うさぎの森 2
慎重に進みながら出会ったモンスターを倒しつつ、俺たちはダンジョンに来る前にいた大型商業施設と同じ建物の前までたどり着いた。
道中、ホーンラビットの他にやたらでかい虫モンスターに出会って倒してきたが、動きは鈍く悠二に倒させることでレベルアップを経験させている。
俺が【Lv.3】で悠二が【Lv.2】、そして悠二の一部ステータスには驚かされた。
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【八月朔日悠二】 Lv.2
HP:8/8(+1)
SP:7/7(+10)
EXP:6/30
ATK:2(+6) DEF:5(+1)
MAT:1(+0) MDF:1(+0)
SPD:2(+3) LUC:1(+0)
○装備:角ウサギの短剣(F:ATK+6、SPD+3)
○アクティブスキル
小さな灯火
○パッシブスキル
ブラコン
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「悠二、言いたいことは分かるな?」
「……ノーコメント」
商業施設の中にはやはり、俺たちと同じようにダンジョンアライズに巻き込まれた人々でごった返していた。
こちらの世界に入り込んで一時間ほどは経過しているとは思うが、ショップ店員に詰め寄る人々は後を絶たないようだ。
店員たちも自分達が巻き込まれている側なので、当たり前だが冷静に対処できる状態ではない。
「悠二、狭い空間がある部屋を探そう」
「え、狭い部屋? 逃げられなくなっちゃうよ?」
「ここに来るまでに説明しただろう? アレが適応されればシェルター代わりにもできるんじゃないか?」
「なーるほど」
しかし施設内のどこを探しても、個室と呼べる場所はなかった。
強いてあげるとすれば、多目的トイレくらいか。
「そうだ、キャンプ用品店に行くぞ」
説明もなしにキャンプ用品店に行き、安値のキャンプ道具をひと通り揃えた。
男二人でギリギリの大きさになる一人用テントしか買えなかったのは、予算の都合上仕方がない。
施設内はまだモンスターに狙われていないところを見ると、建物の中は安全、安易な結論を導き出そうとした俺に、悠二が肩を叩いてきた。
「兄さん、逃げよう。ここにいたら危ない気がするんだ」
「……わかった」
悠二には俺への危険が察知できるパッシブスキルを持つ。
ネーミングとその言葉の意味自体には若干引くが、この場においては危険察知能力とでも思って割り切れば良い。
悠二が先導して商業施設の裏手側に向かい、人の間を縫って小走りに移動する。
ダンジョンで入手した持ち物はダンジョン専用の収納空間があり、先ほど購入したテントや道具は入れられない。
逆に、ホーンラビットを倒した時に入手した彼らの死体は、倒した本人が望めば肉や皮、角として収納できるのだ。
「あれ? 鍵でもしまってるのかな」
「そんなわけないだろ、鍵なら内鍵……」
どれだけレバーを回しても、スタッフ用出入り口の扉はうんともすんとも言わなかった。
試しに内鍵を開閉してみるが、やはり意味がない。
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ダンジョンボス出現!
【うさぎの森の主アントラージュラビット】の出現を施設内に検知しました。
出現範囲内からの脱出は帰還の魔法陣と帰還石のみ有効となります。
合わせて、外部からの侵入防止結界が構築されました。ご武運を。
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「悠二、ダンジョンボスが施設内に出た! だから誰かが倒すまでは出られないらしい」
「兄さんのその情報ほんとどうなってんの!?」
悠二には見えていないメッセージは、まるでシステムメッセージだ。
必要最低限な情報提供はされるものの、予め教えてくれるものではない。
だが言えるのは、この情報がこの世界で最も正しい情報ということである。
「場所は書かれてない。どうする、ハンターが来ても中の人間が全滅しない限り、外からの応援も無理だ」
「兄さん」
「やめろよ、お前の顔にどうしたいか書いてあるぞ」
「でも兄さんだって分かってるでしょ? ここだけじゃない、誰かに期待しても意味がないって」
「……。」
俺は唇を噛み締めた。
悠二の言うとおり、現実でも異世界でも、誰かに期待するのは自分が先に恩を作ってからの話だ。
なんの見返りもない人間に手を差し伸べてくれる誰かなんて、ご都合主義に甘えるようで吐き気がする。
「悠二、まずはダンジョンボスのアントラージュラビットを探そう。ステータスを確認してから作戦を立てたい」
「うん了解。すごく、すごく恐いね」
「俺もお漏らししそうなくらいビビってるさ」
冗談ではない緊張具合でも、耐性のパッシブスキルを持つ俺のほうがまだマシだろうと思う。
これもスキルをくれた我楽のおかげだ。
施設に何十人、何百人もの悲鳴が響きはじめた。多くの人が走り逃げてくる方向とは反対に進むのは難しく、いくつもの店の中を通り抜ける形でその場所へと向かう。
二階の吹き抜け、一階を見下ろす形で俺たちは身を潜めた。
「いた。もうあんなにけが人がいる……」
悠二は口元に手を当てながら、一階の血溜まりと人だったものを見つめた。
悲惨な現場の中心には、像ほどもある体躯の二本角を備えた白いウサギがおり、人間の血で全身がほとんど赤く染まっている。
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【アントラージュラビット】 Lv.7
HP:50/53
SP:12/16
ATK:9 DEF:12
MAT:3 MDF:6
SPD:12 LUC:3
スキル
・たいあたり ・二連突き ・食いちぎり
パッシブスキル
・脱兎 ・視界強化 ・敏感
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「とんでもないぞ、ホーンラビットの五倍の体力がある。防御とスピード型だが、攻撃力も俺のフル装備状態とほぼ同じだ」
「兄さんの素早さとあいつの素早さだったら、どっちが上になる?」
「確認しておくか」
俺たちはさらに物陰に隠れながら、自分達の性能を再確認する。
悠二のステータスは施設に入る前に確認して記憶しているから、今は俺の分だけ見れば良い。
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【八月朔日秋尋】 Lv.3
HP:21/21(+4)
SP:17/17(+10)
EXP:1/13
ATK:5(+12) DEF:5(+6)
MAT:3(+5) MDF:3(+5)
SPD:3(+11) LUC:7(+7)
○装備:折りたたみナイフ(G:ATK+6)
○アクティブスキル
価値変動(Lv.2)
○パッシブスキル
簒奪者、精神耐性
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「俺の俊敏は14、悠二が5、アントラージュラビットが12だ」
「僕がステータス見れないのに、兄さんだけ見れるのずるいよなぁ。数値上では兄さんのほうが高いよね」
「単純に数字同士のぶつかり合いなら、な。攻撃力から相手の防御力分を引いても最低二回はアントラージュラビットを切りつけなきゃならん」
「じゃあ多く見積もって四回だとして、作戦は? 俺が囮になっても――」
「ダメだ。俺たちは生きてここから出る、俺もお前も無傷が目標だって決めただろ?」
ベストを尽くすなら悠二に渡してあるドロップアイテムと俺のナイフを交換すれば良い。けれど問題はアントラージュラビットの周りに現れだした仲間、十匹もいるホーンラビットだ。
折りたたみナイフは元々ランク外だったものが<価値変動>のスキルで強化されて、「ATK+3」になった。
しかしこれを悠二に渡してしまうと、素早さへ付加される分の数字が無くなって動きに支障が出かねない。
「何か……、使えそうなものは……」
「待って、音が止んだよ」
悠二の言葉に俺は視線を戻した。
しん、と静まり返った施設内に漂う鉄と獣の匂いが、より不気味さを増す。
少しの沈黙の後、バキバキと思わず耳を塞ぎたくなるような音がして血の気が引いた。
食っている。自分が殺した人間を。
「いいか悠二、作戦はこうだ」