次は祖父
その日から屋敷の中で母親の姿を見ることはなくなった。
サンテール家は醜聞を嫌って離縁はせず、内密に監禁することにしたようだ。数年前にかけられた違法薬物事件が尾が引き、サンテール家の信頼はまだ完全に取り戻せていない。リュカを生贄に突き出したおかげで、家は存続したが、息子が犯罪者ということで事業がうまくいかなくなり、収入も減った。これ以上の醜聞をさらすわけにはいかない。
セレスタンはアマリアを監禁し、ノエルに会わせないようにしても、ノエルがまだ元気がなく、あまり家族と一緒にいたがらない事に気が付いた。
心の傷がなかなかふさがらないのだろうと見守ることにしたが、窓からふと見ると庭の木の陰にしゃがみこんでいるのが見えた。
「どうした?」
「・・・なんでもありません。」
「心配なことがあれば何でも言いなさい。前のように我慢しなくていいんだからな。」
「・・・。なんでもない。」
俯くノエルを抱き上げると屋敷に向かった。
ノエルを抱えたままサロンに入ると両親が先に座ってお茶をしていた。
「おお、ノエル。久しぶりに一緒にお菓子を食べようか。」
セレスタンの父がノエルに声をかけたとたん、ノエルの体がびくっとしたのを感じ取った。
「・・・はい。」
席に着き、ノエルには果実水が用意されたがほとんど口にしなかった。
祖父母に色々話しかけられても以前のように話すことはなく、小さく返事する程度だった。
「全くあんな嫁のせいで大事な後継ぎがおかしくなってしまったではないか!お前が下らん女に誑かされるからこんなことになるんだ。」
そういう父にセレスタンは思わず
「父上こそ!ノエルにきつく当たっているのではないですか?」
「なんだと?可愛い孫にそんなことするわけはないだろ!」
「父上ならあり得ますよ!子供を追い詰めるような人間ですから!」
「おまえ!あいつの事には触れるなと言っているだろう!」
「止めてください!」
セレスタンの母が耐えられず叫ぶ。
夫が兄弟間の扱いに差をつけたどころか、自分が助かるために息子を殺めるよう指示を出したと知り、夫の冷徹さに恐れを感じていた。
違法事業をしていたことも知らなかったうえ、リュカを殺すつもりであったことも知らなかった。ただ、本当に疑いを晴らすために辺境伯のもとに送り出したと思っていた。
それなのに、罪を償って自死したと夫は申し出た。そんな夫を恐れたが兄弟間に差をつけていたのは自分も同じ。夫を責める資格はなかった。そしてこの生活を守るために、リュカの冤罪を訴え出ることもしなかった。愛情に偏りはあったが、リュカを憎んでいたわけではない。死んで嘆き悲しむくらいの愛情は持っていた、しかし悲しむ資格は自分にはないと自覚し、夫にもそう告げられた。
あれから何年たっても、後悔に苛まれている。リュカがどんなにつらく悲しい思いをしていたのだろうと思うと、全身の血が引くような思いがする。だから急にリュカの事が会話に上ると気持ちが耐えられず、狼狽えてしまう。
セレスタンに震えてしがみつくノエルに気が付くと
「・・・失礼します。ノエルは私がしっかり見ますのでこれからはあまり関わらないでいただきたい。」
セレスタンはノエルを抱いたままサロンを後にした。
「セレスタン!」
「ごめんな、怖かったな。・・・父上が怖いか?」
ノエルはこくんとうなづいた。
やはり、とセレスタンは思った。
ある日、父親の部屋から出てくるノエルと廊下で会った。
「ノエル!父上から呼び出されたのか?!」
「・・・うん。」
「何を言われた?きついこと言われなかったか?」
ノエルは涙をぽろぽろこぼしながら
「・・・大丈夫。何も言われてない・・・可愛い可愛いって・・・」
「そんなことないだろう?じゃあなぜ泣くんだ?父上が厳しいことを言ったのだろう?」
「おじい様は・・・優しいよ。いつも可愛がってくれるよ。可愛い、奇麗だっていっぱい撫でてくれるよ。僕が悪いの・・・せっかくおじい様が可愛がってくださるのに・・・僕のお胸やお尻可愛いって撫でてくださるのに・・・気持ち悪くなる僕が悪いの。」
そう言ってセレスタンにしがみついて本格的に泣き始めた。
「な・・・まさか・・・そんな馬鹿な。」
実の息子を思い通りに育たなかったというだけで冷遇し、挙句の果てに殺した男。
自分もそれに乗っかり、優秀で人気者の弟に嫉妬して冷遇し、罪をかぶせた。しかし、その弟を父が殺したと知った時、弟に対する懺悔の気持ちと後悔で打ちのめされた。
それでも・・・それでも罪に手を染めていた自分の保身と家を守るという大義名分のために口をつぐんだ。
それ以降、罪を償う代わりに真っ当に生きよう、弟から奪い取った妻と息子を大切にしようと思っていた。そして、父親も反省し、犯罪から手を引き、心を入れ替えたと思っていたのに。・・・何よりも大切な息子の体ばかりか心まで穢すとは!
怒りのあまり、めまいがしそうだった。
セレスタンはノエルを自分の部屋に連れて行き、父に何をされているのか細かく聞き出した。どう聞いても犯罪だった。ノエルは何をされているのかわからないようだったが、ただ不快で怖いと怯えていた。誰にも言うなと脅されてもいたようだ。
「もう心配はいらないよ。二度とお前はおじい様に会うことはないからね。お父様に任せなさい。」
「・・・うん。ありがとう、父上。」
(二人目・・・お前が大事にしていた息子の手で処罰されるといい。)
セレスタンは父親を、アマリアの事で話があるとアマリアを監禁している牢まで連れて行った。
「あなた!お義父様!出してくださいませ!わたくしはノエルに暴力など振るっておりません!」
久しぶりに姿を見せた家族に、アマリアは縋りつこうと必死だった。
「・・・うるさい女だ、で、話とは何だ?」
前侯爵がセレスタンの方を向くと、セレスタンは思い切りその父親の顔を殴りつけた。
その勢いに飛ばされて無様に冷たい床に座り込んだ、前侯爵は
「何をする!」
そう叫ぶ父親の体を今度は足で蹴りつけた。
もう声が出ない父親は両手でお腹をかばうようにうずくまる。
その様子を見たアマリアは驚いて叫ぶのをやめ、くぎ付けになっている。
「あ、あなた?」
そしてもう一度蹴りつけると、牢の鍵を開けて父親を放り込んだ。
「あなた、どういうことですの?!」
「こいつはこともあろうにノエルを!こいつなど・・・あの時・・あの時!リュカを陥れずにこいつを突き出すべきだったんだ!」
「・・・リュカ様を陥れる?」
「ああ!あの薬物製造にかかわっていたのはこの男だ!私も・・・私も手伝っていた。何も知らないあいつに罪をかぶせて家を私たちは守ったのだ!」
「そんな!そんなこと!あなたが言ったのではありませんか!リュカ様が犯罪に手を染めていると!止めても言うことを聞かないと!リュカ様をかばうと道連れにされると!だからわたくしは・・・」
アマリアは鉄格子を必死で叩いた。
自分に裏切られたリュカがどんな気持ちで死んでいったのだろう。覚悟の死ではなく、抗議の死だったのか。
「リュカを・・・殺したのはその男だ。」
「え?」
「あいつの冤罪が晴れるのを恐れてこいつが殺したんだ!」
そんな!そんな!そんな!今までの生活は全て嘘だった。幸せだと思い込もうとしてきた生活はすべてまやかしだった。
信じてきた目の前の男は自分に嘘をつき、悲しんだ自分を慰め、ものにした。弟が冤罪で殺された事を知って黙っていた。でも自分も彼を信じず、裏切った。
アマリアは声が枯れてでなくなるまで二人を罵り、自分を責めた。いっそ気がおかしくなって何もかもわからなくなりたかった。
同じ牢にいれられた前侯爵を自分の手の力が無くなるまで叩き続けた。