。
戦い方を学んだことのない人間が思いつくのは、そんなことくらいだった。
『ギュ、ゴ、ぶぎぃいいいいいッ!』
アントラージュラビットは新たな標的に殺意を満たし、俺に向かって突進をしてくる。
数値上はこちらが上とはいえ、周りにウロウロとしていたホーンラビットを倒しながら避けるのは用意ではなかった。
幸い森で何度か出会ったおかげで、ホーンラビットの動きは少しばかり把握している。
施設内を移動し隠れながら確実に一体ずつ雑魚を切り捨て、後から湧いて出た倍の量も倒した。
ようやくすべてのホーンラビットを倒しきってアントラージュラビットのみと対峙したときには、人々が見守る広場へとたどり着く。
「はぁ……、は……っ」
土木作業員で体力にはそれなりの自信もあったのに、足が筋肉痛になりかけている。
装備のお陰で素早く動けるようになったからだろうか、足への負担が増加しているようだ。
先ほどから数個のレベルアップやメッセージの表示が消えずに残っていたのだが、今は確認する余裕がない。
「雑魚は散々倒したんだ。正々堂々、やってもらうからな」
『ぷぎぃ、プギギギッ!』
突進、たいあたり、二つとは違うジグザグとした動きで迫る巨体。
これがステータス画面に出ていた二連突きならば、二段階に分かれて攻撃される。
一撃目を回避して、さらに次を避けようと地面を蹴った。
「うさぎさん!」
俺の視界外から飛び出してきたのは、二歳くらいの女の子だ。
手を伸ばして彼女の手を掴もうとするも、あと一歩のところで届かずに目で追うだけとなる。
が、さらにその少女を追う人物が後ろから現れて、俺は悲鳴のような叫びを上げた。
「ゆ、悠二!?」
「ごめん、兄さん」
アントラージュラビットの二撃目は女の子を抱えた悠二の背中に直撃して、俺の弟だけが跳ね飛ばされる。
聞きたくもなかった鈍い音が広場に轟いて、俺は呼吸が止まった。
音の出て来ない口をひたすらパクパクとだけ動かしてから、無我夢中で悠二の落とした角ウサギの短剣をアントラージュラビットに向けて叩きつけるように振り下ろす。
渾身の力で二度、三度と振り上げた腕を壊れんばかりに殴りおろし、武器もろともアントラージュラビットの頭蓋骨を砕く。
「ゆうじ……、ゆう、じ」
アントラージュラビットが沈黙したのを確認してから、涙でぼやけた視界を拭こうともせず駆け寄った。
悠二の呼吸は弱く、辛うじて口から漏れ出てくる音がおかしい。
かひゅ、かひゅ、と子どものころ患っていた気管支炎喘息のような、明らかな異音。
「悠二、ゆうじ、これを飲め……のんでくれ……!」
「……に、さん」
口元に当てたポーションに反応して、悠二はわずかに口を開けた。
一縷の望みをかけて流し入れたポーションで咽た悠二の背中からは、おびただしい量の血が溢れてきて止まらない。
「なんで……何でだよ……!?」
「ごめ、……にい、さん」
「ち、ちがう、お前を責めてるんじゃない! ポーションが……!」
「さくせ、ん……や、ぶ……た、から」
「そんなこと気にしない! やめろ、俺を置いていかないでくれ……!」
悠二の呼吸は腕の中で容赦なく浅くなり、回数も減っていく。
周囲ではアントラージュラビットを倒した勇者だと馬鹿騒ぎをする人々がいたけれど、俺はそれどころではなかった。
また俺は失うのだ。
日本の英雄だった我楽を。たったひとりの大切な家族を。
「ご……め、ん……」
「ゆうじ? おい、悠二! だ、誰かポーションを持ってませんか?! 誰かッ!!」
俺の声は歓声にかき消されていく。
中には俺の背中を景気良さげに叩いて、満面の笑みで「おめでとう」だなんて言う人間もいた。
おめでとう、俺の状態を見てよく言えたものだ。
満身創痍で冷たくなっていく弟を抱きかかえた人間に、誰が祝いの言葉を送って喜ぶというのだ。
「あ、あの! 娘を助けていただいてありがとうございました! 大切なご家族を失わせて、……っ! 大変申し訳ありません!」
「ごめんなさいぃぃ、わ、わたしのせいでぇ……! うえーん!」
この喜びに満ちた空間で、目の前の親子だけが弟の死を嘆いてくれている。
俺は弟を抱き上げて、親子に一礼をしてその場を去った。
声をかけられても無視をして、帰還の魔法陣を探すために施設をぐるぐると歩く。
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レベルアップ!
Lv.3 → Lv.6
ダンジョンボス単騎討伐によりボーナスが加算されます。
すべてのステータス、およびスキルレベルが強化されました。
新たなスキルを入手可能になりました。
・価値修正 ・価値上昇の加護 ・価値低下の呪い
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<価値変動>のスキル強化により、以下のアイテム効果が上昇しました。
【翡翠の指輪】 性能:C++
装備者の能力をやや強化する遺物。
体力+4→20 MP+10→34 俊敏+5→16
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新たなスキルを入手!
【価値上昇の加護】
自身の所有する物の価値に合わせて数値ボーナスが増加される。
「+」の個数によって新たな能力が付与される。
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<価値上昇の加護>取得により、以下のアイテム効果が上昇しました。
【翡翠の指輪】 性能:C++++
装備者の能力をやや強化する遺物。
体力+20→74 MP+34→81 俊敏+16→92
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「うるさい……もう黙ってくれ……」
機関の魔法陣を見つけた頃には体力も限界を迎え、俺は弟をおんぶした状態で床を這っていた。
人の形をしたぬくもり失った弟は、どんな言葉をかけても返事はしない。
俺は耐えられそうになかった。
床に頭を打ち付けて後悔しても、弟は帰ってこない。
自暴自棄になりかけていた俺に、再びメッセージが現れる。
「何だよ、もう……は?」
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ダンジョンボス単騎討伐おめでとうございます。
以下の報酬からお好きな物を3つお選びいただけます。
・森の王の心
・強者支配
・古代の時計
・超感覚のリング
・神のよろこび
効果の確認をご希望の場合、口頭でアイテム名をお申し付けください。
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「森の王の心、強者支配、古代の時計、超感覚のリング、神のよろこび。すべて効果確認する」
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【森の王の心】
ダンジョンボス単騎討伐報酬。
パッシブスキル:動物・植物系モンスターに対する攻撃力と防御力が大きく向上する。上記の敵のステータスが大幅にダウンする。
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【強者支配】
ダンジョンボス単騎討伐報酬。
パッシブスキル:一度勝利したモンスターへの対処が容易になる。また、支配能力により懐柔が可能になる。
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【古代の時計】
ダンジョンボス単騎討伐報酬。
Sランク遺物。
自身の人生を生贄にすることで、その年数の百分の一の時間を対象から奪う。生贄にした時間は再取得不可となる。
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【超感覚リング】
ダンジョンボス討伐報酬。
Dランク遺物。
己の五感を大きく強化し、第六感を取得する。
LUK+20
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【神のよろこび】
ダンジョンボス単騎初回報酬。
?ランク遺物。
自身のスキルを大きく成長させる効果を持つ丸薬。
副作用として、@&$#%*を取得する。
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「強者支配、古代の時計、神のよろこびを入手する……!」
神のよろこびの文字化けは気になるが、入手した二つを組み合わせれば間に合うかもしれない。
弟は、悠二を取り戻せるかもしれないのだ。
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以下の報酬を獲得しました。
・強者支配
・古代の時計
・神のよろこび
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